第59話

「……えと、ごめん。マジでどちら様? 俺は兼代 鉄矢」

「百目鬼 光(ひかる)。灯姉さんと月日星姉さんの妹だ。月日星姉さんに頼まれて、君の足止めを命じられてる」

「あ! 言ってたなあ、百目鬼。妹がいるって。君だったのか」

「なんだい、気安いな。年上だからって。今は君の敵なんだけどな」

「そうか。じゃあ、すまん! 俺、ちょっと陸前を迎えに行かなきゃいけなくて! 君には付き合っては……」


 一抹の慈悲も感じられない、体重を全て乗せたボディブローが腹に直撃した。思わず膝を折って、女子中学生の前に屈服してしまう情けない男子高校生が誕生した。

 ……っていうか、なんだよこの威力!? 女の腕力じゃねーよ。さっきの月日星さんといい、俺らの知る百目鬼といい、百目鬼家は改造人間か何かなのか!? 霊体だったとはいえ、ジョグより物理的ダメージでかいぞ!


「言ったろ、僕は足止めだって。君に女子中学生に嬲られる趣味が無いのなら、大人しくしてるのがいい」


 そう言って、光ちゃんはうずくまる俺の背中に腰かけ、片足を俺の頭に載せて頭を上げさせまいとしている。

 多分そうだといい。その意図だといいんだが。


「……あの、光ちゃん? これだとなんか、こう、公衆の面前だと、めちゃくちゃアブナイ構図っぽくて……」

「黙れよ、今靴下脱いでるんだ。これで君は女子中学生に乗られて踏まれて興奮するド変態として近所で避けられる存在に生まれ変わる」

「やっぱりその意図だったんだ!? やめて光ちゃん、俺はそんな趣味ないの! 分かる!?」

「僕はここ最近姉さんたちにいいように使われてて不満が溜まってるんだ、解消させろよ。ついでにアンタのタマッたものも解消出来ていいじゃないか」

「出来ないよ! やめて、止めて、今すぐ退けてーー!」

 結局、陸前が帰って来るまで解放をしてくれることはなかった。






 百目鬼 月日星さんとの邂逅の3日後、俺達は予測も出来ない場所に居た。

 小学校である。

 それも、ただの小学校ではない。この雰囲気、遊具の使い込み具合、校門に刻まれた傷跡。その全てに見覚えがある。

 何を隠そう。この亀の山小学校は、俺・兼代 鉄矢の母校なのだ。


「オイ、いいのか? 俺達本当に入って?」

「いいんですよ、ひかりさんが話を通しているらしいですから」


 幼くて賑やかな甲高い声が校庭から溢れている。その校門の前に立っている俺達は、下手をすれば不審者扱いだ。というより、もうすでに不審者でジャッジメント待ちな感すらある。

 だが俺達は決して不審者ではない。どうやって手を回したのか知らないが、百目鬼さんにより、俺達は特別講師としてここに来ているのだ。なんでも、高校生になってからの生活、ということで、総合学習の時間に講演をすることになったのだ。たった三日という間にこんな予想外のカリキュラムをねじ込まれる学校側もたまったものではないだろう。


「っで。何で俺まであんなガキども相手にしねーといけねーんだよ。学校サボれんのはいいけどよォ。ケッ、何が特別講師だ。反吐が出らあ」

「そう言いつつ何でお前はパーマかけてんだ! 何だそのふわふわウェーブにイイニオイは! 男のくせに!」

「ガキ相手にゃ柔らかめのが威圧感与えねーだろ。母性持てよ母性」

「男が何故母性を気にする?」

「時代だ。疲れ切った社会にゃ、こういうのがニーズがあるんだよ」


 そして何故かひかりさんがセットにした赤間 龍一。この日のためだろう、緩くウェーブのかかったふんわりヘアーに垂れ目気味に見える薄化粧と、ユルさを押し出したファッションで決めている。

 こんな性別不詳野郎を幼少期に見せてしまったら将来性癖が歪んでしまわないか不安でしかない。


「姉さん曰く、女子二人だとバランス悪いからだって。先生に訊いて、一番仲良さそうな男子を選んだらしいよ。これも勉強だと思って、頑張ろうよ!」

「テメーにゃ訊いてねーよ、優等生サマ。何が勉強だボケ。テメー、修学旅行でも熱心に講和とかメモ取るタイプだろ? 真面目なこって」


 そして百目鬼家代表として百目鬼 灯も同伴だ。正直特別講師としてなら百目鬼だけで十分だろう。高校どころか日本代表として輩出しても恥ずかしくないし。


「まあま、争いはそこまでにしてそろそろ行きましょう。兼代君や師匠だけならばまだしも私達現役JK組がいれば事案扱いはされないでしょう。日頃乳臭い幼女ばかりでみんな飽き飽きしてるでしょうから」

「そんな女子高生に飢えた小学生がいるか!」

「私は教師のことを言ってたんですがね」

「偏見だ! 偏見だぞそれは!」

「そんな生っちょろいこと言ってるから何時まで経っても世界から犯罪は無くならないんですよ。あのような未熟バディーを見ているだけではむしろ欲求は高まるばかり。私達のような悩殺ボディを見せつけてしまっては教師たちもたまったものではn……」


 陸前は何故かここで言葉を打ち切った。その視線は俺の背後に固定されている。何かあったのかと思って見て、大いに納得した。

 俺達を迎えに来た男性教師が、苦笑いしながら陸前を見ていたのである。

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