第40話

 昨日の夜の話。


『んあ? 女の服の選び方だァ?』


 赤間 龍一大先生は、めちゃくちゃ不機嫌そうに俺の電話にでやがった。

 赤間は普段着が女物の服。しかも百目鬼よりも遥かに女の子してる男の子である。こういう話をする時はコイツに訊くのが一番だと、俺のクラスばかりか学年でも評判の男だ。何せその知識と経験は女子のファッションリーダー格と対等のレベルだと言うのだから、その信頼度は圧倒的。まさに大先生に相応しい男だ。


「そうそう。いやちょっとな。百目鬼と陸前の服を見ることになって。それで、今どんなのが流行ってんのかとか、そういうのを訊こうかと」

『んなもん今からコンビニ行って女性誌読み漁ればいーだろーがよォ。俺ァそもそも今風呂入ってんだ。面倒なことさせんじゃねーよ』

「風呂にスマホ持ち込むなよ! 道理で反響してると思った!」

『クッククク、つまり俺は今全裸だぜ。テメーの電話相手今全裸』

「知るかんなもん。グロい報告すんな」

『ま、それはさておき。……俺も今暇だったしなァ。いいだろう。最近の流行りが知りてえなら、まあ。あの二人に合ってそーなのくらい教えてやるよ。メモれ』

「おう! ありがてえ! 大先生!」


 と、こんなわけで、話の大半は理解が出来なかったが赤間から情報を仕入れた。コレを抑えておけば間違いないというものを必死でメモをとり、今日の準備を整えたのである。何も見ずともこれだけの情報がさらっと出てくる辺り、赤間 龍一恐るべし、と言わざるを得ない。


「サンキュー、これで万全だ。ありがとな」

『万全でもねえよ。最終的に似合う似合わねえを決めんのはテメエだ。俺の言った似合いそうなのってのはあくまで俺の主観だ』

「? でもお前の言う似合いそうなのっていうことは」

『そういうことじゃねーんだよ、アホかテメー』


 赤間は珍しく不機嫌そうに言っていた。


『俺ァテメエらがどーなろーと知ったこっちゃねェけど、参考程度にしろ。ちゃんと「見て」やれ』

「あ、ああ、そりゃ、ちゃんと見るさ」

『あとテメエちゃんと身だしなみ整えてけよ。爪切ってけよ』

「え、そんな長いか?」

『長い。あと眉毛整えろ。靴も磨いとけ。口臭ケアもしっかりしとけ。髭は無精ひげ一つ残さないくらいの気持ちで気合入れて剃れ。ハンカチ鼻紙は最低装備。髪はワックスかなんかで、ほんの少し髪にボリューム出しとけ。明日の朝シャンは必須。あと……』

「多い! 駄目だし多い! お袋かお前は!」

『外に見える全てを総合してファッションだ。服だけ気合入れりゃいいってモンじゃねーんだぞ。女連れて歩くってのを舐めんな』


 すまん、舐めてたわ。コイツすげーなほんと。


『ま、そんなとこだ。せいぜい明日は気張ってけよ』

「あ、ああ。まあ、ありがとな」

『ちなみに明日はどの辺に行くんだよ』


 と、メインの話が終わったからか、幾分か穏やかに。


「ん? 駅んとこだけど。その辺適当に回ろうぜって話になってる」

『駅か』

「それが?」

『クッククク。いや。何でもねえよ。じゃあな』


 そう言って、大先生は電話を切った。

 しかし何故だろう。最後の会話に、妙な胸騒ぎを感じたのだった。





「陸前にはコレが似合うと思うぞ!」


 時は今に戻る。俺は大先生プロデュースの服に最も近い服を選んで陸前に持って行った。清楚な服。白くて清楚な、何か陸前っぽい服。とにかくオシャンティーな服だ。

 陸前はその服を目にするや否や、


「そうですか。じゃあそれにしましょう」

「軽――!? いいのかお前はそれで!」

「だって私はマジでよく分かんないんですよ、ファッション。ちゃちゃっとお買い上げするのがベス……」

「テツヤー! これどうー!?」


 と。棚の裏から、やたらと黄色い、真っ黄っ黄な声が上がった。


「うん。いいんじゃない」


 そして地を這うように低いのに、何だかちょっと女の子っぽい声。テツヤさんのものだろうか。


「もー、そっけないなあ! ねえ、これどう!? これは!?」

「何だっていいだろそんなもん」

「よくないよ! 私もテツヤもいいってものがい・い・の! 私はテツヤの彼女なんだよ!?」

「ははは、まったくこいつ、しょうがないなあ」


 その頃陸前。棚の裏の声に視線が釘付けである。


「兼代君」

「何だ」

「よく見ればそれなんか微妙ですね。もっとなんか色々見ましょう」

「いきなりどうした!? いいけどさ!」

「急にオサレ覚醒しました」


 そして陸前はせっせと自分の服を選び始めた。

 これはどうでしょう、これはどうでしょう、と、おっかなびっくりながら自分に合わせ、問いかけてくる。するとなるほど。陸前は様々な雰囲気に様変わりして、一緒くたには出来ない選択肢が生まれてくる。


「うーん、そうだな……」


 この万華鏡のような変わり方に、俺も、思わずオサレ覚醒してしまいそうになった。





「ミッションコンプリート! ナイス男優! ヒュウ!」


 一方、百目鬼姉妹は一方的なハイタッチを行っていた。無論、灯が光の手を無理矢理叩いたのである。光は殺意すら感じる目で自分の姉を睨みつけていた。


「僕にこんなことさせるなんて前代未聞の冒涜だね姉さん」

「ふっふっふ。兼代君もリッチーも真剣に服を選ぶこと……それはつまり共同作業! 二人で真剣に選んだアイテムはきっと強い思い入れになる! イエス! イエス! 我ながらグレート・ミッション!」

「マジでウゼエこの姉。死ねばいいのに」

「お姉ちゃんになんて口を……おお! リッチー、なかなか攻めた服を! いいねいいね! この調子で水着コーナーに突っ込め! いやもうランジェリーショップまで行っちまえ! やっちまえー!」


 エキサイトした灯は不審人物と見分けがつかないほど、変な部分に火が点いていた。

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