第36話
こうして、今に至る。
ブウウン、ブウウン、とゴーストップを繰り返す車に同じように揺られているメンバー。その、高速バスに座っているお客さん同士という関係くらい気まずい空気の中で、お父さんは腕組みの姿勢のまま、お母さんは上品に手を膝に添えてただ俺の横に座っている。
カーブで曲がって体がよれるたびにぶつかってしまいそうなところを上半身の筋力で支え続け、ガチガチに固まったままでいる様はまるで二人の障害物のようだ。
……何なんだこの新手の拷問? 俺って今日何しに来たんだっけ? 受刑?
「お父さん? 手伝いますか?」
と、お母様が助け舟らしきものを出す。……手伝う?
しかしお父様は威厳のある声で、「いや」。
「覚悟チャージが済んだら……すぐ言うから」
俺は忘れていた。この人達が陸前の親御さんだということを。
この謎のチャージタイム・覚悟チャージ。それはこのお父様からの遺伝子らしい。
っていうか、このナリで覚悟がどうとか言ってんのこの人? この年までそんなんでどうやって生きてきたの? アレが許されるのは陸前くらいの容姿と若さがあるからじゃねーの?
「兼代君」
「はい!」
とはいっても、相手は立派な大人の男性。話しかけられれば緊張してしまうのが人生経験の浅い若輩だ。
「君には、大きな感謝と謝罪をしなければいけない」
「え……」
心なしか、運転も静かになったように思う。運転手さんが、話の始まりを察したかのように。
「いや、申し訳ない。こんなことを言っても困惑するだけ、ということは分かっているんだよ。でもね、兼代君。君は、君が考えているよりも遥かに大きなことを陸前家にしているんだよ」
「い、いえいえ、決してそんなこと。あー、娘さんから聞いていると思いますけど、俺がやりたくて勝手にやっているだけなので」
「本当ならば」
背もたれから背を離して、お父様は前の車両――陸前 春冬の乗っている車を見つめた。どこか遠い眼をしている気がした。
「今回の復活は、私達だけで。私達のあの庭だけで収めるべきことだったんだ。本当は君も娘も、巻き込むべきではないことだった。魔念人など存在すら知らずに君は生きて、娘の修行も全て無駄にするべきだったことなんだよ」
「今回の、復活……あの、質問いいですか?」
「ああ、分かっている。君には、話そう。そう、魔念人たちは定期的に復活と封印を繰り返しているんだよ」
顕現できるだけの霊魂が溜まる、数十年単位で、ね。
俺はそこで、この人の体についている「傷跡」に気が付く。
それは修練によるものか、それとも。思わず、神器をきつく握ってしまう。
「そして私達の家系は、その度に封印をすることで、公への魔念人の解放を防ぐ役割を持っている。それこそ、日本政府からも公認で委託されていることなんだ」
「! 国から直接、ですか?」
「うん。何せ、霊魂なんてものを公にしてしまうのは、各方面に――特にその遺族に、大きすぎる衝撃を与えてしまうからね。秘密裏に魔念人たちを封印し続けるということは、それほどに重いことなんだ」
そうか。確かに霊魂が居るか居ないか。死後というものが存在するかどうかというのは、学者さんや知識人の方々の間でも延々と決着がつかないはずだった永遠のテーマだった。
それに、その死者の遺族たちも、まさかその人が悪さをして回っているなんて知ってしまったらと思うと……。妥当な処置と言えるかもしれない。
「だからね。今回の、魔念人たちが脱走するというのは、絶対に防がなくてはいけないことだった。……五人も復活したのが、予想外だったというのは私の言い訳だよ。本当は全て私が抑えるべきだった」
「……お父さんも、神器を?」
「君に父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「ひい!? す、すす、すいません!?」
「ちょっとあなた!」
驚いた。マジでキレるんだな、世の中の娘さんのお父さんって。気をつけなきゃ。
「あ、ああ、すまない、つい、ね。……だ、だが、春冬は、こう言うのも何だが、自慢の娘でね。ま、まあ、君ならもしかしたら、私も覚悟が出来るかも知れないが……」
「ま! お、おお、俺ならって、そんな!?」
「お父さん、話が逸れていますよ」
「あ、ああ、すまない。本当に済まない」
ファーストインプレッションの厳めしさはもうどこにもない。今はすっかり、妻にアレコレ咎められる普通の大人になってしまった陸前の御父上の姿がここにあった。
「話を、戻そう。……私も何とか抑えようと、一週間以上前から何とか手を回してはいるんだが、一向に魔念人の動向が掴めなくてね……。近々、日本政府の「アドバイザー一族」にも手を貸してもらおうとは思っているのだが……」
「アドバイザー……政府の、ですか?」
「ああ。……これも実は極秘情報なんだがね。日本政府はそのブレインとして、ある一族の頭脳を借りてるんだよ。ヒトの領域にあらざる、悪魔的な頭脳を持っているらしい」
そんな一家がいるのか。
もしもいるとしたら、きっと百目鬼のような完璧超人な一族なんだろう。
「そんな風に私達が手をこまねいている間に、君は魔念人を討伐してくれた」
御父上の表情は複雑だったが、自分自身に向けた苦々しさが見て取れる。
「感謝など、してもしきれない。私の家長としての、神器使いとしての不甲斐なさを痛感している。謝罪も感謝も、とても言葉では言い表せないほどだよ」
「……」
「ありがとう。本当に。そして、これからもっともっと君には迷惑をかけてしまうことになってしまう。その時は、遠慮などせずに私達を頼って欲しい。微力ながら、陸前家の全てを以て君をバックアップするつもりだ」
俺の手を取った手の皮は、ごつごつとしていた。
そこからにじみ出るこの方の努力と鍛錬のほど――そして、誠実な心根。
俺もまた、ぐっとその手を握り返した。
「はい。……俺の方こそ、勝手にしゃしゃり出てすいません。ですが、精いっぱい、みんなのトイレタイムのために頑張りたいと思ってます」
目を固く瞑って、御父上は頭を深々と下げる。
言葉こそなかったが、俺という若輩に向けるには大きすぎる気持ちが、痛いほどに伝わってきた。
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