第20話

「んじゃ作戦の説明するぜお前らあああああああああああああ!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

『ジョグ・インフェルノマーダーがなんぼのもんじゃーーーーーーーーーーい!』


 校内だというのに、このクラスに限っては最早大抗争の前夜と化していた。

 俺は今、作戦の要としてクラスの前まで引っ張り出されている。陸前の冷え切った視線と百目鬼の励ましの瞳だけがせめてもの救いだ。赤間の野郎は暴徒と化したクラスメイト達を一人一人撮影して回っているので、どうでもいい。後で何かしらに悪用するのが目に見えている。

 見回せば殆どの生徒が何かしらの武装をしていて、バットやテニスラケットなど部活の道具を手にする者、スタンガンや痴漢撃退スプレーを両手持ちする者、模造刀、ジャックハンマー、スコップ、丸太、角材、石ころ入りの靴下など、ガチな凶器を持っている者もいる。

 大義名分を得た狂犬ほど恐ろしいものはいない。俺は不謹慎ながらもそう思わざるを得なかった。


「作戦は至ってシンプルだぜ、メーン! まず、兼代には! 催したらその瞬間に、掃除ロッカーに隠れてもらう!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

『ヒューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』


 掃除ロッカーに隠れるだけでこの盛り上がりである。っていうか普通にトイレ行かせろよ。


「そしてジョグとあいつらがやってくる! そこを囲んで袋叩きだ! たったそれだけの戦いだあああああ!」

「隊長殿! しかし奴らは壁を抜けてきます。もしも武器が効かなかったら?」

「殴れ! ひたすらな殴打だ! 三人一組で行動し、袋叩きだ!」

「隊長殿! もしもジョグが我々に牙を向けてきた場合は?」

「殴れ! あの影人間どももだ、纏めて殴れ! 決して怯むな、功を競え!」

「隊長殿お! もしも兼代が! 色んな意味でゲームオーバーになった場合は!」

「殴れ! 仇を討つんだ、復讐者のように! 一人残らずとは言わん、欠片一つ残らず殲滅しろ!」


 これが百目鬼がいない状態で練った作戦か。殴れじゃねーよ、知性がチンパンジーと同レベルじゃねーか。人間の尊厳持てよ。

 しかし熱狂は止まらない。心のどこかで望んでいた、自分がヒーローになれるかも知れない非日常がやってきたのだ。それも、自分は安全だという保障まで付いている。

 当の本人以外ならば興奮も致し方なしといったところだろう。


「んじゃ、兼代ォ! そしてみんな! 予定通り、これから薬を配布するぜぇ!」

「薬?」

「ああ! だって途中で誰かがお腹が危機になったら襲われるかもだろ? 念のため女子にも配布するからな! じゃあ、まずは兼代が飲め! えっと、これ……だったか?」


 と、隊長殿は机の上に置いていた一錠の錠剤を手にする。

 何故か錠剤はむき出しだ。


「あれ、誰か出してたか? これ。まあいいか」


 いいんだ。不衛生なのに。


「ちなみにコレ何の薬なんだ?」

「整腸剤ってやつらしい、使ったことは無いんだけどな。でも使っとけば何かしら予防出来るんじゃねーかなって」


 アバウトだ。アバウト過ぎる。

「ってなわけで飲め! あ、そーれ! イッキ、イッキ!」

『イッキ! イッキ! イッキ!』

「お前ら全員酔っ払いかよ!」


 そもそもイッキしかしようのないものだろ錠剤なんか。

 だが仕方ない。場の雰囲気というものもあるし、ここは一つ、コップを手にして。

 ごくん、と。


『うおおおおおおおおおおおおおおお!』

『よっしゃあああああああああああ! 負ける気がしねええええええええええええ!』


 整腸剤を飲んだだけで負ける気がしなくなる。これが世紀末の住人というものか、泣きたくなってくるね。


「んじゃ、みんなにも配布するからな! これでお腹を予防しておけ!」


 みんなに配る分はしっかりと箱から出しての配布だった。後ろにどんどん回して行って、整腸剤を飲んでいくクラスメイト達。黒板にあらかじめ薬の注意書きを張り出していた辺り、体質の問題は大丈夫なのだろう。その辺は配慮しているようだ。


「………………」

「?」


 その時、だった。

 ふと、陸前とはまた別の性質の――冷厳な視線を、奥から感じる。

 綾鷹だった。


「……?」


 俺が視線に気が付くと、すぐに視線を逸らした。そして前の席の赤間から渡された薬を無造作に飲み込み、何食わぬ顔で教室の外を見ている。

 前に出ているのだから、視線を感じるのは当然のことだ。しかしその時だけは、上手く言えないが何かが違った気がする。

 そしてそのことを考える余地も。


「う!?」

「よーし! これで準備は完了だ! じゃあこの間に罠をいくつか……」


 神器を覚醒させることも。神器を握ることすら、出来ない間に。


「み……みんな……!」

「? どうした、兼代?」


 約束の刻は――突然に訪れた。

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