第16話
「手ぶらでの撤退の理由を聞かせて貰えるな? ジョグ」
某所・「魔念人」アジト。
ジョグ・インフェルノマーダーは詰問に対し、あくまでも堂々たる態度を崩すことなく対峙していた。
ジョグの前に座る男は、ジョグにも迫る巨漢だった。全身を筋肉で武装したようなジョグとは違い細身だが、大ぶりなガウンとその存在感が実際の大きさを十分に補っている。
魔王、魔神とも称される生命力に満ちた眼は、幽世の存在であることを忘れさせるかのようだ。
魔念人達を纏め上げ、その全ての上に立つべき男。
この男の名は、レオス・グランディコマンダー。
その大いなる眼力の前に、ジョグの心の中にある想いがよぎる。
獅子の如く自分の前に立つ男もまた、「あの哀しみ」を背負いし者。それも、自分と同じく「主霊」と成り果てるほどの大いなる憎しみを抱く者だ。
それを思うと――そこまで感情を遊ばせたのを咎めるように、レオスの眼が細まる。
「どうした、ジョグ。沈黙は金だが、時と場合というものがある。今の場合は差し詰め銅といったところだ」
「神器持ちが、現れました」
ジョグの声は深く重い。レオスは瞼をぴくりと動かす。
「神器持ちだと? それの出現は予想の範疇だったはず。我らにとっての銀の銃弾は、現れ次第早々に芽を摘めと令を下していたはずだが」
「ははっ。聞き及んでおります」
「ならば何故撤退した」
レオスの身に纏う「オーラ」が増幅し、まるで部屋そのものが縮小したような錯覚を覚える。ジョグの纏う霊魂たちも小刻みに震えているかのようだ。
落ち着け。ジョグは彼自身に、彼ら自身に内心で𠮟責をする。
一触即発の空気の中、重厚な声が上位の存在に告げる。
「我がユハフトゥ・リジェクト。その技が性質は、覚えておいででしょうか?」
「忘れるはずもない。ただ腹を狙うのではない……「腸内の内容物のやや上方」を狙って撃ち抜く、恐るべき技。喰らった者はたちどころに絶望の三千世界を創生する、一撃必殺の拳打だ」
一撃必殺。その言葉は、今のジョグにとって痛烈な皮肉にも感じた。
そう。自分の技は「そういう技」だ。耐えることなど到底不可能なはずの、神殺しの一撃。
レオスの肯定を受け、確信する。
自らの判断は。己の行動は、正しいと。
「耐えられました。ただの、人間に」
「……!?」
レオスが動揺を見せるのは、思えば初めてのことかも知れない。ジョグは静かに息を呑む。
「馬鹿な? 貴様のユハフトゥ・リジェクトを……だと? 「捕食解放」はしたうえでか?」
「いいえ、しておりません。ただ、その時のその男……アポカリプス進度はかなりのレベルに達しておりました。そのうえでなお耐えたという事実が、恐るべきことなのです」
「……」
レオスは初めて、ジョグから視線を外した。
ジョグの持つ腕力・技の威力は、自分自身も確認済みだ。
生身の人間があの一撃を喰らって、無事?
そんな報告、最早矛盾の領域に在るべき情報だ。
「天賦の……いや。臀部の才、というものか」
レオスの唇は渇きを覚えていた。
「はい。それも、ともすれば歴代の封者を遥かに超える圧倒的な才です。その一部分に特化した筋力、踏みとどまる精神力。並の才ではありませぬ」
そしてそれを育んだのが、恐らくはその腹部の弱さだ。
撤退して間もないにも関わらず、彼はすでに一度、穢れなき不浄を行っている。それはかつて戦った者にも当てはまる体質だったが、きっとその中で彼は鍛え上げていたのだ。
自分の中に潜む、終焉の獣の手綱を握る力。そしてその心を。
それは、自分達には為しえなかったこと――。自分の使命とは別の感情が湧き上がり、全身に纏う霊魂達がざわめくのを感じる。
「そして、その男の存在と貴様の撤退はどう符合する? その場でその男は潰してはいなかったのか?」
「はい」
「何故だ。その男は必ずや我らの脅威となろう。もしも神器を手にすることがあれば……」
「故に。脅威になるが故に、撤退を選択しました」
「臆病風に吹かれた、という風では無いな」
ジョグはその大柄かつ粗暴な風貌に似合わず、その内面は聡明にして慎重な男。レオスは疑いの眼を向けることは無かった。
数瞬の後に、ジョグはレオスに。
「その男の前に現れた神器持ちは、神器を「二つ」所有していたのです。仮にその場でその男に神器を貸し出すようなことがあれば、万が一の事態ですが、私の敗北の可能性もあり得たでしょう」
「……続けろ」
「もしも私がその場で敗北した場合、相手の情報の一切は貴方の耳には入りませぬ」
「……」
「私個人の戦いでしたら、その場で奴めを仕留めるのもよかった。しかしこれは私個人の話ではございません。次に続くべき貴方方がいる以上、情報の共有は不可欠と判断し、恥ずかしながら一時撤退、報告とさせていただきました」
レオスはジョグから目を逸らし、虚空を見つめる。
「ジョグ。お前の相手を決して侮ることがない慎重さと、自分を捨ててでも全を優先する仲間意識、誠に美徳とするところ。お前が持ち帰った情報は、値千金だ。だが、お前はその華々しい武力で、味方の士気を高揚させる役目も担っていることを、自覚はしているか?」
「はっ」
「我らの最初の襲撃、それが失敗に終わった。そのことを不問とせずにはいられぬ」
戦果は、何より分かりやすい士気高揚の材料だ。対抗手段の限られたほぼ無敵の幽体を持つとはいえ、戦力不足は否めない現状ならばなおのこと。
人には役割というものがある。ジョグの判断は確かにこれからの戦いの指針を決めるに重要なものだったかも知れないが、「猛将」たる側面から見れば、戦わずの撤退とは明らかな失格行為。
賛美は堪え、叱責を与えなければならない。
それが「グランディコマンダー」としての判断だ。
「ジョグ・インフェルノマーダー。グランディコマンダーとして、命令を下す。必ずやその男を討ち、神器持ちからも神器を奪い取ってこい。それがけじめというものだ」
「はっ、必ずや!」
ジョグが頭を下げた時、その右手は確かな感覚を訴える。
約束の時まで、あと3回。それを告げる感覚に、ジョグは改めて心を引き締めた。
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