金魚。
Rain kulprd.
浴衣の袖と、花火と、金魚。
田舎の小さな町。いつもは静かな町も今日はとても賑やかだ。それもその筈、今日は年に一度のお祭りの日なのだ。私も文化祭の準備を今日一日だけは休み、クラスで仲の良い子達と、…といっても少数だけど、お祭りに参加していた。
高校三年。夏。高校最後の年という事もあり私達は浴衣に身を包んでいたけど、浴衣を来たのは久しぶりで、草履を履くのも同じく久しぶりだった所為だろう。歩く速度が遅くなってしまい、気付いた時には一人、グループからはぐれていた。携帯は持っていたから一応連絡はしてみたのだけれど、この賑やかさだ。携帯の音には気付かないだろうし、アテもなく捜し歩いても会える確率はかなり低いはずだ。
「…仕方ない、一人で回ろう。」
溜息交じりにそう零し、高校最後のお祭りを私は一人で回る事にした。
りんご飴。わたあめ。やきそば。たこ焼き。甘い匂い、しょっぱい匂い。そして、''人''の匂い。たくさんの匂いが混じる中、私は一つの屋台を見つけ、懐かしさから足を止める。
「お、嬢ちゃん。金魚すくい、やるかい?」
金魚すくい、と書かれたテントの中でこちらを見つめ人の良さそうな笑顔を見せるおじちゃん。…そういえば昔、お父さんにねだって金魚すくいをやらせてもらったっけ。そんな考えに浸りながらも頷こうとすれば、
「おじちゃん、俺もやっていい?」
甘く優しい声がふと、耳に届いた。振り返ればそこには同じクラスの想いを寄せる彼がいて、胸が高鳴るのを感じる。でも、そんな私の気持ちを知らないおじちゃんは
「お、いいよ。二人でやりな。なんなら競い合ってみるかい?」
なんて笑って、二人で金魚すくいをするよう誘って来た。そんな誘いに彼も笑うと、
「一緒にやろう?」
とおじちゃんから渡されたぽいを私に手渡してくれて、彼と共に私は、金魚すくいを始める事になった。
「御前も今日は文化祭準備、休んだの?」
私は掬えなかったけど、掬ったばかりの金魚が入った透明な箱を見つめ、彼が問う。甘く、優しい声で。
「毎日教室に籠って作業ばかりしてると疲れちゃうからって、息抜きに誘ってもらったの。」
頷き答えると彼はきょろきょろ、と辺りを見回した後、再度問うて来た。
「…誘ってくれた友達は?」 と。
「……それが、あの、えっと、はぐれちゃって。浴衣も草履も慣れないから歩くの、ゆっくりになっちゃうんだ。」
指先で浴衣の裾をそっと摘まみ苦笑を浮かべ答えれば、「あぁ、それは分かる。」と頷いてくれた。そして彼の浴衣姿に目を遣る。
「俺も久し振りに浴衣とか着たんだけど、動き辛くて友達とはぐれちゃったんだよね。でもほら、夏っぽいし、いい思い出にはなるよな。」
真っ黒のシンプルな浴衣。でもだからこそ少しだけ開いた胸元から見える素肌は妙に艶っぽくて、学校で見る姿とはまた別の魅力があって、同い年なのにどうしてこうも甘く艶っぽく見えるのだろうと考えてしまう。でも私も彼と同意見だ。友達とはぐれてしまった事は少し残念だけど、彼に会えた。それも、浴衣姿の彼に。これは私にとって、とても素敵な、夏の思い出だ。
それから暫く歩いた私達は夜の公園に来ていた。彼が言うにはどうやらここは花火が良く見える穴場スポットらしい。公園のベンチに二人で並んで腰を下ろし、深い紺に染まった空を見上げる。静かだった空に微かに、ひゅ~~。という音が響いたかと思えば次いで、ドーン!と空を、地を震わせる音が鳴り、大きくて鮮やかな花が咲いた。
「…わ、綺麗!すごい、本当にここ、穴場スポットなんだね。」
「ふふん、だろう?喜んでもらえたみたいで良かったよ。」
花火が打ちあがっていない時を狙い、二人で言葉を交わす。なんだかその時間が、とても楽しかった。学校で多くの言葉を交わしたことはない。それでも、彼が纏う雰囲気や喋り方。誰に対しても優しい姿が素敵で、尊敬していた。そんな気持ちがいつしか''好き''に変わって、彼を目で追うようになった。そんな、ずっと遠くから見ていただけだった彼と肩を並べ、二人きりで、花火を見ている。大勢で見る花火ももちろん綺麗だろうけど、彼と二人きりで見ているその事実が嬉しくて、擽ったくて、自然と頬は緩み、笑みが零れた。でも、紡がれた言葉は時に残酷を連れて行く。刹那の時間が、終わる。打ち上がった花火が咲き、消えるように。
「…やっぱり大勢でみたかったな、花火。」
静かな空間に優しく響いたその声は、言葉は、私の胸に小さく悲しみの花を咲かせた。彼との時間を楽しんでいるのは、私だけなんだという想いが浮かび、膨らんでいく。
二人きりの時間がいやなわけではないのかもしれない。ただ、友達とも見たかったのかもしれない。そんな沢山の想いが生まれていくのに、二人の時間を嬉しがってほしかった。楽しんで欲しかったという、我儘な想いが悲しみと共に膨らんでいく。
「…な、御前も綺麗だと思うだろう?」
私の小さな悲しみを知らない彼が優しく声を掛けたのは私ではなく、金魚にだった。なんだかその笑みは心からの笑みのように見えて、余計に悲しくなる。
あぁ、好きって、残酷だ。一瞬で嬉しい気持ちになれるくせに、一瞬で悲しい気持ちにもなってしまうんだから。
貴方に掬ってもらった金魚が羨ましい。網で掬われて、透明な水槽という箱の中から貴方をずっと、見つめていられるんだから。人間に比べれば儚い命かもしれない。でも、その儚さゆえに、愛してもらえる。たくさんの愛を、貴方からもらえるんだ。
…金魚にまで嫉妬してしまう自分が酷く情けなく思えて来る。
でも羨ましい気持ちはもう、消す事なんて出来なくて。打ちあがる花火の音色に上手く、掻き消えるように、隠れるように、小さな声で、呟く。
「…金魚に。大好きな貴方の金魚に、なりたかった。」
金魚。 Rain kulprd. @Rain_kulprd
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