第232話 ラスティン46歳(偽りのデモクラシー)


「陛下、宜しいでしょう?」


「おう、明人君、構わないぞ」


「ゴドー侯爵と呼んで欲しいものですな」


 35歳を超えた男性に”君”は無いか、私の中では何時まで経っても明人青年なんだがね。


「まあ構わんが、もう5年しないと貫禄はつかんぞ?」


「陛下は、何年経っても貫禄がつきませんな」


「ふっ、貫禄で国を治めている訳じゃないからな」


 自分が支配者だと言う自覚があまり無いのも事実だ。


「それならば、ラスティンさんは、どうやって国王を務めているのですか?」


「人をどうやって上手く使うかを考える事でだな」


「それって、専制君主の考える事か?」


「人間には向き不向きがある。私は専制君主には向かないんだよ」


 自分だけで考えて突っ走ると、親しい人間(時にはもっと大規模にな)に悲劇が起こる可能性がある人間が、専制君主などやれるか! 私のモットーは、”何事も人と相談して決めよう!”だし、旅立った息子の方には同じ助言をニルスを通して伝えた程だ。


 私自身は、無駄な努力を止める事は(そっちの面で妥協しない王妃が居るのでな)出来なかったが、人を見る目を鍛える事に重点を置いて自分を育てている。役目上、全く初対面の人間と重要な話をしなくてはならない時がある。そうでなくても始めて会う人物の情報を十分憶えられるほど記憶力は確かではないのでな。


 実際、とある元貴族の同行者に”暗殺者”が混ざっていたのを見破った事もある。警備はほぼ万全で、瞬時に逃げ出す事も出来たから、大事には至らなかったが肝が冷えたのは事実だ。表面上は上手く繕っていたが、その目だけは見逃さなかった、いや、見逃せなかった。


 一時期、陰を潜めていた刺客の襲撃だが、ここ数年復活した様だ。転生者の特性を過信する訳ではないが、私が敵と認識貴族達は概ね破滅しているのも事実なのだ。権力が1人に集中すればそこを突こうとする人間も増えるのも当然だろうな。


 転生者が不老不死ではない事は”先輩達”が教えてくれたし、まだまだ油断は出来ない様だな。今回の騒ぎも根っこは同じというのが王妃キアラの推測だが、根っこのその先は未だに闇の中だ。


「それで、デモの方は?」


「はっ、勢力を拡大しつつあります。我が領地内で治めたかったのですが、申し訳ありません」


 義母の影響か、こう言う時はやたらと軍人じみた言葉使いをするゴドー侯だった。某陸軍の大将にも見習って欲しいが、あちらはノーラの親友の夫だからな。(ゴドー侯と違って親戚でも無いのだが・・・)


「いいや、手を出すなと命じたのは私だ。陸軍にも包囲するだけと命じてあるのは知っているだろう、侯爵殿?」


「しかし、トリスタニア方面への移動に制限をかけないというのは承服しかねます!」


「まあ、折角始まってくれた”デモ”だ、精々上手く利用する予定なのさ」


 一応本来の意味でのデモなのだからな。


「陛下、何を考えているか聞かせていただけませんか?」


「心配か?」


「そりゃあ、義理の兄一家に危機が迫るとなれば、見過ごせないだろう?」


「本心は?」


「ルイズが怒る」


 それは当然だろうな、自分の領地から反乱分子が声を挙げた様な物だから。未だに貴族の誇りという物を持ち続けている彼女にはちょっと酷な話だ。昔はあんなに素直な少女だったのに、親の教育が悪かったのだろう。間違っているとは言わないが、ルイズも反抗するんなら反面教師にしていれば良かったのにな。


「怒られたら、ノーラを呼ぶんだな、ちゃんと説明してくれる筈だ」


「何でアンタが王妃を3人も持って上手くやっているか疑問だよ」


「色々苦労をしているのが見えないだけだよ」


「アンタが?」


「いいや、私の王妃達がだよ」


 特に、クリシャルナがだな。本人は面白そうにしているのが救いだがね?


「義理の兄になる筈なのに、何を考えているか全く分からん!」


「態々、デモを焚きつける様な人間を送り込んだ事か?」


「ああ、ロドルフが教えてくれたぞ?」


「ふむ、君なら理解出来るかも知れないな、聞くか?」


「俺なら? ・・・、聞かせて欲しいな」


 さて、”明人君の日本”が”私の日本”と同じとは限らないが、理解してもらえるだろうか?


「君は日本人の人権意識をどう思っていた?」


「人権意識? それがどうした?」


「私は以前、権利を要求するデモが起こるならレーネンベルクかマースで起こると思っていたんだ」


 人権に関する教育を最初に始めたのはレーネンベルクだし、マース領は以前酷い領主に統治されていたのだ、人の権利と言うものを真面目に考える土壌はあるんだ。


「・・・、意味が分からないな」


「レーネンベルクの学校に行った事はあるか?」


「無いが? ゴトーにも学校はあるぞ、見学はした事がある」


「違和感を感じなかっただろう?」


「何だか懐かしかったな、アンタ達が作ったのなら当然じゃないのか?」


「あそこではこっそり人権教育をしているんだ」


「はぁ? 国王陛下が何故そんな事を?」


「必要だと思ったからだ、当時は単なる公爵家の嫡子だったけどな」


「納得行かないが、人権教育を昔からやっていたレーネンベルクでは”デモ”が起こらなかった?」


「そうだよ、前公爵が優秀過ぎた弊害だな」


「人権意識があっても、目の前に問題が無ければ”デモ”なんて起きないか?」


「それもあるし、上からの革命と言うのは効率的だが、本質としては革命でさえないと思えたのだよ」


「革命ね?」


「日本人と言うのは、海外から全体として”穏健”な民族と思われていたのは反論があるかな?」


「そうは思わない国も多かったと思うが?」


「違うよ、政府と民族は一体だが同じでは無い」


「大規模デモなんて確かに聞いた事がないな、大規模な災害の時に略奪が起こらない特殊な民族とも言われてたな」


「そうだな、与えられた人権を守ろうとする意識に欠けていたと思うんだよ」


「分かる様な分からないような話だな」


 明人君にもこの辺りは理解出来ない様だな、いや、少し違う気がするな?


「そうかな? 苦労して自分で手に入れた物なら執着するが、ポンと他人から与えられた物に執着出来るか?」


「いや、そう言う意味ではない。このデモの首謀者は分かっているんだろう?」


「ああ、首謀者も、その裏で糸を引いている人間も分かっているさ」


 分からないのは、その更に裏にいる人物だな・・・。


「そんなデモで、ラスティン・ド・トリステインは満足出来るのか?」


「満足? そういう考え方をしなかったな。私が満足するとすれば、この国から貴族と王族が消滅した時だな」


「お前、正気か?」


「ん? 別に死ぬ積りは無いぞ、単に王位を放り出して、デモを起こした連中に責任を押し付けるだけだよ」


「いや、そんなに上手く行くのか?」


「分からんさ、但し、デモの噂はもう国中に広がっているし、押し付けられた連中がどんな行動を取るかは彼ら次第だろ?」


 まあ、自分達が権利を得る為に立ち上がったと信じているゴトーの領民がどう動くかは、彼ら自身が考える問題だ。態々操られた事を公表する程間抜けではあるまい?

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