第231話 ラスティン46歳(遺言)



 そして長い様で短い10年間が過ぎて行った。国民のメイジ化が進むに連れて貴族という存在は文字通り、名前だけの存在と化した。いや、貴族が居なくなった訳では無いが、”貴族”と呼ぶより”領主”と呼ぶべきだろうな。既に国土は王の所有物という認識が一般化して、領地を経営するのは国から派遣された役人達の仕事だ。


 明文化しても問題無いと思える、その時は国王ではなく国の物と明言するが、現状では国王=国の図式は健在である。政治制度的に言えば、封建制から中央集権制へと移行し終えたと言っても言い過ぎではないかもしれないが、今のこの国の絶対王政と呼ぶ人間は居ないだろう、絶対的な権力を持つ筈の人間が色々問題ある人間だからな。(そちらはガリアに任せる事にする、性格は悪いが能力的には問題ないだろうな)


 3年前に世を去った前レーネンベルク公爵は、概ね満足して始祖の御許へと向かったのだと思う。レーネンベルク公爵テオドラにとっては私は誇らしくても、どうして国王ラスティンの事が心配だった様だ。それ自体を迷惑と思うほど子供ではないが、子供を持っていなければ理解出来ない事も多いだろうな。(私だって、ソローニュ候ライルの事が気になってしまう。手を出さないのは国外の事だからという理由だけだ)


===


 レーネンベルク公爵テオドラは、息子達に幾つかの遺言を残していった。


「母上、意外と元気そうで安心しました」


 父の事を父上と呼ばなくなって久しいが、母の事は未だに母上と呼んでしまうのは何故だろうな?


「それはね、テオドラがこの時の為に色々してくれたからよ。勿論、貴方もね、ラスティン?」


「孫が二桁も居れば、寂しさもまぎれますか? そう言うものではないでしょうが、一時的には忘れる事も大事でしょうね?」


 別に母を母を慰める為に、担い手候補の子供たちを送り込んだ訳じゃないんだが、結果的にはそう言う形なってしまった。


「ええ、普通に疲れて眠れるのは有り難いわね。今日は貴方に”あの人”の遺言を持ってきたの」


「前公爵の葬儀は大変だったと聞いていますからね」


「来ていたんでしょう? 顔くらい見せれば良かったでしょうに」


 お見通しか、ばれない方の変装をしていったんだがな。


「まあ、立場と言う奴ですよ。国葬にするのは拙かったでしょうし・・・」


「まあね」


「ソローニュ候も来ていなかったですね、すみません」


「イザベラが来ていたんだから、問題無いと言えばないんだけどね」


「はい・・・」


「遺言の1つがそれ、”お前の息子で、私が育てた男なんだ、信じてやれ”だって」


「そうですか・・・、はい、なるべく早くそう言う状況にもって行きたいと思います」


「まったく、もう1つの遺言が、”急ぎすぎるな、お前は性急過ぎる時がある”なのよ?」


「それも、前にも言われました。前公爵から見れば、私はまだまだなのでしょうね」


「ふふっ、親にとって子供は、ずっとそうよ?」


 母にとっては一生私はおもちゃなんだろうか?(気が滅入るな!)


「そんなに嫌そうな顔をして良いのかしら? 国王陛下?」


「お手柔らかに願いますよ、前公爵夫人?」


「最後の1つがね、”彼の才能を最初に見出したのはお前なのだ、無理に妙な警戒は必要無い”なの、分かるわよね?」


「・・・、最初に見出したのは私ではありませんが、その言葉はありがたく頂戴します」


 父の中では、愚痴王の評価は高い様だな。私だって、能力を疑う訳ではない。父の遺言通り警戒が過ぎるか? 私に近い一部の人間以外は、私とジョゼフ王は仲が良い様に見えるらしいが、父には私の心中などお見通しだった様だな。


 危うく駒にされそうになった事もあったが、奴が直接にしろ間接にしろ敵対した事は無いのも事実なのだ。実際、親戚関係でもあるんだがね。


「じゃあ、孫の顔でも見て帰るとするわ、この歳になると長旅は疲れるものね」


「いや、母上は十分お若いですよ。孫がいる様には見えませんから」


「貴方にはもう少し褒め言葉を教え込むべきだったかしら?」


 いや、曾孫が居る女性に、孫が居るように見えないというのは十分褒め言葉の筈だ。実際、そろそろ老婦人と言っても良い年齢なのに、10歳以上は若く見える。レーネンベルクからトリスタニアまでは列車で移動してきたらしいが、疲れた様子も見せない。


 もしかしたら、レーネンベルクと言うよりモンモランシにはエルフの血でも入っているんじゃないだろうな? 私と精霊の相性とか考えると、否定出来ない気もするが?


===


 少し話が逸れたが、領主の役割は、名目上の領地の統治者と領地の将来を見極める役割を担う存在と言えば良いだろうか? 前世の日本に例えるなら、知事の役割の半分を託した形だな。半分は現在は国から派遣した役人が担っているが、こちらの代表は将来的には選挙で選ばれる事になる予定だな。領主が領地の将来あるべき姿を訴え、それに呼応して集まった領民が自分達の代表を選び、実行していく形になっている。


 国民が所属する領地を選ぶ権利は与えられたのだが、それに伴って背負うべき義務を現在は課していない。働かなければ食って行けないし、働く事で動く金には税を掛けているが国民に直接課税はしていないのだ。未だメイジと非メイジがはっきりと切り分けられている現状では、普通に課税すると不公平感が表面化してしまうという政治的な判断からだが、私的には未だ時期ではないと思えたのだ。


 切欠さえあれば、立憲君主制に移行して、国民の権利を保証する法を施行する準備も整っているが、その切欠が見出せなかったのだ。そう昨日まではな・・・。

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