第222話 ラスティン32歳(男)

 

 キアラの推測は妙に納得の行く物だった。特に私自身に在り方に関してだな、私は材料工学の知識を生かす為に生まれてきた訳では無いのだ。どうも子供の頃に奪われてしまった記憶が重要なのだろうが、残っている記憶から推測すれば、私が”昔ながらの貴族”を排除したいと思って生まれてきたと考えてもおかしくは無い。それを知って両親が私を育てたのは明らかにおかしいな?


 子供の頃の私が、その事を巧妙に両親に隠したとも思えないし、そう思っていれば両親に対して隔意を抱いていそうな物だ。はっきりと覚えているのは、この世界が物語の中だということを話せないもどかしさだろうか?


 それ自体も忘れている可能性も否定出来ないが、何かの切欠でまた思い出したりするだろうか? いや、思い出しても結局は私のやる事は変わらない気がする。元より、既にやってしまった事は変えようがない。


「ディータ・フォン・クルークは何を望んだと思う?」


「多分、それは知る必要が無いのだと思いますよ」


「必要が無い?」


「ええ、もし彼が本当に強く願ったのなら、あの戦いの勝者はゲルマニアだったかも知れません」


「そうだな、”想い”は”数”だけの勝負では無いからな。それにもしかすれば、現状が彼の望んだ通りなのかも知れない」


「それは?」


「いいや、何となくそう感じただけだ」


 既に、存在しない人間の事を心配するのは、余計な心配そのものだ。それよりも今生きている人間の事を考えるべきだ。とりあえず、私の相談に乗ってくれたキアラの関してだな。”タバサ”の時は一晩考えて出した結論を述べてくれたのだが、今回はヒントはあったにしろその場でここまで考えてしまうキアラの、私に対する執着が心配になる。


 ノーラには、ラファエルという息子が出来た。それが今後のノーラの支えになるだろう、逆にキアラには子供という枷が必要なのではないかと思える。キアラの手を軽く握りながら、こんな事を言ってみた。


「キアラ、君には女の子を産んで欲しいな」


「な、何を言っているのですか! まだ明るい内から・・・」


 夜だったら問題ないんだな。まあ、今直ぐどうこうしようとは思わないが、女の子限定だ!



===



 そんな夫婦の会話をした4日後に、ようやくあいつが心を決めたらしく私の所に挨拶に来た。珍しく、普通に面会を求めて来たノリスだったが、その発言は貴族としては常軌を逸した物だった。


「お前まで、トリステインを出るというのか?」


「はい、陛下。私は姓も持たぬだたの男として、彼女を迎えに行きます」


「レーネンベルクを捨てて行く覚悟か?」


「はい!」


「父、いや、レーネンベルク公爵は何と言っていた?」


「父は、公爵は”好きにしなさい”とだけ」


 そんな予感はしていたんだよな。ノリスがそう決めれば、レーネンベルク公爵は反対しないだろうとな。これで、レーネンベルクは後継者を全て失った訳だ。だが、困っている”父上”を想像が出来ないのが不思議で、逆に当然とも感じてしまう自分が居る。


 ある程度の格(貴族に限らず、職人だろうが商人だろうがな)を持った家の当主となれば自分が父親から受け継いだ物を、子供に残す事を当然と考える。(前世の日本でさえそんな古い慣習が堂々と残っていたな)


 私の父に常識を求めるのは矛盾を感じるが、それに対して何の手も打たない”レーネンベルク公爵”ではあるまいに。ガリアと交渉して、ジョゼットをトリステインにもう一度訪問させる、そうだな花嫁修業とでもしておけば概ね問題は無いが・・・。いや、駄目だな、レーネンベルクの子であるジョゼット自身が自分の意志でガリアに帰ったのならそれを覆す事をあの人がする筈も無い。


 いっそ見事とも言えるが、どうしてか納得が行かない物がある。私が、ラファエルという息子に抱いている蟠(わだかま)りを嘲笑う様な気さえする。首尾良くノリスがジョゼットの心を捉える事が出来たとしても、ノリスの性格なら2度とレーネンベルクには戻れないだろうに。


 一度、あの人と腹を割って話す必要がある様だ。レーネンベルクの将来は、トリステイン国王としても、個人としても軽視出来る物ではないのだ。


「そうか、お前も良い父親に恵まれたな。公爵がそう決断したのなら、他人の私が口を挟む問題ではない。国王として、私も同じ事を言う、好きにするが良いさ」


「はい、ありがとうございます!」


「家名も持たないお前は、どうやってオルレアン大公家息女と会う積りだ?」


「それは・・・」


「まさか行き当たりばったりで、得意の強行突破とか言わないだろうな?」


 国内なら兎も角、ガリアでそんな事をしたら大問題だ。家を捨てたとは言っても、言い逃れが出来ないだろう。(父がガリア王と交渉済みだったとしても、大公家の問題となれば微妙だろう)


「いえ、腹案はございます。ソローニュ候を頼りたいと思います」


 ノリスの立場なら当然その伝を使うだろうが、何故そんなに悔しそうなんだ? 非公式には伯父と甥だし、公式にも以前は家族だった事は事実だろうに。ノリスがライルを嫌っているという可能性を考えなかった訳では無いが、理由が・・・?


「お前、まさか?」


「何でしょうか?」


 1つ、可能性を思い出したが、それはそれで面白そうだ。ライルがノリスを決闘で打ち負かす為に、”ジョゼットのキスをした振りをした”という情けない話を思い出したのだ。ノリスは昔から思い込みが激しかったからな、ただ今はその思い込みも乗り越えて見せて欲しい物だ。


「いや、何でもない。しかし、どうやって彼女の心を掴み取るんだ。お前は一度失敗しているんだろう?」


「・・・」


「何があったか話してみるか?」


「いいえ、ただ、私は彼女に勝ってみる積りです」


「勝つ?」


「はい、何とか決闘に持ち込んで、勝ちます!」


「メイジ殺しに決闘を申し込んで勝つ? その方法は?」


「残念ながら、今は思い付きません。ですが、自分を鍛え直したいと思います」


 ノリスが何を考えているか分かるような気がするが、ジョゼットを打ち負かす肝心の方法が見付からないではな。正々堂々に意味がある訳だから、卑怯な手も使えない。例え”メイジ殺し”だったとしても、”殺す”事は難しくないが、正面から当たって、勝利を掴むとなると難易度が桁違いだ。


 担い手としての”ジョゼット”の欠点とすれば、ルイズと比べてだがあまり無茶な魔法の修行をしていないからか、一度に扱える魔力量がそれ程多くないと言う所だろうか? だが、普通のメイジに比べれば、魔力の総量では勝ると思われる。ただ、ジョゼットの消去(イレース)はメイジを倒すという面では、効率が良すぎるからな。


「同じ男としては、助言したい所だが、私にも良い案が無いよ。だた、ジョゼットは一度に使える魔法量があまり多くないと思う」


「それは確かに、同時に魔法を唱え始めたら勝てないと言う事は良く分かっていますので、何とか方法を見つけたいと思います」


「ノリス、男になったな」


「いいえ、私はこれから、ジョゼットに相応しい男になるのです」


 そんな事を言い切った”弟”は、人間として、きっちりと成長を見せてくれた。そうだな、考えてみればジョゼットは未だに女性として目覚めていないのかも知れない。微妙に事情は異なるのだろうが、私の3人目の奥さんと状況は同じなのかもな。


 国王としては、隣国、それも関係を強化しつつある隣国と揉め事を起こすのは歓迎出来ないが、1人の人間としてノリスの健闘を祈る事にした。ノリスがもう少し厚顔無恥な所があれば、のうのうと戻って来るのだろうが、それが出来るノリスではあるまい。レーネンベルク公爵は何を考えているのだろうな?

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