第215話 ラスティン31歳(別れ)
ガリアのソローニュの地名は私の覚えている、オルレアン大公領の南方に面してガリア北西部を走る鉄道の最初の駅がある事から度々名前が私の耳にも入ってくるのだ。ソローニュ候爵領に何かあれば物資や人員を送り込む事が可能だし、オルレアン大公領の隣となれば将来のジョゼットの為でさえある。
父上が意識したかは分からないが、ソローニュ候爵領となれば僅かだがラグドリアン湖に面していた筈だ。これは私自身がソローニュ候爵領を訪問する事が不可能である事も意味している。そして、トリステイン国王としても、ノーラの夫としてもライルがガリアに領地を授かるというのは、”都合の良い”事だろう。
一方的にレーネンベルク公爵の思惑通りに運んだ様に見えるが、例えイザベラ姫の頼みでもあの愚痴王がこんな要求を容認するとは思えない。奴がレーネンベルク公爵の要求を概ね受け入れたのは、ライルが私の実子だと知ったからだろう。運命を味方にした人間の息子がどんな人間なのか、手元に置いて観察でもするのだろうか?
これだけの事をほんの数日で決めてしまった”父上”と”愚痴王”の知識、政治的センス、情報収集力、キアラの言う通りもう決まってしまった事の様だ。まさかあの2人が組むとは思わなかったが、レーネンベルク公爵の立場ならば当然の選択だったかも知れない。(少し強引過ぎる気もするが、それが問題の解決に繋がるとも思えない・・・)
ここで、そうだな、私の為にこの国を裏切る形になる息子にかける言葉はあるのだろうか? 自分自身の力を試したいという息子にだぞ? 私個人としても、トリステイン国王としても、レーネンベルクの人間としても、ライルを止める事が出来ないし、親や弟妹の為に汚名を被ろうと言う子供に出来る事さえ限られる・・・。
そうだな、ここはレーネンベルクの人間らしく振舞うとしよう。ライルが自分自身の力で歩きたいと言うのならそれを”全力”でサポートするのがレーネンベルクのやり方だ。
「ライル・ド・ソローニュと呼べば良いかな? そう名乗りたいのならそうするが良いさ、だが、他国の人間になるならばレーネンベルクの名は捨てて行くのだな」
「!!・・・。はい・・・」
ライルが少しだけ苦しげに受諾した、ライルにとっては”レーネンベルク”の名前は私と同じ位大事な物だろう。だからこそ、ライルには持たせられない名前だ。前王フレデリック様も自分の名前さえ捨てていたのだからな。そうだな、他国の王族に婿入りすると言う意味ではフレデリック様はライルの先輩だ、機会があればライルに会いに行って貰うか?
「結構、若い領主殿に聞いておく事があるが構わないかな?」
「はい、どうぞ」
「領主殿はソローニュ侯爵領をどの様な土地にする積りだろうか?」
「そ、それは・・・」
「別に意地悪で聞いている訳では無いぞ、私はここに居る多くの領主達に同じ問い掛けをしたのだからな」
「・・・」
この場に居合わせた領主の何人かが、ライルに同情の視線を送ったり、逆に揶揄の嘲笑を浮かべたりしているが、彼らには他国の領主の窮地でしか無い様だ。つい2,3日前に領主となる事が決まったライルには答えられないだろうが、逆にライルだからこそ、頭が冷めれば私の話の意図に気付くだろう。ライルが理想とする領地などライルにとっては思い浮かべる事は簡単だろう。
「どうやら若い領主様には酷な質問だったらしいな、まあ、ガリア王から正式に領地と身分を賜るまでには考えておくんだな」
「はっ!」
もう少しやっておくか? そうだな、まんまと嵌めてくれた愚痴王に対しても嫌がらせをさせてもらうとしよう。
「ライル・ド・ソローニュ、ガリアの人間となるお前に聞きたい事がある。別にイザベラ姫の知恵を借りても構わないぞ?」
「何でございましょう?」
「ガリアと言う国が抱えている問題は何だと思う?」
「・・・」
まあ、ライルには答えられないだろうな。今この場に居る人間で答えられる人間の方が少ないだろうな。
「イザベラ姫は如何かな?」
「畏れ多いですが、我が国は2代続いて賢王の治世にあります。その治世に瑕などございません!」
おい、何でこんな脳天気かつ強気な回答に、我が国の人間が頷くんだ? 私よりは遥かに優秀なのは認めるが、だからと言って問題を抱えていないとは言い切れない。まあ、我が国と逆の問題なんだが、それ自体は国王の不信感から来ている物だからどう転ぶかは見物だ。
「ライル・ド・ソローニュ、お前の今現在の立場は何だ?」
「そうですね、何者でもない単なる平民のメイジにすぎません」
「そうだな、ガリアの同胞達がどんな立場に居るか、その目で見てみるのだな」
「はい、ご指導ありがとうございます!」
そう言って一礼した後、言いたい事は全て言ったとばかりにライルが最後の言葉を言った。
「トリステイン国王陛下におかれましては、その治世が恙無き事を我が領地からお祈り申し上げます」
それに合わせて、イザベラ姫とそれに付き添う青銅の騎士(シュヴァリエ)も私に対して深々と腰を折った。結局私に出来る事は残されて居なかったな。
これを機会に、グラモン伯爵は正式に軍から身を引き、伯爵位をデニスに譲って隠遁生活を始める事になった。息子達の成長を喜ばしげに語った伯爵の最後の笑顔は、私にとっても考えさせられる物だった。
===
「貴方?」
「ん? ノーラか、どうしたんだい?」
「それはこちらの台詞です、こんな所でぽーっとして居られる程、国王と言うのは暇では無いでしょうに」
私は、ライルを直接見送る事も出来ずに、王城の屋上に出てライルが乗っているだろう列車が遠ざかるのを眺めながら色々な事を考えていた。
「ノーラこそどうしてこんな所へ来たんだい?」
「あの子を見送りに行って来たのです。キアラが絶対に会っておけって言うから」
「それを報告に来たのかい? もう春だけどまだ少しここは寒いから中に戻ろう」
「コーヤさん、何を隠しているの?」
こう言う時に、この呼び方は卑怯だと思うな。ノーラは分かって使っているんだろうか? キアラとの冷戦を生き残って随分逞しくなった様に見えるが、本当に強くなったのなら胸に秘めるんだろう。いや、それはもう止めたのだったな。
「隠し事かい、どの事だろう?」
「誤魔化さないで!」
ノーラの口調は厳しかったが、その表情は何故か私を慰めている様に見えた。まだ事情は話していないんだがな・・・。
「隠し事はあるけどね、君には話さないよ」
「どうしてもですか?」
「ああ、ノーラに話す事が出来る様になったら話す。今はそれで許してくれ、これ以上後悔はしたくないから・・・」
「そうですか・・・」
「ノーラ、民主主義の事は覚えているかい?」
いきなり話題を変えてみた。いや私の中では繋がっているのだが、ノーラはちょっと戸惑った様だ。
「はい? 確か、平民が選挙で自分達の都合の良い”王”を選ぶ政治制度でしたね、子供の頃に聞いたっきりですから、正確には覚えていませんけど?」
「まあ、君主は別に居る場合もあるんだが、私はこれからこの国をその民主主義の国にする事を決めたよ。君は反対するかな?」
「私が貴方のする事に反対した事があったかしら?」
「そうだったな、最悪私達は何の権力も無い王家の人間になるかもしれないけど、少なくとも今より不自由ではなくなる筈だ」
まあ、理想を言えば普通の人になれれば良いのだが、血筋というのを信仰する人間はやっかいだからな。例えば始祖の末裔である事を証明したルイズを女王にとか言い出す人間も居ないとは限らない。それでは意味が無いのだ、そうだ例の隠れたメイジ捜索結果を見直してみるか?
「そうですね、普通の夫婦だったら良かった」
ノーラは全然目立たない自分のお腹に手を当てて、そう呟いた様だ。今更言うまでも無いだろうが、私は以前からこの国の政治制度を根本から変えたいと思っていた。ただ、漠然とその時期は早くても50年後とか思っていた。公立学校で学んだ学生達が親になり、そして子供を産み、その子供達が公立学校での教育内容を当たり前だと考える様になった頃だな。
こんな考えをしはじめたのは何時頃だっただろうか? ただ、今のこの国の情勢は急速に変わっている事が私を後押ししてくれている。現状を維持するだけでも、”使える”メイジの数は多分他国の追従を許さない様になる事は確実だろうし、何時になるか想像もつかなかった、国民総メイジ化でさえその気になれば不可能では無い。先日まではもう少し状況をみようなんて思っていたが、今はそんな悠長な気分ではない。
いかんな、また暴走しそうだ。だがこんな大規模な話を私1人で実行出来る筈も無い、まあ、私は旗振り役に徹しよう。多分それが最も事が上手く運ぶ筈だ。運命なんて下らない物に逆らって、痛い目を見るのはこれ以上ご免だからな!
「それを考えていたの?」
「おかしいかな? 義理の息子さえ政治的な生贄になる世の中だぞ。生まれて来るこの子の為にも出来る事をするだけさ」
私もノーラのお腹にそっと手を当てて、自分に言い聞かせる様に呟いた。ノーラの肩を抱いて城内に戻ると、丁度用のあった人物が目に入った。
「ニルス、済まないが明日の朝一で執務室に来てくれ」
「はい」
さて、ニルスにも一芝居頼まなくてはな、この手なら行ける筈だ。ニルスの両親にも迷惑がかかるが、あの人達なら何とか成るだろうさ。
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