第206話 ラスティン31歳(流された涙)


「私の事などどうでもいい、ノーラに言いたい事があるんだ」


「ですが」


「いいから聞け!」


「っ!?」


「キアラを側室に迎える、文句は無いな?」


「で、ですが」


「そうだな、ゲルマニアに行くのを止めさせなくてはならないな。その為には、私が頭を下げるだけで済むかな?」


「離して、離して下さい!」


 自分の失策に気付いたノーラが、激しく暴れて私の手から逃れようとするが、そうはさせない!


「キアラが側室になる事に文句は無いな? 彼女の何処が納得行かないか言ってくれれば、別の女性を考えるぞ?」


「それならば、私と離婚して下さい。あの女を正式に王妃にすれば良いでしょう!」


 王妃、王妃か!


「そうか、ノーラはキアラに負けた事を認めるのだな?」


「!!、だって、私があの女に勝てる所なんて・・・」


 そうか、それで必要以上に理想的な女性、そして、王妃として振舞おうとしていたんだな・・・。


「そうだな、女性としては兎も角、”王妃”としての働きなら、ノーラの完敗だろうな?」


「くっ!」


 ノーラが悔しそうに、唇を噛み締めるが、何故か涙を流してくれない。今も昔も、この国に王妃に政治力を求める風潮は無いし、私の”妻”と言う点では、キアラがノーラに勝る点は無いが、今はそれを言えない。


「ノーラ、私の前世の国の言葉に、”石女”という言葉があるんだ」


「せきじょ?」


「ああ、不生女(うまずめ)とも言うな、ノーラにぴったりだと思わないか?」


「・・・」


 私にこんな事を言わせるな、泣け、泣いてくれノーラ! 私の言葉に力無く項垂れてしまったノーラだったが、未だに涙を流してくれない。もう限界だと思うんだが、こちらも限界だった。ノーラの欠点なんて、私には見付ける事が難し過ぎるのだ。もう一歩なのに!?


「ノーラ、これからは、私の事は”スティン兄様”と呼ばないでくれ」


「えっ?」


 か細いノーラの声が漏れたのと同時にノーラの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。自分が涙を流した事に気付いたノーラは、先程無気力さを忘れたかの様に激しく暴れだしたが私は私は決してノーラの身体を離さなかった。多分人には見せられない姿だろうが、そんな物は知ったことか!


===


 本気で暴れ疲れて完全に力が抜けたノーラの身体を、ガタガタの私も必死で支えながら、何とかベッドの端に座らせることが出来た。まあ、私の方も色々不満をぶつけられたが、それはお互い様だ。


「ノーラ、本当にありがとう。愚かな私の為に”誓い”を守ってくれて、そして、私の為に泣いてくれて・・・」


「・・・」


「何故、何故、私を解放してくれないんですか?」


「何故、私がノーラを手放せると思えるんだ?」


「・・・」


「・・・、ノーラ、さっきのキアラの話だが、一時の方便とかじゃないぞ?」


「・・・」


「それどころか、彼女にも”王妃”をやってもらう!」


「・・・」


「何故こんな事を言うか不思議だろうね?」


「・・・」


「理由は言わない。ただ、これからの私の行いを見ていてくれ、それが答えだ」


「コーヤさんの馬鹿・・・」


「はぁ?」


 ノーラの呟きは、私を混乱させるのに十分だった。コーヤって奴と浮気でもしていたんじゃないかとか真面目に考えた程だが、何の事は無い、”更夜”の事だった。ここでその名前を出すか? 前世の自分に嫉妬するとか有り得ないだろう?


 まあ良いさ、今の私達には言葉は必要ない、これからは言葉以上に態度で示すだけだ。お互いに精神的にも肉体的にもボロボロの状態だったが、その夜は今までのどんな夜よりも充実した夜だった。

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