第204話 ラスティン31歳(流されない涙)


 とてもじゃないが、そのまま眠る気分になれないし、この時間に部屋を用意させるのも気が引けるから、一度中庭に出て頭を冷やす事にした。眠気を感じれば執務室のソファででも良いか?


 別に意図したわけではないが、何となく歩いていると私達の寝室の直ぐ外までやって来たのに気付いた。我ながら、往生際が悪い事だな。まだ、ノーラは起きているらしく少しだけ明かりが漏れているのが見える。その明かりを見上げながらノーラが今どんな思いでいるか、想像しない訳には行かなかった。


「ノーラは今頃泣いているかもな・・・!?」


 私には当然の独り言漏らして、それを想像した瞬間、何故か私の中に”それ”が浮かび上がって来たのだ! 感覚的に言えば、キュベレー(使い魔)と繋がったのに近いが、”それ”はまるで私の内部から溢れてくる様な物だった。


「何故、俺はこれを忘れる事が出来たんだ!」


 自分自身への怒りに任せて、近くにあった木を思いっきり殴りつけた。出来れば自分の頭を打ち付けたい位だが、思い出せたこの記憶を手放す積りは無い! 王城の警備兵や、魔法衛士隊まで駆けつけて来たが、睨んで下がらせた。


「ノーラ、ご免、俺が守れもしない”誓い”をしたばかりに!」


 思わずノーラが居る寝室に向かって叫んだが、聞こえなかったのだろう。ダメだ、これでは解決にならない、考えろ俺はどうすれば良い?


「落ち着け。落ち着け、俺!」


 何度か”落ち着け”を繰り返すと少しだけ冷静になれた気がする。


「涙か・・・」


 涙を流す事が、ある意味心を浄化してくれる事は、多分誰でも実感しているのではないだろうか? 私だって、何度か人知れず涙を流した事がある。それ自体が何の解決に繋がらなくても、少しだけ心が楽になった経験もある。その涙による浄化を私が封じてしまったのだ。


 ”2度と君に涙を流させない”なんて安っぽい誓いを私がしてしまったから、ノーラは私の為に泣く事を止めてしまったのだろう。そして、愚かな私は肝心の誓いを忘れてしまったのだ、これが他人の記憶を消してしまった私への報いなのか? 運命だか神だか知らないが、本当に効果的な報復だよ!


「馬鹿な、そして愛おしいノーラ、私はどうすれば良い?」


 少し前までは、最悪離婚も止む無しなんて考えていたが、そんな気は全く失せた。この世界が滅んでも、私自身の命と引き換えでもノーラを手放さない。これは私自身のへの誓いだ!


「どうすれば、ノーラを手放さないで居られる?」


 国王を辞めて2人で何処かへ逃げるか? 馬鹿な、”王位より私を選んでくれたのね!”と言う程度の女性なら、ここまで悩まない。今の精神状態ならば、当面はそれで満足かもしれないが、何年後か私のノーラなら絶対に後悔するだろう。考えたくないが、若い転生者達にはまだ私の支援を必要としている者も居る、強行した場合には・・・。


「そうなると、王の立場のままか・・・」


 そうだな、そうしかない。だが、私が誓いを思い出した所で、ノーラ側の状況は全く変わっていないのだ。手も握れない状態(中学生か!)では、状況の好転しようが無い。かといって、キアラの提案を受け入れる訳にも、いや、ノーラ自身がああ言ったのだ、側室の話を受け入れる覚悟はあるのだろう。問題はノーラが納得する女性など簡単には見付からないだろう事だ。


 不幸にも私には1人(本当なら2人か、あの女性ならノーラも納得するだろうが、残念ながら故人だ)心当たりがある。そして、更に不幸な事にその女性は、私に愛想を尽かしてゲルマニアに行こうとしている。


「キアラをと言ったら、ノーラはどんな反応をする?」


 私に愛想を尽かすだろうな、最悪の人選だ。きっと何処かで涙を・・・。そうだな、妙な遠慮は無しにするか、お互いを思い合ってお互いを傷つけるなんてもう懲り懲りだ。ノーラを泣かせていいのは私だけだ。例え、それで嫌われても、絶対にノーラを手放さない!


「だが、五年後、十年後はどうだ?」


 そうだな・・・、少し想像してみたが、何故かノーラに刺し殺される未来が見えたぞ? いや、これは無いな・・・、あれ、今度は見たことも無いキアラの息子に王位を奪われ、ノーラ共々国を追われる状況がリアルに、ノーラ死ぬな!


「話にならん!」


 せめてあの女性が生きていてくれれば、最悪でも2人の間を取り持ってくれるだろうに、何だか今すぐモーランドを殺したくなるな。いや、死んだ人間や死ぬ人間の事を考えてどうする? 私達に必要なのは、生きて、ノーラとキアラの間を取り持ってくれる人間なんだ。出来れば年上の・・・? 年上か、だが、いやだからこそ適任か? しかし彼女がこの話に乗ってくれるか?


「とんだ恥知らずだな、恥をかく事は慣れているが、これは男性として最低だな」


 別に私のプライドなどどうなっても構わんさ、ノーラと幸せに暮らす為ならな!


「キュベレー、居るかい?」


”はい、あの大丈夫ですか?”


 精霊から見ても今の私は正常じゃないらしい。だが、そんな事はどうでも良い。


「少し伝言を頼みたいんだ、クリシャルナをここへ呼んで欲しい。多分、ゲルマニアかエルフ達の国に居るだろう、出来るか?」


”はい、多分”


「それとな、マナフティー様は分かるか?」


”うーん?”


「エルフのレイハムの長老だ」


”仲間に聞けばなんとかなるかも?”


「何としても、見つけてこれから言う事を伝えてくれ、クリシャルナがトリステインに向かった後にな。良いか?」


 さあ、これで後に引けなくなったぞ、ラスティン? 後は前に進むだけだ!

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