第187話 ラスティン31歳(名誉の負傷)
そして翌朝になったが、状況は左程変わっていなかった。宮殿自体は制圧済みだが、警備部隊(驚いたことに近衛部隊では無いらしい。ガリアで全滅して再編が済んでいないとは思わなかったな)は丸々残っていて宮殿を取り囲んでいる。既に守るべき皇帝も宰相も居ないし、宮殿も敵の手に落ちているのだから警備部隊とは呼べないが律儀に包囲陣を敷いている所を見れば、忠誠心は高いのだろう。
一応宮殿内に居た使用人の何人かに宰相の遺骸と捕えられた皇帝の姿を確認した上で、皇帝の”正体”を他言無用と言って警備部隊に引き取らせたのだが決定的な証言とは受け取られなかった様だ。まあ、どうするかの判断を下せる人間が居ないのだからどうするか決めかねているという面もあるのかも知れない。
何かが起これば、新皇帝陛下殿に一芝居打ってもらう予定だったが、問題は別の所で持ち上がった。
「ニルス、少し休んだらどうだ?」
「いいえ、仮眠は取りましたから、問題ありません。ラスティン様こそ、おやすみになって下さい」
「まだまだ、大丈夫だよ。別に魔法を使っている訳でも身体を動かしている訳でも無いしな」
「そうですね、キアラさんも居ないですし、書類も追いかけては来ないですからね」
「それだと、私がここに居る理由が、かなり情けない物になるが?」
「おっと、通信です」
そこで、会話を止められると、私が逃げて来たのは異論の余地が無い事実の様に聞こえるじゃないか? これがキアラからの通信だったらある意味嫌だがな。
「アンセルムさんからです」
「そうか・・・」
戦況報告を態々してきたのか、アンセルムがそう言う事に熱心だとは思えないのだが? 陸軍側の報告がグラモン元帥の所に行っていると言う理由で報告をサボる方がアンセルムらしいんだがな。(必要じゃない所は、徹底的に手を抜くからな)
「アンセルム、何があった?」
「陛下! 申し訳ありません!」
返って来た応答は、酷く大きな声だったが指揮官殿の声だと分かった。デニス・ド・グラモンが私に謝るなんておかしな話だな。例の軍の一部が突出したのは確かにデニスの指揮官としての失態になるが、それは、上官のグラモン元帥から叱責を受ける程度の話だ。
事態に気付いたのは早かったし初動も悪くなかったと感じたから、デニスが私に直接頭を下げなくてはならない程の損害も考え辛い。陸軍の被害なら、元帥を通して報告が筋だろうし? 魔法兵団の方に被害が出たのならアンセルムが頭を下げる話だろう。嫌な流れだが、立場上聞かないと言う訳にいかない。
「デニス・ド・グラモン、何があったか説明してくれ」
「陛下、何卒、弟を許してやって下さい。この通りです!」
どうも頭を下げたらしいが、こちらからは見えないし、ついでに話も見えないぞ! 何故ここに、ギーシュが出てくるんだ?
「アンセルム、居るんだろう? 説明しろ!」
「ああ、俺の方からもだ。すまない、思ったより被害が出た」
「まさか兵団にか?」
「いいや、敵さんにだ。幾らなんでもそこまで間抜けじゃない」
「そうか、まあ、戦争だからな。それで犠牲者の数は?」
「確認中なんだが、村1つだ」
「民間人も巻き込んだのか?」
これは拙いな、今後の予定がかなり狂う可能性がある。いけないな、こんな人間を数や障害の様に考えては・・・。
「いいや、予想だが軍の関係者だけしか被害は無いぞ?」
「訳が分からないな、最初から説明してくれ」
話の内容を簡単に纏めると、以下の様になるな。
1.突出した部隊を援護する為、陸軍の本隊と魔法兵団が進軍を開始する。
2.アンセルム考案の渡河作戦を利用して、ゴーレム部隊が先行する形で軍を進める。
(ちなみに、ゴーレムがゴーレムを踏み台にしたのであって、ガ○○ムが○ムを踏み台にした訳では無いぞ?)
3.ゴーレム部隊が戦闘が始まったばかりの戦場を蹴散らした。
(敵も味方もだそうだ、まあ、怪我人程度なら問題無いだろう。ゲルマニア側もゴーレムを用意していた様だが、数・質・大きさ総てで圧倒したらしい)
4.アンセルムとデニスの合意で、そのままモーランド辺境伯の身柄確保に向かった。
「別に問題無いじゃないか?」
「ああ、問題はこの後だ」
「そうか?」
5.進軍を続けている最中に、ゲルマニア軍に追われている”民間人”に遭遇する。
6.”民間人”を助ける為に、魔法兵団所属のメイジが負傷。
7.”負傷したメイジ”を残して、進軍を開始、空軍の助力もありモーランド辺境伯の身柄を確保する。
8.近隣の村に担ぎ込まれた負傷したメイジをゲルマニア兵が襲撃
9.”付き添ったメイジ”によって村が消失
「おい、突っ込み所が満載だぞ! ああ、民間人と言うのがデニスの弟だったのだな?」
「ああ、魔法学院の生徒達だよ。無茶な事をするな、まったく!」
今の”ギーシュ・ド・グラモン”ならば、”同級生の女性が戦場に立っているのに我々が何もしない訳にはいかない!”とか言いそうだし、実行力も持っていたのだろう。水精霊騎士隊に入る筈だった生徒達も同行しているんだろうな? 事を大きくしない様に軍や兵団と同行させなかったか・・・。
「多分間違っていないだろうが、ライル・ド・レーネンベルクの怪我は?」
「銃で撃たれただけだ、重傷じゃない。問題の村にも自分で歩いて行ったのだから、軽傷と言っても良い」
「そうか、ライルらしくないな」
「いいや、国王の息子らしい行動だったそうだぞ、イザ、えーっと」
「アナベラ・ド・ボヌーだろ」
そこまで来てやっと、デニスが頭を下げた理由が分かった。兵団に同行させる事を決めた時点で、兵団と陸軍の主だった所に、アナベラ・ド・ボヌーの正体を知らせてあるのだ。もう隠す期間も短いし、多くの者が知っている事に意味があるのだからな。我が国の為に(正確には全然違うが)従軍してくれたガリアの王女を傷つける様な事態を招けば将軍の首でも危ないと思うだろう。
「ああ、その女性を庇っての負傷なんだから、名誉の負傷だろう?」
こいつは、ライルの正体を知っているんだろうか? まあ、キアラが知らせたのなら問題は無いと思うが・・・。それより何故、イザベラ姫の所にギーシュが逃げていくんだろうか?
「ライル達は、何処に居た?」
「ああ、補給部隊の護衛に当たっていたさ。彼女に怪我させる訳にはいかんしな。奇襲にも備えていたぞ、何だか分からんが、地中からいきなり出て来たそうだ」
「地中?」
「ああ、使い魔を使って地中を潜って追っかけてきた所を、地中に隠れていたゲルマニアの奇襲部隊の一部と接触したんだろうよ。宝石が何とかと言っていたが、使い魔とか詳しくないからな」
「そうか、大体事情は分かった」
ギーシュは、(同じ個体かは分からないが)ジャイアントモールを使い魔にしていたし、ジャイアントモールは宝石の匂いが分かるんだったな。ライルがイザベラ姫に送った魔法宝石(マジックジュエル)か別の物かを、追ってここまで来たのだろう。
「それで、村が消失というのは?」
「ああ、あの娘がかなり取り乱していてな。同行は無理と考えて、近くの村に宿を取らせたんだ」
「その村も埋伏していたゲルマニア兵と同じで罠だった訳か?」
「どうも、兵士が村人に扮していたらしく、夜中に襲撃されたそうだ。護衛に付いたメイジが妙に愛想が良かったと証言している位だ」
「随分と手が込んでいるな?」
「ああ、どうも潰走して見せたのも半分位は演技だったのかもな」
「地中に潜んで、通り過ぎた所を奇襲か? その上で負傷者を受け入れる振りをして、人質にでもする積りだったか・・・」
「そんな所だろうよ、奇策に搦め手だな、やっぱり性格が悪いぞ」
潰走ルートはある程度コントロール出来たにしても、地中で文字通り埋伏していたとは良い根性だな。間違ってゴーレムが踏んだら、”プチッ”だよな? 知らないだけで圧死者がかなり出ているのだろうか、探させても結局埋葬するだけなんだろうな。
「で、性格の悪い辺境伯は捕らえたが?」
「王都に護送しろ、なるべく、じゃないな、護送する人間には決死の覚悟で挑ませろよ?」
「へいへい」
どうしても陸路で王都に行くには元モーランド侯爵領を通らなくてはならないんだが、今では直轄地マース領となっている場所にはモーランドを殺したいと思っている人間が多い筈だ。無警戒で護送したらどんな事になるか想像は簡単だが、マースの人々にそんな事はして欲しくないし、マース領の人々以外にも恨みを抱く人間は多いのだ。
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