第166話 ラスティン30歳(特殊部隊)
空軍と特殊部隊と明人青年の訓練に関しては、実に順調に行っていると言って良いだろう。
空軍の”フネ”の方は我が国は少数精鋭を旨としている。はっきり言ってしまえば、アルビオンの空軍が数は揃っているから、数と数での勝負に負けは無いし、それならトリステインとしては量より質と言う訳である。まあ、情報戦略上量より質をとらざるを得なかったと言う面もあるが、戦争などにそれ程生産力を使いたくないという事情もある。(実際の所アルビオンとの交易に使用している”フネ”を回せれば、かなりの艦隊が組織出来るんだが、それをやってしまうと矛盾して聞こえるかもしれないがアルビオンが困る事になる)
空軍には”フネ”以外にも戦力がある。勿論ゼロ戦の事だが、ゼロ戦だけでは無い。コルベール夫妻(無論コルベール先生とミネットだぞ)の作品だが、これはある意味隠し玉なのだ。
行っている飛行訓練の方は、どうしても空を飛ぶ物だから、隠し切れない事が前提になっており所持する機体数を特定されない為に常に1?2機でしか訓練が出来ないのが問題であるが、部隊長は頑張ってくれている様だ。ちなみに明人青年も訓練に参加しているがさすがはガンダールヴという操縦技術を発揮してくれたそうだ。お陰で戦闘機部隊の操縦技術は格段の進歩を見せてくれた。
ゼロ戦に乗ったばかりの明人青年が、部隊内のエース(部隊長と同一人物だが)をドッグファイトで撃墜してしまったのだ。どうしても教官役になれと言われた明人青年も困っていたが、明人青年には生身での戦闘訓練も待っているんだから、丁重にお断りしたらしい。
ああ、さっきから出て来ている、戦闘機部隊の部隊長だが、誰だと思う? もう隠す必要は無いだろうな、騎士殿といえば分かるだろうか? そう、ゲルマニア人であるヴァルター・フォン・クロンベルクの事である。気付いたとは思うが、彼が亡命者第一号だったのだ。
まあ、騎士殿らしい行いだったが正直私としても扱いに困ったのは前にも話しただろうか? トリステインの中央において置くのは拙いと考えて、面識のあるというか上手く扱ってくれそうなアンセルムの所に送ったのだがどういう経緯か、戦闘機部隊の部隊長などに抜擢されたと言う訳だ。
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やはりばれてしまうか? 私自身が”戦闘機部隊”の存在を知ったのごく最近だったりするのだ。勿論、戦闘機部隊の構想を話したのは私なんだがここ数年は私自身あまり使い物にならなかったからな。(全く自慢にならないが、今だって、それ程役に立っている自覚は無いんだがな)
当然の様に小さな宰相殿の仕業な訳だが、基本的に軍用ではなく、”航続距離を伸ばす”や”最高速度をあげる”,”積載量を増やす”といった要望を見事に実現して見せてくれたコルベール夫妻と、それを軍用に転化してしまうキアラとアンセルムには頭が下がる。(余談だが、キアラを処女宰相と呼ぶ人は少なくなって来た、まあ年齢が年齢だからな。本人は全く気にする素振りも無いがね)
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空軍の特殊部隊についても触れておこうか? これも私の与り知らぬ所で設立された部隊だ。私が知っていれば、少なくとも彼らを選ばなかっただろうかならな。
そう、空軍の特殊部隊の母体となっているのは、魔法兵団の警備隊11班だったのだ。多分一番安全だと思って、大切な友人を送り込んだと言うのに、選りにも選ってあそこがキアラの目に留まるとは思わなかった。違うなあそこが優秀な班で、緊急度の低い任務に当たっていたのだから、キアラの目に留まって当然だったんだろう。
何の予備知識も無く、”特殊部隊”とだけ紹介されて隊長と副官に会ったら、実はどちらとも面識があったというのは私でも驚きで表情が変わってしまう程だった。(別の意味で驚いたという理由もあるんだがね)
「へ、陛下、お久しぶりです」
「マルコさん、いえ、マルコ隊長と呼びましょうか?」
「あ、いえ、その・・・」
「貴方、落ち着いて、スティンと会うのは始めてじゃ無いんでしょう? スティン、久しぶりね、陛下って呼んだ方が良いかしら?」
「スティンで良いよ、元気そうで何よりだって! セレナ、君もしかして?」
「ええ、私の旦那様を紹介しましょうか?」
「いや、大体事情が分かった気がするからいいよ。でも、君の男性の趣味がどうも分からなくなったよ」
想像としては、あの頃のセレナは傷心状態だったし、それを慰めたのが班長であるマルコさんだったんだろう、どうやって慰めたかは聞いては野暮なんだろうな?
「あの陛下?」
マルコさんが何か口を挟もうとした様だったが、セレナの方は全く気にしていない様子だった。兵団の班長としては、次期レーネンベルク公爵の元愛人?を妻にしたのは気が引けるのだろうか、妙に緊張しているのはそのせいかな?
「私の男性の趣味なんて昔から変わらないでしょう? 強いメイジに憧れるのは、私の宿命かも知れないわね」
「そうか・・・、まだ、あまり魔法は得意じゃないのかい?」
「まあね、こればっかりは仕方が無いでしょう。でも、私だって進歩はするわよ!」
「そうみたいだね、君が特殊部隊と言うのは、ある意味納得出来るよ」
「でしょう、メイジの弱点と武器の弱点を私ほど真面目に考えている人間は少ないでしょう?」
そうだろうね、そうじゃなかったら、君をジョゼットの師匠なんかにしなかったさ。そう私は心の中で答えたが、セレナの表情や態度から、口に出しても問題なかったと感じられた。そこで私としては、別の言葉を口にする事にした。
「マルコさん、本当にありがとうございました」
「は、はい?」
「もしかしたら、もうセレナとは会えないんじゃないかと思っていました。こんな明るいセレナが復活するなんて、やっぱり貴方は頼りになる方です」
「私にとっては、ちょっと優しすぎるんだけどね」
「お、おい」
「魔法の腕は確かなのに、外聞に拘るんだから」
「それは、関係あることなのか?」
「腕も度胸もあるのに、結婚式を挙げるのが恥かしいんだって。まあ、私みたいな娘と間違えそうな女を奥さんにするんだから我慢して欲しいんだけど?」
「セレナ、ちょっと黙っていてくれ!」
「はーい」
マルコさんがどう見ても照れ隠しで声をあげたが、セレナにはあまり効いていない。軽口を止めた所をみると、一応夫をたてる気はあるらしい。
「ラスティン様、今度の演習ですが本当に宜しいんですか?」
「ああ、その話でしたね、今日の本題は。勿論構いませんよ、存分に特殊部隊の力を発揮して下さい」
「そこまで言われれば、全力で挑むのみです。警備の方は?」
「そうですね、通常の警備に加えて、魔法衛士隊を特別に2隊、3日間だけ配備する事にした」
「そうですか、それは大変ですな」
「1隊は休憩がとれますから、問題無いそうですよ」
「魔法衛士隊の方々も本気だな、やりがいがあるぜ!」
「貴方、口が!」
「おっと、失礼しました」
やっぱり意外と熱くなる所があるよな、マルコさんは。セレナの様な冷静な女性は意外とお似合いかも知れない。
「それでは、来週の週末3日間、お待ちしていますよ」
「はい、必ずラスティン様の所まで辿り着いてみせましょう」
「もういいかしら? でもスティンって変わってるわよね、自分の城を攻めさせるなんて」
「いや、あくまで訓練だよ。君達特殊部隊にとっても、魔法衛士隊にとってもね」
「ふうん、その言い方だと。魔法衛士隊には私達が何処から攻めるか話していないのかしら?」
「勿論だよ、言ったら訓練にならない」
「スティンってそんなに性格悪かったかしら?」
「おい、セレナ!」
「その言い方は心外だよ、私は昔からこうだったよ」
「そうね、そうだったかもしれないわ」
それから、簡単な打ち合わせを行って、会談を終わる事にした。
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結論から言えば、フネで上空から進入した特殊部隊に魔法衛士隊が惨敗したという形で演習は終わった。正確には、王城の私の執務室まで特殊部隊のマルコさんとセレナが入ってきた時点で終了となった訳だ。
多分、王城上空に特殊部隊を乗せたフネが現れた時点で勝敗は決していたんだろう。上空に侵入される前にフネを発見出来れば、機動力で魔法衛士隊が勝っていたんだろうが、哨戒部隊を風上だけに展開したのが失敗だったと、ヒポグリフ隊の隊長のエロワさんが表面上は冷静に分析してくれた。(新型の”フネ”はアルビオン方面しか運行していないから風下から来るとは思わなかったのだろう)
内面は窺い知れなかったが、彼らはこの国のエリートだからな、翌日から隊の訓練が厳しくなったと噂が流れたが、それはそれで良い刺激になったんだと思う。騎獣に乗る事を前提とした”今の”戦闘スタイルが間違っているとは思わないんだが、彼らが腕を上げてくれるならばそれはそれでありがたい事だ。
多分物語通りにワルド辺りが魔法衛士隊に居れば、もう少し頑張れたんだろうが、彼は領主として子爵領の統治に忙しいそうだ。(この辺りは彼の友人のノリスからの情報だが、引退した両親も元気でそろそろ孫の顔がとか言われているらしいぞ?)
この作戦と功績で、マルコさん達は、単なる特殊部隊から空軍特殊部隊(人によっては”幻獣の射手”)と呼ばれる様になった。
何故私が、自分の住む王城を攻めさせる様な馬鹿な(怪我人まで出したんだから本当に馬鹿げた演習だが)事をしたかと言えば、ゲルマニア空軍が明らかにトリステイン攻略を目論んでいると推測されるからだ。無論トリスタニアまで攻め込まれる積りは無いが、防衛力を確かめる意味があったのだ。
そしてそれ以上にゲルマニア中枢への侵攻の予行演習といった面が強いだろう。ゲルマニアの戦術をそのままお返しする訳だな。あちらの首脳部がどんな反応をするか楽しみだ。
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