第132話 ラスティン27歳(悲恋)



 国外の状況は停滞気味で、国内では密かに大きな変革が起こりながら時間が過ぎていった。


☆身近な状況変化


 身近な話をすると、秘書官に戻ったアルマントは積極的にトリステインの国政に参加している。陛下にも、自分から素性を明かした彼は堂々と、枢機卿とさあえ渡り合うようになったが、まあ、まだ経験不足だから負けが込んでいるのは事実だ。最初はゲルマニア人と嫌っていた枢機卿も、アルマントの熱心さに渋々といった感じだがその存在を肯定的に受け取ってくれるようになった。私が見る限り、アルマントに厳し目のキアラがアルマントに味方していれば勝率は上がる筈なのだが、キアラは手加減をしていないのだ。


 私とノーラの間にはまだ子供が出来ていない。それ自体は仕方が無いと諦めているし、まあ、何時までも新婚気分が続くのは悪い事では無いと密かに思っている。ノーラ自身は、電報の開発をほぼ終えている、正確には通信自体は現状でも可能だが通信方式に色々なバリエーションを考えている所だったりするが、原始的な暗号化通信の様な話になってくると、詳しい人間が居ないので的確な助言が出来ないのが情けない。

 だが、ノーラ自身は楽しそうに眉をしかめて?色々な通信方式を考案していたりするので、これはこれで良いかと思ってしまう。ノーラの幸せが、私にとっての幸せなんだと実感できるからだろうか?


 他では、意外なカップルが幾つか誕生したというのが、大きな変化だろうか?


 先ずは、”クロディー=ジェフ”の2人だろうな。クロディーの熱烈なアタックにジェフが折れたと言った印象だが、本気で遠距離恋愛になるがどうやって付き合っていくのだろうか? クロディーがトリステインに戻って来るのは考え辛いから、ジェフがまた折れるだろうな。彼に抜けられるのは痛いが、後進も多いから何とかなるだろう。

 そろそろ、ガリアのの大使も挿げ替えて良い時期だから、結婚となればどちらかを何処かの貴族の名目だけの養子にして、正式な大使とする事にしようか?


===


 もう1組は、”ユニス=アンセルム”の2人だが、これは聞く限りアンセルムがユニスに求婚した事になっている。しかし、2人を、特にユニスを良く知っている人間は、”ユニス”が、”アンセルム”に求婚させたと確信している。誰もどうやって”求婚させた”かは知らないのだが、アンセルムに聞いても”個人的な話だからな、話せないぜ!”と突っぱねられるのだ。

 話は少しずれるが、暇そうにしているアンセルムに公立学校の運営を覚えさせる事にした。運営と聞いて嫌な顔をしたアンセルムだったが、後の方では何か企んだのがありありと分かる表情になって、学校の理事長であるローレンツさんの所へ出掛けて行った。そして5日で戻って来たのだが、何故か”宿題”を抱えてだった。まあ、宿題の内容は想像に任せるが、公立学校の新入生がやる物だったのは、あまり大きな声では言えない。

 某友人の推測では、”大方、教師として潜り込もうとして、理事長先生に返り討ちに遭ったんでしょう”ということだ。きっとあれは一生直らないんだろうな。ローレンツさんの後継者としては、些か心許ないが、転生者のサンディも居る事だから、何とかなるだろう。


===


 さて、上に挙げた2人の男性にはある共通点があるのは分かるだろうか? 高等学校の卒業生という事もあるが、とある女性に恋愛感情を持っていたというのも立派な共通点だ。一般的には恋敵なのだが、どちらも完全な片思いだったからな。

 そのとある女性というと、殆ど独身主義者のキャリアウーマンにしか見えない生活をしている様だ。朝から晩まで王城に詰めていて、様々な会議に参加というか、主導して、その報告を簡潔かつ明瞭にまとめ、2人の上司(私と枢機卿)に報告するという平凡でも変化に乏しくも無いが、若い女性には相応しくない日々を送っている。

 そろそろ行き遅れと呼ばれてもおかしくない年齢になりつつあるのだが、本人にはその気が全く無いらしい。さすがに私から男性を紹介すると言う事は出来ないが、時々ある視察に同行させる人物を彼女に相応しい男性にしているのだが、浮ついた噂は全く流れない。同行させた男性の方が何故か自信を無くすと言う事も有るとか無いとか、妙な事が噂になる事はあるのだがな。(私の意図を読み取って、態とそういう対応をしているのかと疑いたくなってくる。”処女副宰相”という呼び名も耳に入ってくる程の身持ちの堅さだ)


「忙しい所にお邪魔して申し訳ありません、マザリーニ様」


「忙しいのはお互い様でしょう、副王殿下?」


「済みません、政治に関する話では無いのです」


「ほほう、では姫様の話ですかな?」


「それも、私にとっては政治的な話ですよ」


「それでは、何の用件かな、ラスティン殿?」


 やっと警戒を解いてくれたらしい。別に敵対している訳では無いんだがな。


「はい、実はキアラの事なんです」


「キアラ君の? 彼女が何か問題を起こすとも思えないが?」


「はい、枢機卿に相談するような話では無いのですが、是非協力をお願いしたい事がありまして」


「まあ、話してみたまえ。協力するかはそれから決める事にしよう」


「キアラは未だに独身ですよね?」


「なるほど、確かに聖職者にする話ではありませんね。ですが、キアラ君は今年で26歳だったね、彼女の上司の1人としては気にしておくべきでした。彼女の人間としての幸せを奪う権利は誰にもありませんからね」


「マザリーニ様のお知り合いに、キアラに相応しい男性はいらっしゃいませんか?」


「ふうむ?、正直私向けの話ではありませんな」


「はい、私の方でも動いてみたのですが、どうも彼女の好みに合わなかったらしくて」


「そうですか、心当たり探してみましょう。彼女には私も世話になっていますからね」


「お願いします」


「ところで、キアラ君の男性の好みと言うのは?」


「えっ?」


「ぴったりの男性が居るとは限りませんが、参考までに知っておきたいのです」


「残念ながら・・・」


「そうですか?」


 雲行きが怪しくなってきたので退散する事にした。未だに確信出来ないが、キアラの好きなタイプが私みたいな人間だったとして、そんな事赤の他人の前で言える筈も無い。私が枢機卿にこの話をしたのは、枢機卿からマリアンヌ様の耳に入る事を予想しての事だ。こう言う話は女性に任せるに限る、例の”疑惑の女性”の縁談も、母に相談したらあっという間に決まってしまったからな。(ライルの危機と、友人のシルビーさんの話もしておいたから、本当に早かったぞ)

 母に相談する事も考えたが、妙に嫌な予感がしたので、あっさり諦める事にした。”副王様なんだから愛妾にすれば良いじゃない”とか簡単に言いそうだ。その先はあまり考えたくない展開が待っているだろうし、ノーラを悲しませる積りは無いのでな。


===


☆悲恋


 去年の冬の事だったが、突然1人の女性が私を訪ねて王城へやって来た所から話は始まる。ごく普通の訪問だったし、友人だった事もあり何の心の準備もしていなかったから、その事件は私の心に印象深く残った。


「セレナ、良く来たね」


「ええ・・・」


「もしかして、ジョゼットに何かあったとか?」


 少なくとも父との交信ではそういう情報は聞いていないんだが?


「あった言えばあったかしら」


「何だか元気が無いね」


「そうね・・・」


 セレナらしくなく、何故か泣き出しそうだと感じてしまった。執務机から応接ソファーに移動して、話を本気で聴く体勢に入り、少しだけ優しい声を意識して何が起こったのか聴いてみた。


「良かったら相談に乗るよ? 君は僕の大切な友人なんだからね」


「・・・」


 優しく話しかけた積りだったのに何故か、セレナはもっと辛そうな表情になってしまった。何だ、セレナに何が起こった?


「1つ聞かせてくれる?」


「いいよ、何でも聞いてくれ、正直に答える!」


 最大限誠意を込めてこう言ったが、失敗だったのには直ぐ気付かされる事になった。


「もし、もしよ? もし、私達がまだ魔法学院の学生だった時に、私がスティンに交際を申し込んだとしたら、貴方はどうした?」


「そうだね、多分、うん、正直に答えるよ。はっきりと断っていたね」


「理由を聞かせてもらえる?」


「僕には婚約者が居たわけだからね、別人を名乗っていたとしても裏切れないよ」


「どうして、ただの遊びでもダメなの?」


「ダメだな」


「どうして私じゃダメなの?」


「そう言われてもな、強いて挙げれば、君がエレオノールじゃないからかな?」


 そう言った瞬間に、セレナの瞳から一筋の涙が流れ落ちた。ノーラには言えないが、とても悲しいがとても綺麗な涙だった、そう、もし私がノーラに出会っていなかったら恋していたかも知れない程の・・・。


「あなた、貴方達兄弟ときたら同じ様な事を言うのね・・・」


「そうか、ノリスに結婚を申し込んだんだな?」


「そう、私って、11歳の女の子よりも魅力無いかしら?」


「・・・」


「ごめん、答えられないわよね。あの娘の師匠役は辞めてきたわ」


「そうか・・・」


「教えられる事は全部教えて来た積り、多分私じゃあれ以上は無理・・・」


 そうか、それで思い切ってプロポーズしてみたんだね? 結果は最悪だったけど頑張ったね、そんな事を言いたかったが私の立場では言えないな。


「ありがとう、僕が変な頼みをしたせいで辛い目に遭わせてしまって、すまない! ノリスの分も謝らせてくれ」


「いいの、所詮は単なる憧れだったんだわ」


「これからどうする積りだい?」


「さあ、今更実家には帰れないし、警備隊に戻る積り・・・、それしか能が無いしね」


 警備隊か、辛いだろうにな・・・、しかし何故か嫌な感じだ。もしかして、自棄になっているんじゃないだろうか、この状態ではどんな無茶をしてしまうか分からないぞ? 良く考えろ、大切な友人の命がかかっているんだ!


「警備隊に戻るなら、紹介状を書くけど?」


「任せるわ・・・」


「第11班は知っているかい?」


「4班所属だったから、知り合い位は居るかもね?」


「今、11班は重要な任務に当たっているんだけど、行ってくれるか」


「重要な任務?」


「そう、君がヒントをくれた話だよ?」


「何の事?」


「亜人が周期的に現れるという話をしてくれたのは君だろ、セレナ?」


「そう、あの話ね・・・、役に立ったんだ」


「君は勘違いをしているよ、君は魔法を使わない役立たずのメイジなんかじゃない!」


「ありがとう、11班ね、行ってみるわ」


 ダメだ、私の言葉じゃ届かないみたいだ。警備隊第11班の実績と、隊長のマルコさんの言葉を信じよう。少しでも早く、セレナの心の傷が癒える事を期待するしか私には出来そうも無い。誰かが、セレナを支えてくれる事を祈ろう。

 カロリーヌを強引に呼び出して、セレナを任せた後、念の為ガスパードと護衛隊を何人か割いてセレナを送り出した。兵団本部にから情報を得るのは避ける様に命じたが、ガスパードならなんとかセレナを警備隊第11班に送り届けてくれるだろう。


 セレナの事を考えながら、私はどうしてもキアラの事を考えずにはいられなかった。キアラの涙は見たくないが、どうしようも無い事もあるのだろうな。もし、ノーラとキアラのどちらかを選べと言われれば、迷わずノーラを選ぶ事は自分が一番良く分かっているんだ。

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