第131話 ラスティン26歳(友人達の帰還)



 機関車自体に関しては、これ位なのだが”ミスタ・コルベール”は、ミネットの説得により諦めた”脱硝・脱硫装置”を魔法的な方法で再現しようと計画していた様だ。無茶をして、古巣の魔法学院にまで顔を出し、元同僚の(私にとっては恩師の1人だな)バルザック先生の協力を得て、大気中から特定の元素(分子)だけを集める気体濃縮(エア・ギャザー)を開発して見せてくれた。(海沿いでの塩田等で、海水の塩分を高めてから汲み取る際に使われる通常の濃縮(ギャザー)の風版で、これ自体は別に難しい物では無い)

 但し、気体濃縮(エア・ギャザー)だけでは、あまり意味を持たないのは明白だったが、その解決策は何の事は無い私自身が”ついでで”学生の頃に考案していたのだ。言われるまで気付かなかったのは、考案者としてはどうかと思うが、逆液化(リバース・リキッド)や強化固化(スーパー・ソリッド)は私向けでは無かったし、実際考案者は”私”では無いからな。


 二酸化炭素(温暖化対策)で考えられたのは、以下の手順を説明された。


1.風メイジが気体濃縮(エア・ギャザー)で大気中の二酸化炭素を集めて、濃度をあげる

2.濃度が上がった部分を逆液化(リバース・リキッド)で液体化する

3.液体二酸化炭素を固化(ソリッド)で固体化する

4-1.元素変換(コンバージョン)で石炭等に変換する

4-2.固体二酸化炭素を分解(デコンポーズ)で酸素と炭素に分解する


 これで燃料のリサイクルサイクルが(理論的には)完成するそうだ。正直言ってしまえば、効率の面では(特に現状では)全く現実では無いが、予想通りにメイジの数と質が上がれば、決して”夢の技術”では無いと思える。トライアングルスペルが2回も必要なのは何とかしたいな、固体化せずに液体のまま元素変換が出来れば、効率はぐんと上がるのだがな。


(注:空中の元素を固体化する魔法技術です。固定化するものではありませんし、勿論服装が変わったりしませんよ!)


===


 この鉄道絡みの話では、何故か聞いた話が多かったのは気付いていただろうか? 理由は簡単で、私は現場に一度も行けなかったのだ、理由は後で書く機会があると思うが、”公開走行”には無理を言って、王妃マリアンヌ様に臨席してもらう事になったのだ。鉄道に”箔を付ける”為に王家の者が出席する必要があったのだ。

 ノーラでは、主賓には少し不足だったし、アンリエッタは枢機卿が勉強が捗らないからとダメ出しされたからだが、マリアンヌ様は鉄道が気に入ってくれた様で、私が行くよりは良い結果だったかも知れない。


「マリアンヌ様、長旅でお疲れではないですか?」


「気遣いは無用に、それより、ラスティン! あんな素晴らしい物を隠していたなんて、トリステインの損失よ」


「鉄道は気に入っていただけましたか?」


 何だか、凄く気合が入っているマリアンヌ様だな。機関車というのはあまり女性向では無いんだが?


「ええ、急な話で、最初は気に入らなかったんだけど、一目見て気にいってしまったわ」


「そうですか、それは良かった」


「それに、あの”汽笛”の音も良かったわね、詩的だわ・・・」


 余程気に入ってくれたらしいが、汽笛が詩的?


「何時になったら、トリスタニアまで来るの? あんな田舎では、ごめんなさい」


「いいえ、レーネンベルク領が全体として田舎なのは事実ですから。線路、いえ、レールを延長するのは簡単なのですが、王都まで繋ごうと思うと他の領主の土地を通りますからね」


「そうね、でも結構な人気だったみたいだし、わたくしも絶賛しておいたから、今なら意外とすんなり行きそうな気もするわよ?」


 マリアンヌ様が少し顔をしかめたが、楽観的な見解を述べてくれた。


「分かりました、調整してみます」


「ところでラスティン?」


「はい」


「機関車に王家の紋章が使われていたんだけど?」


「私が”副王”として許可しましたが、拙かったでしょうか?」


「・・・、まあ、良いでしょう。似合っていたからね」


 ふぅ、お叱りは無しの様だ、今後国営鉄道になる事を考えて、提案したのだが少し先走りすぎたかも知れないと心配していたのだ。しかし、黒い機関車に黄色(金色は遠慮しておいたのだ)の百合か、結構渋いな。


「白地に黄色の百合の紋章、所々に青と赤が使われていて、私は好きだわ」


「はぁ?」


「どうかしたかしら?」


「え、いいえ、何でもありません」


「そう、なるべく早く、鉄道をトリスタニアまで延長してちょうだいな。あれがあれば、陛下の移動も楽になるわ」


「そうですね、やってみます」


「頼んだわよ」


 言いたい事だけ言って、マリアンヌ様は陛下の病室へ戻って行った。私の執務室まで来てくれたのは、最後の部分を陛下に聞かせたくなかったからなのだろうな。あの方らしい振る舞いだが、白地に青に赤に黄だって、蒸気機関車だよな? 勝手に黒だと思っていたが、煤とかの影響があるから結構掃除が大変そうだ。配色的には、トリコロールだな、某機動戦士みたいだ・・・?

 しまった、マリアンヌ様のセンスを普通に考えてしまったぞ、これは汽笛の方も実は不評だったのかも知れないな。考えてみれば、車両の色も形も全然聞いていないし、うーむ、今更だろうな。どうでもいいが、色を決めたのもリッテンだろうし、汽笛も彼の好みで決めた筈だ、そうすると、リッテンとマリアンヌ様の趣味が似ている事になるな?


 結局、中々具体的に機関車の外見を知る機会が来なかったが、某画家(ヨルゴさんだ)の絵で見る機会があったのだが、確かに車体色は”あの色”で、形は0系新幹線にパイプを付けた様な見慣れない物だった。確かに先頭部に黄色い百合が描かれているし、あまり私には馴染みが無い物だった。実物を見れば印象が変わるのだろうか?

 ちなみに、この絵を見せてくれたロワイエさんによれば、やはり普通の人には”汽笛”は耳障りな物だったらしいが、それ自体は汽笛の目的に合っているので問題は無いだろう。カラーリングに関しては、リッテンが0系新幹線の白と青を目指したらしいのだが、幾らなんでも汚れが目立つと言う事で、汚れが目立ちやすい所に赤を使う事で妥協したらしい。(一部の人間には好評だし問題は無いと考えよう)


 それにしても、陛下の移動の足としての鉄道か、貴族達への牽制としては使えるかも知れない。御用列車と言う訳だな、リッテンが別の意味で泣いて喜ぶかも知れないが。しかし、この絵の通りなら、陛下が喜んで乗るだろうか?


===


☆コルネリウスの帰還


 いや、帰還という表現は正しいとも正しくないとも言えるだろう。その話を始める前に、別の友人の話をしておかなくてはならないな。


 最近、彼女の名前が出ていないのに気付いているだろうか? 彼女、そう、エルフの少女クリシャルナの話だ。以前は、風石機関の研究の傍ら王都の精霊的な警備をしてくれていたのだが、精霊を使ったスパイが下火になり、風石機関の研究が鉄道関係で中断された為、また”旅”に出かけていたのだ。旅立ちを見送った時には行き先は教えてはくれなかったが、今はそれがゲルマニアだったのは今は分かっている。


 話が繋がって来たのが分かるだろうか? 図らずも、ゲルマニア首府ヴィンドボナで出会った2人は仲良くゲルマニアを後にしてトリステインに”帰って”来たのだ。正確には、クリシャルナがコルネリウスを護衛して来たのだろうが、見た目は父親と娘の様だった。(クリシャルナが例の”変装”していたからだが、相変わらず少女のままだから、そのままでも無理をすれば父娘にも見えなくは無い、耳さえ隠せばな)


「クリシャルナ、お帰り。無事で何よりだけど、無理はしなかったかい?」


「ただいま、ラスティン。やっぱり、私にはこの国の方が合うみたい」


 無理はしなかったとは言えない様だが、無事なら本当に何よりだ。


「コルネリウスも良く来たな」


「俺にはお帰りと言ってくれないのか?」


「じゃあ、お帰り、”アルマント・フォン・リューネブルク ”!」


「そうだな、俺はこれからそう名乗って行くよ」


 意外にも、あっさりそんな事を言い切った友人を少し驚いて見てみたが、不思議と落ち着きの様な物が出てきたと感じた。


「ゲルマニアは良いのか?」


「ああ、俺は今のゲルマニアに必要ないらしいからな」


「どう言う事だ?」


「言葉通りさ」


「君になら、手を差し出してくる貴族は多いだろうに」


「いいや、残念だが。ツェルプストー辺境伯位だな、頼りになりそうなのは」


「反宰相派は多かった筈だろ」


「そうだな、彼らは見事に皇帝派になったよ。今では手を差し伸べてくるのは、小物か、俺を利用する事ばかり考えている奴らばかりさ」


「そうか、”ナポレオン1世の奇跡”の影響か・・・」


 考えられない事態では無かったが、ここまで事態は動いたのか。辺境伯は反宰相かつ反皇帝という変わった貴族な訳だ。ゲルマニア国内での地位を保つのが難しそうだな。ただ、辺境伯でなければラ・ヴァリエール公爵を抑えられないのは歴史的な事実だが、これが今後も続くとは限らない。


「ツェルプストー辺境伯も大変そうだな?」


「辺境伯は以前、自分の所の技師達を大量に”宰相”に奪われてな、それが実は皇帝の入れ知恵だったのが分かったらしくてな」


「そうか、そんな事がな・・・」


 ナポレオン君も”知識”を有効に使っているらしいな、いや、当時は宰相が息子の知識を使って、あれを作ってしまう技術者達を青田買いしたのだろうな。辺境伯があの親子を恨む理由が良く分かった。


「そういえば、本物の”アルマント”はどうなんだ?」


「あれは、今大変な時期だからな・・・。若い新領主の土地だけは広いが弱小貴族に分類されるだろうな」


「アルマント、ゲルマニアで他に何か無かったか?」


「いいや、どういう意味だ?」


「何だか、随分冷静に判断出来ているなと思っただけだよ。印象が変わったと言っても良いかな?」


 言葉遣いだけは相変わらずだけどな。


「何も無かったさ、辺境伯の所で世話になっている時に色々考えたんだ。そしてゲルマニア各地を回ってみて、俺はこの国に必要とされていないと感じてしまった訳だよ」


「お前の祖国だろうに」


「そうだな、だが、誰もが生まれた国で一生を終えないといけない訳じゃないだろ」


「分かった、改めて歓迎するよ。アルマント!」


「ああ、よろしく頼む」


「君も随分大人になったな。ガリア王の言葉が効いたか?」


「ああ、確かに堪えたよ。あれがなかったら、多分俺は、ここに居ないだろうな、大人になったもんだろう?」


「あのね、コルじゃなかったアルマント、貴方、自分が立派な大人だと思っているの?」


 今まで黙ったままだったクリシャルナが、妙な所で口を挟んで来た。


「何かあったのかい、クリシャルナ?」


「ええ、立派な大人のアルマントは、ヴィンドボナで警備兵といざこざを起こして、逮捕されそうになっていたのよ?」


「黙っていてくれって言っただろ!」


 その場面に偶然出くわして、クリシャルナの演技に助けられた訳か、危ない事をするよな?


「何だか、姉弟(きょうだい)の会話みたいだな?」


「こんな手のかかる弟は御免よ。でも、あの辺境伯の所の娘さんとは仲が良かったじゃない?」


「キュルケか? まあ、可愛い妹みたいなものだったな、色々世話をしてくれたし」


「満更でも無かったみたいね」


「もう余計な事は言うなよ! 皆に挨拶してくる!」


 あまり見た事が無い照れた様な表情でこんな事を言い捨てて、アルマントは部屋を出て行ってしまった。


「さて、クリシャルナ。君がゲルマニア首府なんかで何をやっていたか教えてくれるかな?」


「言わないとダメ?」


「ダメだ、普通の人間じゃエルフの君には敵わないだろうけど、あそこには宰相に味方するエルフが・・・」


「分かっちゃったみたいね?」


「クリシャルナ、君がエルフとして行動する事を止める権利は僕には無いけど、友人として君の事を心配するのは仕方が無い事だよね?」


「うん、ありがとう」


「だけどね、もし、君が少しだけでも僕の為にと考えて、ヴィンドボナに赴いたとしたら、そして君に何かあったとしたら、僕はきっと君と友人になった事を後悔すると思うよ?」


「・・・、ごめんなさい。今回の事は、私の独断だったの、レイハムの方からは何も言われていないわ。貴方とは良い友人で居たいから、これは話しておくわ」


「ありがとう、クリシャルナ。レイハムの里は動いていないのかな? 評議会で議題にするとか」


「あら、評議会の話をしたかしら? おじ様から聞いたのね?」


 おじ様は、ローレンツさんの事だったかな、ローレンツさんからの情報ではないが、指摘する必要も無いな。


「仕方ないわね、ちょっと込み入った話になるわよ? レイハムは少し特殊らしいんだけど、評議員の方と、議長の相談役をやっている方が居るの」


「評議員は分かるけど、相談役って?」


「そうね、前々評議会の議長をやっていたのが、レイハムの長でその方が相談役をやっていると言ったら分かるかしら?」


「直接の発言力は他と変わらないけど、評議会の決定にある程度、影響力があるって感じかな?」


「そんな感じかしら」


「そして、君は評議員か、長の血縁者なんだろ?」


 態々、人間の国に送り込んでくる位だから、かなりの信頼を得ていると考えるとそういう結論になる。


「うーん、分かっちゃう?」


「単なる推測だけどね」


「でも、ウチの里は皆が家族みたいな物だから、誰でも良かったのよ? それはそれとして、評議会の現状は人間に対しては様子見なの、レイハムは人間との交流を望んでいるけど、反対派も多いみたいね。その反対派の1つが、ゲルマニアに手を貸しているのよ」


「何だかおかしい話だね、人間との交流を反対しているのに、人間に手を貸すのか?」


「まあ、色々あるのよ、私達にもね。ただ、誰が手を貸しているかが分かれば、決定的な証拠になると思ったんだけどね」


 そのゲルマニアに手を貸しているエルフは、所属する里だか村だか町だかでも特殊な立場と言う訳かな。色々ややこしい話だ、エルフ達も人間と変わらないらしい。人間など滅ぼしてしまえと言う過激派が居ないのが救いだな。


 どうでも良い話だが、”評議員の方”というのはクリシャルナの祖父にあたり、”相談役”の方はクリシャルナも何代前か分からないそうだ。年齢を聞くと、”2,000歳以上なのは確からしいわよ、本人も覚えていないかもね?”という返事が返ってきた。うん、この点は追求しないでおこう。


===


 こう言う訳で、対ゲルマニア政策を見直す必要が出て来たのが、私が王都を離れられなくなった理由だ。間諜達が使えなくなったのが正直痛かった。完全な敵地に送り込み直すとなるとそれなりの訓練と経歴が必要らしく、中々新たな情報を得ることが出来ないのが、的確な対策案を考えられない理由なのだ。

 ただし、状況的に言えば、暫くはゲルマニア内で皇帝派と宰相派の政争が続く筈だから、油断さえしなければトリステインでも対応が可能だろう。ゲルマニア包囲陣を敷きたいと思うのだがロマリアの協力が得られない為、完全な物にならないと言うのが、もどかしい所なのだ。


 ロマリアでは、宗教庁から政治的権力を引き継いだ”ロマリア王家”が新設された、いや、正確には復活しただそうだ。そんな経緯からか、”ロマリア王家”は基本的に外交的には中立を標榜しているので、私達が苦労する訳だ。ジェリーノさんの宗教改革が実質的な最終段階に入った訳だから、素直に喜びを分かち合いたい所なのだが、痛し痒しだな。

 裏の事情を知っているだけに、ガリアのジョゼフ王が言う”ロマリア王は腰抜けだ!”という”正当な”批判も、ただ聞いているだけしか出来ない。最近、ジョゼフ王の愚痴を聞く為に交信をしている様な気分になってくる。紙幣の導入や軍事同盟の締結を提案してもはぐらかすのに、愚痴だけはこぼしていくのだから性質が悪いのだ。

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