第104話 ラスティン22歳(偶然か、必然か?)

「父様、あの、相談なんですが」


 ライルはかなり我慢していたらしく、居間に入って寛ぐと直ぐに、相談を持ちかけて来た。ライルの様な出来た子供でもやっぱり悩みを抱えることがあるのだな。


「話してごらん」


「はい、あのジョゼットの事なんです。僕は、ジョゼットに言われたままに魔法を使って見せました。でも、それがあの子を苦しめる事になるなんて思ってもいませんでした。僕のやった事は、何だったのかな?」


「そうか、その事か。ノリスやテッサに何か言われたのかな?」


「テッサもノリス叔父さんも、何も言いません。でも、2人ともジョゼットを助けようと頑張ってました。僕は結局、何も出来なかったんだ」


 ふむ、苦労人だけの事はあって、ライルは考えすぎる時があるのだな。ジョゼットの事は、いずれレーネンベルク家として直面しなくてなならない問題だったのだから、ライルは切欠になっただけなのにな。


「何を言っているんだ? ライルはちゃんと役に立っているじゃないか」


「え?」


「そうだろう? お前が居なかったら、ジョゼットがどうして魔法が使えないか分からなかったんだよ?」


「でも、それは偶然で」



「そう、偶然だね。でも必然だったとも言えるんじゃないかな?」


「えーっと」


「少し難しかったかな? こう考えてみたらどうだろう。ライルが居ない状態で、テッサとジョゼットが魔法の練習をしていたとして、魔法をかける対象を間違える様な事故が起こったと思うかな?」


「どうなんだろう?」


「そうだな、分からないかもな。ノリスが僕の言った通り片時も目を離さず魔法探知(ディテクト・マジック)を使っていなければ? テッサが早々に諦めて、ジョゼットと魔法の練習をしていなかったら?」


 ライルはまだ納得がいっていないようだな。


「そしてライルが学校が終わった後、ジョゼットと魔法の練習をしていなかったら? どれか1つでも欠けていたらあの偶然は起きなかったんだよ? 逆に言えば、3人がジョゼットの為に頑張ったからこそ起きたんだ」


「それが”ひつぜん”なのかな?」


「そうだね、お前がジョゼットに魔法を見せたのは偶然だけど、お前がジョゼットを手助けした事で何故、ジョゼットが魔法を使えないかの理由が分かったのは必然だよ」


 かなり強引な論理展開だが、こう言う事は論理性では無く気持ちの問題なんだと思う。


「誰にだって失敗はあるさ、だけどね、それをどうやって取り返すかが重要なんじゃないかい?」


「父様も失敗した事あるの?」


「それは色々あるさ、そうだな僕の人生最大の失敗と言ったら、エレオノールと婚約解消した事かな?」


 まあ、それ以外にも色々やってしまった気がするが、これが一番分かりやすいのではないだろうか?


「え! でも、父様と母様は婚約してるんだよね? もう直ぐ結婚だって言ってたよ?」


「まあ、この辺りはエレオノールに聞いてみるんだな」


 私とライルが仲良く話し合っていると、居間の扉がノックされてキアラが入ってきた。まだ遅い時間ではないが、仕事熱心な事だ。


「まあ、ライル君。来ていたのね、いらっしゃい」


「あ、キアラお姉さん、今晩は!」


「例の報告書か、わざわざすまないな。明日までには目を通しておくよ」


「はい、ライル君が居るとは知らなかったので、申し訳ありません」


「いいや、明日も公務を休むんだから仕方ないさ」


「それでは、失礼します。ライル君、お邪魔してごめんなさいね」


「おやすみなさい、キアラお姉さん」


 キアラとライルは結構相性が良いらしいな、いやライルが人を嫌うのは見た事が無いがな。私が書類に目を通し始めると、いつの間にかライルが同じソファーに座っていた。その上、私に寄りかかるようにして、ほとんど眠ってしまっている。こうしていると、ライルも普通の子供だな。


 また、ガリアからの報告だったが、相変わらずの状態だったし、我が国(トリステイン)としても手の出し様が無い状態が続いている。そろそろ何らかの方針を決める必要があるのだろうな。手が空き次第、陛下と枢機卿に話を持ちかけて見ることにしよう。

 どれだけ考え込んでいたか、ライルも完全に寝入ってしまっていたから、抱きかかえてベッドに移動する事にした。折角久しぶりに会えたと言うのに、あまりゆっくり話す事が出来なかったな。


「すまないな、情けない父親役で」


「そんな事ないです」


 すっかり寝入っていると思っていた、ライルに謝ると、意外にも返事が返ってきた。しまったな、まあ良い、こんな時でなければ聞けない事を聞いておこう。


「起こしてしまったかな?」


「・・・」


「ライルに聞いておきたい事があるんだ」


「うん」


 ライルは目を擦りながら、ベッドの端に腰を下ろした。私も同じように腰を下ろすと、こう話を持ちかけた。


「ライル、君は僕の義理の息子である事が、不自由じゃないかい?」


「そんな事無いよ」


「公立学校とか魔法学園で、何か言われたりしていないかい?」


「少しは言われるけど、公立学校は色々な子供が居るから、そんな事が話題になったりしないよ。魔法学園の方は、完全に実力主義っていうのかな? そんな感じだから、生まれや身分を気にする人は少ないんだ」


 ふむ、ライルの表情からも態度からも、暗い陰の様な物は見つからないな。


「そうか、ライルにはどちらもぴったりだったんだな」


「うん」


「じゃあ、もう1つ聞かせてくれるかな? ライルは、父上、君から見ればお爺ちゃんだな。父上の養子になる積りは無いかな?」


「え? どうしてですか?」


 ライルには、私の提案の主旨が分からなかった様だ。まあ、この年齢なら当然だろうな。


「ライルは、僕が今、”副王”をやっているのは、知っているね?」


「はい、大変な仕事なんですよね?」


「そうだな、大変で大事な仕事だ。今日まで、いや、セレナが気を使ってくれなければ、まだ当分こうやって君と話す事も出来なかっただろうな」


「うん・・・」


「それにね、もしかしたら僕自身の身さえ危険かも知れない位だからね」


「え!?」


「驚いたかな? でも副王という偉い立場にいるとね、敵も多いんだよ」


「僕が、父様を守るよ!」


 ライルが、この子らしい真っ直ぐな意見を言ってくれた。まあ、私としては嬉しい事だが、そうばかりは言っていられない事だ。ベルさんの形見となった杖を構える姿は、中々頼もしいのだがな。


「今のライルのメイジの腕では無理だな。それに、ライルには僕の犠牲になって傷ついて欲しくないんだ」


「でも・・・」


「ライルが僕の為に、メイジとしての力を使ってくれるなら勿論嬉しいよ。だけどね、僕の為にライルが犠牲になったりすることは絶対に歓迎出来ない! ライルなら庇われた人間の気持ちは、分かるだろう?」


「あ! うん、そうだね・・・」


「すまないな、お母さんの事を思い出させてしまったかな」


「うん、でも、分かりました。それなら、何時になったら、父様の役に立てのかな?」


 子供らしいせっかちさだな、変なことを言うわけにはいかないが。


「そうだな、一対一の決闘でノリスに勝てたら、一人前と言えるんじゃないかな?」


「ノリス叔父さんにですか? はい、僕頑張るよ!」


「ノリスはあれでも、かなり優秀なメイジだからな、簡単には勝てないよ」


「え? そうなんですか?」


 ノリス、子供に舐められているぞ、もう少ししっかりしてくれよ。


「そうだな、ノリスは努力家だからね。土系統なら互角、水系統なら僕の勝ち、火と風系統ならノリスの勝ちだろうね」


「ほ、本当ですか?」


「僕を守ってくれるなら、僕より強くなくちゃならないだろ、諦めるかな?」


「いいえ、何時か、きっとノリス叔父さんを越えて見せます」


「頑張れよ、ライル!」


「うん!」


「ライルには、ノリスに勝つまで、ライル・ド・レーネンベルクと名乗ってもらうからね」


「はい。分かりました」


 ライルがレーネンベルク姓を名乗っている間は、父の庇護下においてもらうとしよう。今は、この子を私の下においておくのは、危険すぎるからな。ライルと一緒に今度こそベッドに入ると、久々に熟睡出来る気がした。ガリア絡みで悩むことが多かったから、寝不足では無いが、質の良い睡眠をとれているとは言い切れないからな。

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