第84話 ラスティン21歳(急使再び来る:王妃の苦悩)
こんな事を考えていると、クリシャルナが、
「ラスティン、貴方なんだか嬉しそうよ? こんな時に不謹慎じゃないかしら」
と指摘してくれました。僕が嬉しそう? 結構深刻な悩みの事を考えていた積りだったので、驚きです。でも、何だかこんな状況に覚えがありますね。あれは何時の話だったでしょうか?
こんな事をしている間に、竜籠はトリスタニアが見える所まで来ていました。郊外にある通常の竜籠の発着地に着地するかと思いましたが、僕達の乗る竜籠はそのまま王宮の広場に向かいました。その広場は、王宮の兵士等が訓練に使うものらしいのですが、父上の王宮の部屋に意外と近い場所でした。こんな時でなければ、使えない交通手段なのでしょうね。
父上の部屋に入ると、もう明け方に近いのにグレンさんが部屋に詰めていてくれました。僕にとっては心強い味方です。グレンさんには、この母上がクリシャルナの変装であることを告げておくことにしました。グレンさんも、さすがに驚いている様子でしたが、父上も許可している事だと告げると、何処かへ行ってしまいました。僕は、クリシャルナにベッドで少し休む事を勧めました。クリシャルナは素直にベッドへ向かい直ぐに寝入ってしまいました。少し疲れているのかも知れません、これから少し緊張を強いられるので、少しでもゆっくり出来ると良いのですが。
しばらく待っていると、部屋の扉がノックされました。グレンさんが戻って来た感じでは無かったので、扉越しに声をかけると、返って来た声は僕の良く知っている物でした。扉を開けてその人物を、寝室と反対側の執務室に招き入れました。
「エルネスト、やっぱり君も呼ばれて居たんだな。この間は、テティスを遣わしてくれてありがとう」
「それは、いいさ。レーネンベルクから人が来たと聞いたから来てみたんだけど、リリア様は?」
「母上は来ていないんだけど、代理の人物が来ているんだ。今は少し休んでもらっているから、静かにしてくれよ」
「代理だって? そんな人物を、あの侍医長殿が信頼するとは思えないけどね」
「お前らしくないな? 侍医長が気に入らないにしても、もう少し言い方があるんじゃないのかい?」
「カトレアの治療に手を貸さずに、自分の地位を守る為には臆面も無く協力を要請する様な人間だぞ?」
エルネストが侍医Aとか呼びそうな雰囲気に納得がいきましたが、彼がそれで治療に手抜きをするような人間でない事は良く知っています。
「君の言う事は、もっともらしいな。だけど、今は陛下の容態が問題だろ?」
「そうだな、さっきまで僕が治療に当たっていたんだが、あれは拙いぞ。治療の手を抜くと神経が末端から破壊されて行くし、重態化を防ぐのが精一杯だ。テティスの力も効かないし」
「だろうね、あれはエルフ達の毒薬らしいんだ。予め精霊魔法系の干渉は出来ない様に、作られていると思ったほうが自然だろ?」
僕は、事態のあらましをエルネストに聞かせました。
「そうか、君の父上が病気で倒れたと聞いたが、そんな事が。では、その解毒剤は当てになるんだな?」
「それは、僕の両親が保証してくれるよ。だけど、問題が無いわけじゃないんだ」
「問題? 副作用か?」
「いいや、そっちは無さそうなんだけど、治療が遅れると後遺症が残るみたいなんだ」
「君の父上が来れなかったのは、後遺症のせいなのか?」
「いいや、父上は発見が早かったから、手足に痺れが残っている程度だよ。一緒に毒を飲んでしまった方が未だに手足が動かない状態なんだ」
「そうか」
「それと、どうやって解毒剤を陛下に飲ませるかが問題かな? その侍医長殿は、素直に新種の魔法薬といって解毒剤を、陛下に飲ませる事を同意してくれるかな?」
「無理だね、あれは。だけど、そこは協力させてもらうよ。治療方法の相談をしたいとか言えば乗ってくるだろう」
「頼むよ、エルネスト!」
僕達は、戻って来たグレンさんと、熟睡していたクリシャルナを起して、簡単な作戦会議を行った後、呼び出しに応じる形で、陛下の寝室に入る事になりました。寝室には一人の豪華なドレスをまとった女性と、3人のメイジと、数人の召使いが居ました。
この女性がマリアンヌ王妃なのでしょう、そして3人のメイジの誰かが、問題の侍医長殿なのでしょうね。母上の顔を見て、目を逸らした人物がそうなのだと、確信しました。エルネストが打ち合わせ通り、その人物に近付いて行き、耳打ちをして部屋の外に揃って出て行ったので、僕の直感が正しいのが分かりました。さて、ここからですよ、問題は!
「マリアンヌ王妃殿下、病中の父レーネンベルク公爵に代わり、息子のラスティン・ド・レーネンベルクがリリア・ド・レーネンベルクを連れて参りました」
「ああ、リリア殿良く来てくださいました。お久しぶりですね」
「殿下申し訳ありません、実は母は父の看病疲れで風邪を引いて少し喉を痛めております、代理で私の方がお話いたします。風邪の方はほとんど治っておりますので、お気遣い無く」
「そうですか、早速、陛下の容態を見てくださいな」
「母上、お願いします」
僕に促されて、偽母上が陛下に近付き、容態を確認します。確認を終えると、クリシャルナが僕の方を向いて一回だけ頷きました。
「殿下、どうやら陛下のご病気は、父の物と同様の物の様です。母上の魔法薬が、かなり効果があるのが分かっているのですが、陛下に御飲みいただいて構わないでしょうか?」
マリアンヌ王妃が侍医の一人に視線を送りました。どうやら薬を確認させる様です。
「母上、魔法薬をあの方に」
クリシャルナが例の丸薬を、メイジの手に乗せました。メイジが魔法を使って鑑定した様ですが、問題は見つからなかった様です。そのメイジから、マリアンヌ王妃が丸薬を受け取ると、ゆっくりと陛下の身体を起して口移しで丸薬を飲ませました。その場に居る全員が、陛下の様子をじっと見詰めていました。途中でエルネスト達もそれに加わる形になりました。(まあ、侍医長殿は何か言いたそうでしたが)
そして、今まで通り丸薬の効果は、密やかにそれでも確実に現れました。僕達が部屋に入ってからずっと治癒呪文を唱えていたメイジが、不意に顔を上げて、
「王妃殿下、恐れながら陛下の症状の進行が、止まった様でございます」
「本当に?」
「はい」
そのメイジの言葉に、侍医長殿が自ら、何かの呪文を唱え始めました。彼は何も言わず、マリアンヌ王妃に対して頭を下げただけでした。マリアンヌ王妃の表情が幾分明るくなった気がします。これで一安心と言った所でしょうか?
「治癒呪文は、出来るだけ続けて下さい。それでは、失礼します」
僕達は、そのまま陛下の寝室を出て、父上の部屋に向かう事にしました。大体打ち合わせ通りに行った様で一安心です。父上の部屋で、僕達が今後の方針を話し合っていると、思わぬ客人を迎える事になりました。客人と言うより、王宮の主と言うべき人物でしたが。
「王妃殿下、王宮内部とは言え、護衛も付けずにこの様な所まで来られては」
グレンさんが、控えめに苦言を述べましたが、マリアンヌ王妃には通用しませんでした。この方も子供の頃はお転婆だったはずなので、何を言っても無駄なんでしょうね。侍女は付いて来ていますが、近衛の姿は見受けられません。多分、撒いて来たんでしょうね。
「国王が王宮内で暗殺されそうになる状態では、護衛も気休めでしょう。先程は、面倒な芝居に付き合せて済みませんでしたね、ラスティン・ド・レーネンベルク、そしてクリシャルナさん」
「いいえ、王家と言えばそれなりに不自由な事もあると存じます」
「まあ、ライデンの英雄殿は随分と理解があるのですね?」
「王妃殿下まで、その様な噂話をお聞きになっているのですか?」
「マリアンヌと呼ぶ事を許しましょう、夫の命の恩人に敬称で呼ばれるのは嫌です。レーネンベルクの誉れそして、ブルーデスの勇者の噂は、国中に広まっていると思いますよ。貴族達は貴方がわざと噂を流しているのだと断言していましたが、その様子では違うようですね」
マリアンヌ様は僕が顔をしかめたのを見て、笑うように言いましたが、実は不本意な名前で呼ばれた以外に僕が顔をしかめた理由がありました。他の2つはともかく、”ブルーデスの勇者”だけはおかしいのです。ブルーデスはゲルマニア領地でしたし、ここまで速く噂が広まるとは思えないのです。そう、誰かの作為が加わらない限り、そして僕にはその誰かの心当たりがありました。
「キアラの奴、本当にそつが無いな」
思わず口の中で愚痴ると、マリアンヌ様が、
「本当に嫌そうにするのね? 貴方位の年頃ならまだ英雄に憧れていてもおかしくないのに」
と少しだけ笑ってくれました。まあ今更この事でキアラを叱るわけにも行きませんし、マリアンヌ様が笑ってくれただけでも良しとしましょう。それより、今は大事な事があります。
「マリアンヌ様、暗殺未遂の実行犯の方は?」
僕の言葉に、少しだけ和んだその場に再び、緊張が走りました。
「それは、調査を命じたばかりだから・・・。でも、毒見役達が」
「そうですか、さぞ無念だった事でしょう。彼らに、始祖ブリミルの祝福があらんことを」
僕は、ここで冥福を祈る意味と、自分を落ち着けるために1度言葉を切りました。そして、僕が改めて口を開いてその事実を告げると、マリアンヌ様は、
「そんな! あの人の身体は元に戻らないというの?」
と言ったきり、絶句してしまいました。縋るように、クリシャルナとエルネストに視線を向けますが、2人とも返す言葉が無いようでした。(正確には、エルネストは何か言いたそうでしたが、結局口にしませんでした)
「あの人は、私の夫になって不幸ばっかり背負っているわね・・・」
マリアンヌ様がぽつりと呟きました。
「ごめんなさい、夫の命の恩人に愚痴なんて聞かせてしまって。クリシャルナさん、良かったら本当の姿を見せてもらえないかしら?」
クリシャルナが僕の意見を求めるように、見詰めて来たので、1度だけ頷いて見せます。クリシャルナが変装を解くと、そこには見慣れたエルフの少女が立っていました。
「そう、エルフだったのね。良くこんな所まで来てくれたわね。貴方達の勇気には頭が下がるわ。でも、ラスティン、貴方にはエレオノールという婚約者が居るのに、こんな可愛いエルフの女の子にまで手を出してはダメですよ」
「ぶっ! マ、マリアンヌ様!」
「ごめんなさいね、嫌な事を言った貴方への仕返しよ」
一瞬とは言え動揺してしまうとは、僕も若いですね。何か軽い冗談でも言い返そうと思いましたが、マリアンヌ様の瞳を見ると、とても言い返せませんでした。変わりに僕は、真面目な話をする事にしました。
「マリアンヌ様、もう嫌な事を言ってしまったので、後、2つ嫌な事を言わせていただきます。今、ゲルマニアとの交渉を行っているのはどなたですか?」
「・・・、陛下がその任をマザリーニ枢機卿に命じました」
「そうですか、では今、マザリーニ枢機卿は大変な状態にあるはずです。何らかの方針を示して差し上げるべきだと思います。私からのお願いですが、枢機卿に”レーネンベルク山脈”とお伝え下さい。あの方ならそれで上手く取り計らってくれるでしょう」
「”レーネンベルク山脈”?」
「もう1つですが、これは私と言うよりこの場に両親が居たら、マリアンヌ様に忠告すると思うことです。過去を振り返って失敗から学ぶことは大事ですが、後悔は意味を持ちません。陛下は命を取り留めたのですから、これからの未来の事を考えて下さい」
「・・・」
「王妃殿下、そろそろ陛下の所にお戻りになった方が、宜しいのでは?」
グレンさんの言葉に、マリアンヌ様は頷くと部屋を出て行きました。一応付いて来ていた侍女達が慌てて後を追いました。
「ラスティン、王妃様って結構偉いんでしょう? 良くあんな事を言えるわね?」
さっきのマリアンヌ様の冗談を気にしていない風に、クリシャルナが呆れた感じで話しかけて来ます。
「まあそうだけど、僕にとって大叔母に当たる方でもあるからね」
「そうなの? 貴方、偉い人だったのね?」
「そう見えないよね?」
「ええ!」
クリシャルナが力強く頷いてくれました。まあ、いいんですけどね。問題は全然発言しなかった、エルネストの方ですが、奴は何かを考えた風で何も告げずに部屋を出て行ってしまいました。クリシャルナとグレンさんが呆れ気味に、エルネストが出て行ったドアを眺めていました。また変なことを思いつかないと良いのですが。
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