第83話 ラスティン21歳(急使再び来る)
まだ残っている課題は、
1.旧モーランド侯爵領の統治
2.父上の容態の確認と見舞い
3.クリシャルナへのお礼
5.ブルーデス伯の身柄移送
6.フィリップ4世陛下への報告
7.ライルの進路決定
と言ったところになるでしょうね。
そして今日は、気分がすっきりした状態で、2,3,7をこなす為に、自宅に帰って来ました。魔法学園と公立学校に寄っていたので、到着は夜近くになってしまいました。まあ、例の噂がここまで来ているのか、マリロットの住人達の相手が大変だった事もあります。
ちなみにライルは、魔法学園と公立学校に同時に在籍する事になりました。魔法学園の学長クロードさんも、公立学校の理事長のローレンツさんもあまり良い顔をしませんでしたが、ライルが母親のベルから読み書きや簡単な計算を習っていた事もあって、魔法学園に重心を置くことで同意を得る事が出来ました。
ライル自身は、希望が通った事を素直に喜んでいましたが、僕としても忠告しておかなくてはならない事が出来てしまいました。
「ライル、お前は僕の息子と言う事で、魔法学園でも公立学校でも微妙な立場に立たされる事になると思うんだ。魔法学園と公立学校両方に通う様な子供もいなかったから、お前の事を変わった子供だと見る人も居ると思う。それでも、両方に通いたいのかい?」
「あの父様、僕はライデンの町で父親が居ないというので、同じ年頃の子達から変な目で見られて来ました。でも、母さんがいつも、父さんに誇れる様な人間になれと言ってくれたので、耐える事が出来ました」
「そうか、ベルがそんな事を。うん、ライルならきっと大丈夫だ! ライル自身が決めたことだから、僕は手を貸さないけど、もし万が一何か辛い事があったら、思い詰めないで僕に話してくれるかな?」
「ううん、僕は何があっても我慢して見せるよ。母さんと父様の為に!」
「そうか、ライルは立派だな。でもね、人間には我慢の限界と言うのがあるんだよ、お前もどうしても我慢出来ない時があったんじゃないかな?」
「・・・、はい。でもそういう時は、母さんが、一緒のベッドで寝て一晩中頭を撫でてくれました」
「そうか、じゃあ、どうしても我慢出来ないと思った時は、僕が一緒のベッドで寝てあげるよ。別に、普通に一緒のベッドで寝ても構わないからね」
「はい!」
嬉し恥ずかしのライルを、ここでも僕は屋敷の人達に紹介する事になりました。予め手紙を書いておいた、両親は義理とは言え孫が出来たのに喜んでくれている様子でした。使用人の皆さんは、詳しい事情を知らないはずですが、ライルに暖かい視線を向けてくれるので安心出来ます。
「始めまして、ライル。私はスティン兄の妹のジョゼット、よろしくね」
「うん、こちらこそ」
「そして、この子が私のお友達のテッサ」
「テッサです。よろしくお願いします」
子供達が、こんな感じで行儀良く挨拶をしていました。基本的に、ジョゼットに近付く男性を警戒するテッサもライルには抵抗が無い様です。(一番テッサが嫌っているのは、弟のノリスだというのが皮肉です)
「ライルはスティン兄の養子になったって言う事は、私がライルの伯母さん?」
「そうだね、僕がジョゼットの甥って何か変だよね」
危ないですね、ライルがジョゼット伯母さん何て話しかけなくて良かったです。ジョゼットは気にしていない様ですが、女性はこの辺りに敏感ですから、ちゃんと教育しておかなくてはなりません。子供達は意気投合して、夕食後何処かに遊びに行ってしまいました。大した問題が無くてほっとした所で、夕食に居たもう一人の人物が、話しかけて来ました。
「ねえ、ラスティン?」
「どうした、クリシャルナ? ああ、君にはきちんとお礼を言っておかなくちゃいけなかったね。父上を助けてくれてありがとう!」
「それはいいわよ。屋敷中の人に何回も言われたから、それより”ようし”ってなに?」
らしくないと思っていたのですが、クリシャルナが食事の間中無口だったのは、これが原因だった様です。エルフ達には養子という習慣がないのでしょうか? 自分の素性はともかくテッサは立派な養女なので、ジョゼットも知っている事を、クリシャルナが知らないのも不思議です。
「君達は、何らかの理由で両親が居なくなってしまった子供をどうやって育てるんだい?」
「え? それは里全体で育てるわよ? 私達は皆家族の様な物だから。他の里は知らないけど、レイハムではそうよ」
「そうか、それはある意味理想的な社会だね」
「褒めてくれるの、ありがとう。それで?」
「ああ、僕達は孤児、そう両親を失った子供をそう呼ぶんだけど、孤児を引き取って自分の子供と同様に育てる習慣があるんだ。まあ。孤児じゃなくても養子になる場合もあるんだけどね」
「それは、どんな場合なの?」
「テッサがそうなんだけど、母親が再婚して、連れていた前の夫の子供を新しい夫が、自分の子供にするとか言う場合のあるんだ。それに、職人なんかは見込みがある弟子なんかを養子にしたりする場合もあるんだよ」
「へぇ?、面白い習慣ね」
「そうかな? でも忠告しておくと、誰かが養子だということを知っても、あまり他の人には話さない方がいいよ」
それから、しばらくは人間社会の機微というのをクリシャルナに教える事になりました。クリシャルナは真剣に聞いていましたが、何処まで伝わるか不安ですね。クリシャルナの質問攻めの後、彼女と一緒に、夕食に来ることが出来なかった客人を見舞う事になりました。
図らずも暗殺者の役目をする事になったベッケル子爵です。僕自身はこの方と面識が無かったのでクリシャルナに仲介を頼んだ訳です。お見舞いの言葉を言うと、子爵は不自由な手足を酷使して、僕にも謝ってくれました。
僕としては、子爵が利用されただけというのは分かっているので、僕の方が謝りたい気分でした。発見が遅くなった為か、真っ先に見舞った父上と違って、子爵の身体には障がいが残ってしまうと母上が教えてくれました。何だか嫌な気分になってしまい、子爵の病室を出て自室に戻ろうかと思った時、屋敷のドアが激しく叩かれました。
執事のラザールが応対した様ですが、慌しく屋敷内を移動していく足音がここからでも聞こえます。隣にいるクリシャルナが、聞き耳を立てています。
「公爵の執務室に向かったみたいよ?」
「僕は行ってみるよ」
「私も行くわ」
僕とクリシャルナは急いで執務室に向かいました。部屋の前に来ると、大き目のノックをして、返事を待たず中に入りました。執務室の中の雰囲気で何か凶事が起こった事を察する事が出来ました。使者らしき人物が、僕達を見て驚いた様子でしたが、父上が頷くのを確認すると話を続けました。
「陛下の異常が判明したのが、今朝になってからでした。侍医の方々が懸命に治療に当たっていますが、予断を許さない状態です。大臣のお一人から、リリア様のお力をお借り出来ないかと、グレン様に依頼があり、私がこんな時間にお騒がせする事になったのでございます」
途中からでしたが、話の内容は大体把握出来ました。クリシャルナを連れて来たのは失敗だったかも知れません。この大事な時期に、フィリップ4世陛下が倒れるなんて最悪の展開です。逆にゲルマニアにとっては、とまで考えてその可能性に気付いてしまいました。思わずクリシャルナの方に顔を向けてしまいましたが、彼女にはそれだけで分かってしまった様です。
「ラスティン、まさかこれも?」
クリシャルナの声に、その場に居た、父上と母上の視線が集まります。
「言われてみれば、あり得ない事ではないな」
「使者殿、グレンは毒殺の可能性を指摘してはいなかったかしら?」
「恐れながら、その通りでございます。リリア様に同行いただけない場合は、告げる様に指示を受けております」
「やはりな、使者の方、少し相談をするので、居間でお持ちいただけますかな?」
「はっ!」
僕は、使者の方に聞いてみました。
「竜籠で来られたのでしょうか? 母上は乗れるとして、後何人乗れますか?」
「はい、無理をさせていますので、後2人が限界かと」
答えた使者の方は、疲れた様子も見せず案内されて居間へと向かいました。僕達は、話を再開しました。
「ゲルマニアの手が、まさか王宮まで伸びているとはな」
「父上、今は人命が優先でしょう?」
「そうだったな、すまないがクリシャルナ殿、三度、我々に力を貸してくれるか?」
「はい、公爵様。これはエルフの問題ですから」
「そうか助かる」
「私とクリシャルナ殿で王宮に向かうとするか」
「あなた、ダメです! まだ体調が戻ったとは言い切れないのですよ!」
母上の意外と厳しい声が、父上を窘(たしな)めます。そうなると僕が行くしかないですね、母上としても今、父上の所を離れるのは嫌がりそうですし。母上を連れて行かないのは、言い訳しにくい話になりそうな気もするのですが、そうだ!
「クリシャルナ、母上に変装出来るかい?」
「なるほどね、少し待って」
クリシャルナはそう言って、部屋を出て行きました。問いたげな父上と母上の視線を受けて、少し待ちましたが、クリシャルナは直ぐに戻って来ました。手には、以前ちらりと見た、小さな金属の板が握られていました。クリシャルナが母上を見た後、それを額に当てると、そこにはもう一人の母上が存在していました。両親から感嘆の声が上がりましたが、それに答えている時間が惜しいです。
「それでは父上、行って参ります」
「おば様、姿を少しお借りしますね」
「ラスティン、任せたぞ。多少の無茶は私が何とかするからな」
「クリシャルナ、お淑やかにね」
何だか、変な返事が混ざっていましたが、気にせず居間に向かい、休憩中の使者と合流して竜籠で一気に王都トリスタニアまで向かう事になりました。竜籠に乗るのが始めてのクリシャルナは、緊張気味でした。
「君は、アイラールで来ると言い出すかと思ったよ」
「ラスティン、母親に向かって、その口の利き方はなんですか!」
おっといけませんね、クリシャルナの姿が見えない為かいつも通りに話しかけてしまいました。声の方は騙せませんが、風の音が凄いのでそれほど気にしなくて良い様です。クリシャルナに演技の事を指摘される日が来るなんて、思いませんでしたね。
「すみません、母上」
「何処でも、あの子を飛ばすような事はしませんよ、目立ち過ぎてしまいますからね」
「もしかして、何か嫌な事がありましたか?」
「この国の貴族と来たら」
「母上もその貴族なのですが?」
「そうね、この国の大部分の貴族と来たら」
全然フォローになっていない気がします。うん、クリシャルナはあまり変わっていませんね、ある意味安心しました。愚痴った事で、偽母上の緊張もほぐれた様です。僕はこの時間を使って、少し考え事をする事にしました。
今回の国王暗殺未遂事件も、間違いなくゲルマニア宰相マテウス・フォン・クルークの差し金でしょう。方法は分かりませんが、タイミングがゲルマニアに都合が良過ぎますからね。国王暗殺という事は、綿密な計算の上で実行されたのだと思いますから、随分前から準備を進めていたのでしょう。
どちらかと言うと、謀略を好んで使うタイプの様です。戦略家としても、恐るべき人物だと思われます。ただ、戦術という面では、怖さを感じません。実際の戦争という物を目にした上での感想なので、間違っているとは思いません。
逆に戦術という面では、ナポレオン1世君の方が気になる存在です。あのゴーレムを全面に押し出した戦法(力技とも言いますが)も次回は何らかの対応策を練って来る事が考えられます。正直、この2人が手を組んでいる状態は、怖いと感じます。何とか謀略で、2人の仲を裂けないものかと考えましたが、僕にそれが出来るかという点で疑問があります。
僕自身が謀略に向いているとは思いませんし、部下の中にこの手の話が得意な人材もいません。仮に居たとしても、その人物を使いこなせる自信も全くありません。キアラという部下の手綱も持て余し気味な状態で、そんな部下と付き合っていられないというのが実感です。
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