第72話 ラスティン21歳(ゲルマニア軍来る:初陣)


 僕たちはそのまま進軍を続け、夕方と言うには少し早い時間に、ライデンの町の近くまで達する事が出来ました。順調な進軍ペースでしたが、それはゲルマニア軍との衝突が早まった事も意味しています。ゲルマニア軍は、ライデンの町から出て、平地に陣を張っているようです。陣の前方には、柵が設置されているのがここからでも、確認出来ます。


「敵兵は、1万5千といった所だな。ラスティンの無茶も、かなり効果があったみたいだな」


 僕は、敵陣から400?500メイル離れた位置で兵団を停止させ、予定通り4人1組の構成で、横一文字の陣形を取らせました。正直言って、これが正しい陣形だとは思えませんが、ゲルマニアが銃主体の攻撃をしてくる前提で、メイジの特性を生かすには他に良いアイデアが浮かばなかったので仕方がありません。アンセルムも反対意見は言わなかったので、とりあえず致命的なミスは無いと信じたいです。


「作戦開始する! 火メイジ、第一波撃て!」


 アンセルムの大声と共に、風メイジが敵陣に向かって風を起し、次いで火メイジが炎の矢(フレイムアロー)を放ちます。同時に土メイジが、ジュラルミンの盾を構えて、防御系の魔法を唱えます。こちらの攻撃に合わせる様に、ゲルマニア軍の陣地から、銃による攻撃が始まりました。

 ゲルマニアの攻撃は、距離が離れているせいか、効果的な攻撃にはなりませんでした。銃による攻撃は、盾や防御呪文に阻まれて、こちらに被害はほとんど出ませんでした。ただし、銃の攻撃は、ほとんど絶え間なく続きました。


「おかしいな? ゲルマニアの銃がこんなに速射出来るとは思えないんだけど」


「そうだな、何か手を打っているんだろうな。まあ、こちらに被害らしい被害は出ていないから、作戦は続行だな」


 アンセルムは気にしていない様ですが、僕は気になったのでこっそりキュベレーに念話を送って調査を依頼しておきます。敵陣の状況を確認すると、こちらの攻撃の効果は少しずつですが、現れている様です。風で飛距離を伸ばした炎の矢(フレイムアロー)は、かなり広範囲に影響を出している様子で、ゲルマニア陣では、かなり混乱が起こっているのが見て取れます。そして重要なのが、所々で時々起こる爆発です。

 爆発自体は大規模ではありませんが、その爆発が銃やそれを撃ってくる兵士に起こる事で、少しずつですが、銃弾の雨が散漫になって来ていると思います。そして、ゲルマニア陣で突然、今までと比べ物にならない大規模な爆発が起こりました。


「良し、予定通り火薬の集積場所に引火した様だな。ラスティン、次に移るか?」


「いや、もう一箇所位引火しないと、ダメじゃないかな?」


「分かった」


と言ってる間に、もう一回大規模な爆発が起きました。それを確認して、アンセルムが、また大声で、


「水メイジ、第二波、始め!」


と号令をかけます。風メイジと火メイジによる攻撃が中止されて、今度は水メイジの攻撃が開始されます。と言っても派手な攻撃呪文などではなく、召雨(コールレイン)という、雨を降らせるだけの呪文が唱えられるだけです。しかし、火薬に対する効果は絶大でした。炎の矢の攻撃で、火薬を身近に置くのを躊躇った銃兵が、火薬入れを濡らしてしまったり、火薬の集積所から火薬を移動しようとして、雨に濡れる等が起こったのだと思います。

 弾丸の雨は徐々に間隔が開いて行き、終には銃撃そのものが、止んでしまいました。ここまでは予定通りですね、さて次はどちらの手を使いましょうか? 案としては、


1.このままの距離で、風メイジによる雷系の攻撃を仕掛けて、敵を遠距離から徐々にゲルマニア兵を戦闘不能に追い込む

2.少し接近して、ラインスペルの致死率の高い呪文を叩き込み、確実にゲルマニア兵を殲滅する


の二択です。現在でも大砲が使われない所をみると、何らかの障害で大砲は使えないと見るべきでしょう。横一文字の陣形に対して、命中させるのはかなり難しいと思いますが。僕は損害を減らす事を考えて、風メイジによる、雷撃(サンダー)による遠距離攻撃を選択しました。


「アンセルム、雷撃(サンダー)で敵の戦力を削るぞ」


「第三波、風メイジ、雷撃(サンダー)準備!」


 アンセルムの号令で、風メイジ達が呪文を唱え始めましたが、この時ゲルマニア軍に動きがありました。ズタズタになった銃兵の隊列の隙間から、騎兵が飛び出して来たのです。その勢いに乗るようにして、歩兵部隊も前進を開始しまいした。銃声が止んだため、騎兵が使える様になってしまった訳です。騎兵がどんどん接近してきます。兵団は接近戦に弱いという致命的な弱点があるので、この状況はかなり不味いかもしれません。

 この時、アンセルムが今まで以上の大声で、


「みんな、落ち着け。先ずは騎兵を片付けるぞ、火メイジは、炎の槍(フレイムランス)詠唱開始」


 ここで、火のラインスペルは不味いと思いました。ラインスペルは、今までのドットスペルより詠唱時間がかかってしまうからです。ですが、ここはアンセルムに任せるべきでしょう。


「土メイジ、大地の鉾(アースグレイブ)詠唱開始! 風メイジ、敵騎兵先頭に向け、撃て!」


 号令と共に放たれた、サンダーが接近している敵騎兵に命中し、馬が倒れ兵士が投げ出されます。後続の騎兵がそれに巻き込まれて、かなりの騎兵が転倒しました。濡れていたのが、サンダーの効果を倍増させてくれた様です。


「水メイジ、氷の槍(アイシクルランス)詠唱開始! 火メイジ、炎の槍(フレイムランス)を敵歩兵の先陣に向かって、撃て!」


 アンセルムは騎兵の混乱を確認して、目標を接近中の歩兵に変えた様です。かなり接近していた歩兵達に炎の槍(フレイムランス)が命中し、数百人の歩兵が一斉に燃え上がりました。さすがはラインスペルです、濡れていたはずの敵歩兵が、火柱を上げています。(ここからでは分かりませんが、あの周りでは、熱と臭いが凄い事になっているのでしょう)


「次、風メイジ、風の大刀(ウインドブレイド)詠唱開始。土メイジ、大地の鉾(アースグレイブ)を混乱中の敵騎兵に撃て!」


 ここまで来て、僕にもアンセルムが何をやっているか理解できました。彼は、同系統のメイジを1グループにして、風-火-土-水-風の順番で時間差をつけて呪文を詠唱させて、唱え終わった順に目標を指示して発動させているのです。ラインスペルの詠唱時間の長さと、属性の相克を上手くカバーした上手い兵団の運用方法だと思います。ですが、この方法は何処かで、見たことがある気がします。


「火メイジ、もう一度、炎の槍(フレイムランス)を準備! 水メイジ、右翼から迂回してくる敵騎兵に向けて、撃て!」


 レーネンベルク魔法兵団の団長マティアスが、アンセルムの事をメイジの扱いが上手くないと評していましたが、そんな事は全く感じられません。いえ、それは違うのでしょうね、アンセルムには似合わない気がしますが、兵団の警備隊と仕事をしている間に努力して、この呼吸を会得したのでしょう。僕も、そんな姿勢を見習いたいと思います。おっと、こんな事を考えている場合ではありませんでした。


「土メイジ、大地の鉾(アースグレイブ)を準備! 風メイジ、風の大刀(ウインドブレイド)を敵歩兵に叩き込め!」


 ですが、既に大勢は決まっているようです。突出してきた騎馬兵は、ほぼ壊滅していますし、勢いに乗って前進を始めた歩兵は既に後退を始めています。指揮官と思しき兵士が盛んに大声をあげていますが、歩兵達は後退を止めようとはしない様です。練度から見て、銃兵と騎馬兵が、ゲルマニアの正規兵で、歩兵は強制的に徴兵された平民だったと思われます。


 後退を始めてしまった歩兵に押し返される感じで、ゲルマニア軍全体が撤退を開始しました。結局、ラインスペルの斉射が4回程で、敵の進軍を押し返してしまった形です。魔法の威力と、アンセルムの的確な指揮が、噛み合った結果ですが、堂々たる戦果だと思います。


「ラスティン様、負傷者の治療と、敵の偵察の指示をお願いします」


「あ、ああ、よろしく頼む」


 アンセルムが、敬語で急に話しかけて来たので、反応が遅れてしまいました。神妙な顔をしている所を見ると、どうやら僕に気を使ってくれている様です。普通の軍隊ならば、指揮官を無視して参謀が直接指示を出すなんて無いことだと思うので、この辺りをフォローする積もりなのかも知れません。


 一通りの指示を終えて戻って来たアンセルムに、僕はなるべく軽い感じで、


「アンセルム、助かったよ」


と労いの言葉をかけます。アンセルムは少し照れた様子をした後、少し真面目な顔をして、


「ラスティン、勝手な事をして済まないな」


と謝ってきました。


「いや、問題ないさ。それにしても、兵団員の指揮が上手いな?」


「まあ、これが取り柄だしな。しかし、キアラも言っていたが、錬金隊のメイジは魔力が高いみたいだな?」


「そうなのかな? 魔法を毎日の様に使っているせいかな?」


「それは、分からないが。一般の傭兵をやっているメイジと比べれば、兵団の警備隊のメイジも魔力が高いと感じたが、錬金隊はその上を行く感じだ」


「でも、魔力が高いだけじゃ、役に立たないんじゃないのか?」


「そうだな、兵団員には警備隊での経験を積ませる様にしてるんだろ、さっきの騎兵の突撃の時も落ち着いて対応できたのはその成果だろ」


「アンセルム、ありがとう。それにしても、さっきの指揮方法はどうやって思いついたんだい?」


「ああ、亜人相手だと、ドットスペルだと威力不足だったからな、必要に迫られてといった所かな? そういえば、敵さんもなかなか面白い戦法をとってきたな。あそこまで銃撃が連続して続くとは思わなかったぜ」


 これを聞いて、ふと思いついた事があります。先程、こっそり敵軍の追跡を頼んでおいたキュベレーに念話を送ります。先程の戦闘中には、何も変わったことが無かったという報告だったのですが、図らずも精霊と交流が深い僕は、額面通りに受け取る事の危険性を思い出しました。


『キュベレー、聞こえるかい?』


『はい、聞こえますよ』


『少し前に頼んだ、敵軍の様子の事なんだけど、本当に変わったことは無かったかい?』


『うーん、多分』


ほら、段々と不安になって来ました。


『敵軍の兵士が、3人1組で鉄の筒を持って何かやっていなかったかな?』


『あ! そういえば、3人交代で何か構えてました。もしかして?』


『いいや、きっちり指示をしなかった僕の方が悪かった、今は敵軍の様子を監視を続けてくれ』


『はーい』


 僕が小さい頃から一緒のニルヴァーナと違って、キュベレーは少し(かなり?)人間の機微と言うものに疎いです。木の精霊としての自我に目覚めていたニルヴァーナと、大地の精霊としての自我に目覚めて時間の経っていないキュベレーを同じに扱うのは、少しかわいそうかも知れません。この点は追々改善していくことにしましょう。


 今、大事なのは、”三段撃ち”が実行されたという点でしょう、どうやらナポレオン君は世界史は苦手だった様ですが、日本史は少しは詳しい様です。史実として疑われている”三段撃ち”を実行させてしまう点はまあまあの評価という所でしょうが、”三段撃ち”を本当に実行出来る程の練度をゲルマニアの正規兵が持っているのは、あまり嬉しくない事態です。


 メイジの唱える呪文と違って、銃を撃って目標に当てるにはかなりの技量が必要のはずですから、それを養成する時間と費用が必要で、それをゲルマニアという国が成し遂げたということを意味する事になります。まあ、”三段撃ち”と”時間差詠唱”の勝負は、”時間差詠唱”の圧勝だったと言えるかも知れません。

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