第67話 ラスティン20歳(あの人の息子来る)


 そして、更に翌日、ルイズをラ・ヴァリエール公爵家まで送って行く事にしました。僕としては、今回は僕自身が出向く必要性をキアラに説明しきれなかったので、嫌味の1つも出るかと思いました。ですが、キアラが意外とあっさり、今回の外出を了承してくれたのには驚きました。

 ルイズがいるので、馬での移動は諦め、馬車で移動する事になりました。朝にワーンベルを出て、夕方近くに、エルネストの診療所に寄り、日が暮れる前にラ・ヴァリエール公爵家に到着する予定です。兵団の施設隊のおかげで、凡そですが移動の時間が見積もれる様になっているのはありがたいことなんだと思います。


 夕方と言うには少し早い時間に、エルネストの診療所に着く事が出来ました。ここを訪問した目的は、ルイズの成長の報告と、今後の方針をエルネストと相談する為でした。


「そんな事があったんだな、スティンお手柄じゃないか。きっと公爵も喜ぶよ」


「あんなに苦労したのに、労いの言葉はそれだけなのか? お前だって、ルイズの義兄になるんだぞ」


「何を怒ってるんだ? 僕だって出来る事はしたよ、君だって納得してくれたんだと思っていたけど、違うのかい?」


「それはそうだけど、もっと感情を込めて欲しいんだけど。まあいいさ、それよりルイズを今後どうするかなんだけど」


「そうだな、ルイズがコモンマジックを使えるようになったことは、大きいと思うけど。あれを知るには、まだ早いんだろうな」


「そうだな、あれには条件が厳しそうだしね。レーネンベルクとラ・ヴァリエール家が要求すれば、陛下も”始祖の秘宝”を貸し出してくださるだろうが、確かにまだ早いよな」


「スティンの事だから、公爵にどう説明するかは、考えて来たんだろ?」


「まあね」


「じゃあ、そちらは任せる事にするよ」


「おい!」


「スティンには、手伝って欲しい事があるんだ」


「今すぐは無理だよ、ルイズを実家に帰さなくちゃいけないし」


「そうか、じゃあ、帰りにでも寄ってくれ。その積りで準備しておくから」


 今度はルイズの時と打って変わって、何やら熱心に話を進めて行きます。”この医術マニアめ!”とか思いましたが、ここは逆らわない方が良いのでしょう。


 僕は、診療所を後にして、再び馬車に乗り込み、ラ・ヴァリエール公爵家を目指しました。それにしても、先程のエルネストの態度は何なのでしょう。表現出来ない違和感を感じながら、僕たちは何とか明るいうちにラ・ヴァリエール公爵家の屋敷に到着する事が出来ました。


 ルイズを家の者に託すと、僕はいつもの客室に案内されました。客室に落ち着いて、


「今頃、ルイズが両親に魔法を披露しているんだろうな」


等と、独り言を呟きました。しばらく、あのエルネストの反応について考えていると、部屋のドアがノックされました。入ってきたのは、予想通りラ・ヴァリエール公爵夫妻でした。


「ルイズのことだが、本当にありがとう! ラスティン、君には世話になってばかりだな」


 公爵は、威厳を保とうとしている様ですが、その表情は少し崩れそうになっています。婦人の方も、いつもより柔らかい感じを受けます。


「いいえ、カトレアの時も言ったと思いますが、ルイズは僕にとって義妹なんですから」


「1つ聞きたいんだが、ルイズが”岩を割ったのが凄かった”と言ったのだ。あの子の言う事が、良く分からなかったんだが、君から説明してくれるか?」


 こちらから話をふる予定だったのですが、公爵の方から切り出して来てくれました。僕は、鞄の中から例の岩の破片を取り出します。見かけはただの石なんですけどね。


「これが、ルイズが砕いてくれた岩盤の破片です。見ていて下さい」


 僕は室内と言う事もあり、簡単な風系統魔法を、その石にかけます。結果は、呪文の効果が発動しないという地味な物でした。ですが、この夫婦程になると、これで何が起こったか理解できてしまった様です。


「ラスティン! これは何の石なんだ?」


「分かりません、最近鉱山の方で掘り出される様になった物なんですが」


という話をしている最中に、公爵夫人が、石を持って部屋から出て行ってしまいました。石の正体についての推測を話していると、急に窓が激しく振動しました。かなり驚きましたが、屋敷内で騒ぎになるような様子はありません。目の前の公爵も落ち着いた様子です。

 不気味に思いながらも、説明を続けていると、石を持って夫人が戻ってきました。夫人も先ほどの揺れ?には驚いた様子はありませんでした。ここでは珍しいことではないのでしょうか?


「そういう訳で、ルイズの魔法は何か特別な物なんじゃないかと思うんです」


「特別か、随分抽象的な言い方だね」


「あなた、ラスティン殿はルイズの為にここまでやってくれたのです。ここからは私達が、あの子の為に考えて行動すべきじゃないかしら?」


 あ、公爵の動きが止まりました。


「ラスティン殿、それでは、ごゆっくりおやすみ下さい。よかったら、この石をいただけないかしら?」


「はい、どうぞ」


 公爵夫妻は、そのまま部屋から出て行きました。ふぅ、何とか説明に成功した様です。ルイズの力についても印象付ける事が出来たでしょうし、当面は問題無いでしょう。僕は肩の荷がおりた様な気分で、ゆっくり眠る事が出来ました。


===


 翌朝、ルイズと公爵夫妻に見送られて、屋敷を後にすると、エルネストの診療所に向かいました。そこで、エルネストから受けた依頼は、すこし奇妙な物でした。

 いきなり、清潔そうな服に着替えさせられ、何か水系統の魔法をかけられました。極めつけは、目の前に肉の断片らしきものと、肋骨と思われる骨を出されて、これでこの人の右手を作ってくれと言われたのです。この人と言っても、カーテンの下から左手だけが、見えているだけです。患者のプライバシーと言われれば、僕としても強引な真似は出来ません。

 言われるままに右手を作製しましたが、コルネリウスの件や大精霊の負傷者の治療の経験がなければ、あまり感情移入が出来なくって、大きな失敗をしたかも知れません。右手が、何とか完成すると、僕はお役御免という感じで、追い出されてしまいました。(材料が少なかったので、少し細めになってしまった気がしたのが残念でした)

 エルネストはこれから大きな治療に入るはずなので、仕方がないと思うことにしました。そのまま、精神的な疲労を感じて、馬車でそのままワーンベルに帰る事にしました。右手の作製自体にはさほど時間はかからなかった筈なので、何とか夜位にはワーンベルに辿り着けるでしょう。

 すこし、眠ってしまったようです。御者によると、丁度レーネンベルク領に入った所の様です。もう少し眠れるかなと思いましたが、不意にあの患者の事が頭に浮かびました。


「なるほど、そういう訳だったんですね」


 思わず、口に出した言葉に、御者が反応してきましたが、独り言だと言って誤魔化しました。それにしても、エルネストも、そしてミレーユさんも随分と水臭いですね。きちんと頼んでくれれば、こんな気分にはならなかったのに、と思いました。でも、僕は患者の男性に関しては、名前さえ知らない事に気付くと、これで良かったのだと思えました。あの男性が、僕に無用の負い目を感じる事もありませんし、僕がその気にならなければ、あの男性の事を知ることも無いのでしょうから。

 それにしても、移植治療(再生治療かな?)を完成させるとは、さすがエルネストといった所でしょうか?


 眠る前まで感じていた、疲労と、モヤモヤした感じが、綺麗に無くなっている事が分かりました。


 ラ・ヴァリエール公爵家から戻った時に、出迎えてくれたキアラが、昼間に来客があったことを知らせてくれました。正確には、昨日連絡を受けてキアラは、僕が外出していて戻る予定が不明と返答したのが、上手く連絡がつかず先方が来てしまったという事らしいです。

 その来客の名前を聞いて、不思議に思いました。魔法学園で教師をしているガストンさんだったのです。兵団には結構学園の卒業生が多いので、ガストンさんの話を聞くことがありましたが、ガストンさんがワーンベルを訪ねて来るのは始めてだったと思います。

 ガストンさんは元々この町に住んでいたので、ここを訪れる自体はおかしなことでも無いでしょうが、来訪が突然すぎますし、僕に態々会いに来るというのも、ガストンさんらしくない気がします。結局、僕とすれ違いになってしまう辺りは、実にガストンさんらしいと思うのですが、一緒に来たという少年が何か関係があるのでしょうか? しばらくワーンベルの宿屋に滞在しているそうなので、使いを出して明日にでも会えるように手配しておきましょう。


===


 翌朝、ガストンさん達が、再び屋敷を訪ねて来ました。


「ガストン先生、ご無沙汰しています」


「先生は止して下さい、ラスティン様」


「そうですね、ガストンさん」


「そうしましょうか、ラスティン殿」


 何だか、ガストンさんとは通じ合うものがある気がします。


「ガストンさん、それで僕に御用があると聞きましたが?」


「そうですね、先ずは表向きな物から片付けましょう、ニルス君」


 どうやら、連れの少年は表向きの理由の様です。この少年の名前も、容姿も何処かで見たり聞いたりした事がある気がするのですが?


「お久しぶりです、ラスティン様。といっても、僕にはラスティン様にお会いした記憶は無いのですが、両親からお話は聞かされました」


「そうか、御両親が。うーん?」


「お分かりになりませんか? 父からは先日お会いしたと聞いていますけど」


 最近、この少年くらいの子供を持っていそうな男性に会った言えば、セルジュですね、ということは彼は!


「君は、ニーナの息子なんだな? 確か一度だけ会った事があったね、君は確か2,3歳だったと思うけど。確かに、ニルス君だった。お母様は元気かな?」


「はい、基本的には元気です」


「基本的には?」


「ええ、少し叔父と揉めてしまったので、少しだけ元気が無かったんですが、最近はちゃんと元気を取り戻しています」


「セルジュもそんな事を言っていたな。良かったら事情を話してくれないか?」


「実は、叔父が大のメイジ嫌いでして、祖母の葬儀の席で僕と妹を名指して馬鹿にするような事を言ったんです。それを聞いて母が・・・、ちょっとだけ暴れてしまいまして、ちょっとだけですよ?」


「そうか、まあ良いさ。ニーナの息子なら、僕にとっても甥の様な物だ、良く来てくれたね」


「母も、畏れながらラスティン様の事を弟のようだと言っていました。これから、ラスティン様の下で働かせていただきますので、よろしくお願いします!」


 そう言って、ニルスは僕に頭を下げました。彼が、僕の下で働く? 疑問に思って、ガストンさんに視線を向けると、


「魔法学園も、公立学校の卒業生の噂を聞いて焦っているのですよ」


と、教えてくれました。なるほど、キアラ達が僕の直属の部下になり、その能力が証明されたことで、魔法学園としても、父上や魔法兵団ではなく、僕自身にアピールする必要性を感じたと言った所なのでしょう。そうすると、ニルスは魔法学園が誇る優秀なメイジということなんでしょう。これは思わぬ拾い物なのではないでしょうか?


「そうか、よろしく、ニルス。君の処遇はなるべく早く決める事にするよ。今日からしばらくはこの屋敷で寝泊りするといいよ。キアラ、ニルス君を空いている客室に通してくれ、その後は工場街を案内してくれるかな?」


 それまで、黙ったまま僕の後ろに控えていたキアラに、ニルスを任せる事にしました。ニルスとキアラは連れ立って応接室を出て行こうとしましたが、僕は二人の身長がほとんど変わらない事に気付いてしまいました。13,4歳のニルスと丁度お似合いな感じです。そんな事を想像していたら、キアラに”ギン!”と言う感じで睨まれました。時々女性って鋭いですよね?


 2人が、部屋を出て行ったのを確認して、改めてガストンさんに話を聞きます。


「それで、ガストンさん、裏向きの用件を伺ってもいいでしょうか?」


「あ、ああ、気を使わせてしまったみたいですね。裏と言っても個人的な話なだけだったんだけど」


 ガストンさんも人間的に成長しているんですね、あまり周囲の状況が気にならない人だと思っていたんですけど。それにしても・・・


「個人的ですか?」


「言いにくい事なんですが、レーネンベルク魔法学園を辞めたいと思うんです」


「えっ! 良かったら、もう少し詳しく話してもらえますか?」


 話は確かに個人的な物ですが、魔法学園への影響はかなり大きいのではないでしょうか?


「はい、生徒達に教える事は、意外と性に合ったのですが。最近、何か研究をしたいと無性に思うようになりまして」


「そうですか。1つお聞きしますが、ガストンさんが抜けた後、魔法学園ではどんな影響が出ますか?」


「影響ですか?」


「そうですね、例えば、ガストンさんが教師職を辞めた後に、きちんと魔法学園で教育がされるかという意味です」


「それなら、心配ないでしょう。私以外にも、指導者は多いですし、教え子の皆も下手をすれば、私より教え方は上手かったりしますからね」


「そうですか・・・」


 ガストンさんの言葉をそのまま信じる訳には行きませんが、色々お世話になって来たので希望を適えてあげたいという気持ちもあります。


「何か研究の目標はあるんですか?」


「いいえ、それが今の所何もアイデアが無い状態でしてね。我ながらおかしな衝動だと思っているんです」


 研究内容が決まっていないというのは、良い情報です。ガストンさんの発想力が、エレオノールの研究に役立つかも知れません。


「ガストンさんは、アカデミーに興味はありませんか?」


「興味が無いとは言いませんが、あそこは私の様な平民がおいそれと出入り出来る場所じゃ無いですよ」


「そうですね、ガストンさんには失礼ですが、助手になってもらおうと思います」


「私がアカデミーに! 行きます、助手でもお手伝いでも何でもいいです。今からでも大丈夫ですよ!」


 さっきは諦めモードでしたが、今度はすごい反応です。でも、今からはさすがに無理ですね。


「落ち着いて下さい。先方との交渉もありますし、少し時間を下さい。でも、ガストンさんを何とか、アカデミーに出入り出来るようにしてみますよ」


 ガストンさんは、僕の答えを聞いて少し落胆しましたが、


「ラスティン様! お願いしましたよ」


と言って、魔法学園へと帰って行きました。仕方が無いですね、早速エレオノールに、手紙を書くことにしましょう。結局1月ほどかかって、エレオノールとガストンさんの橋渡しをする事が出来ました。

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