第66話 ラスティン20歳(ルイズ来る:4日目)


 翌朝、ルイズは朝食に顔を出しませんでした。キアラの話では、朝早くから起きだして、客間で杖と向き合っているそうです。それから、僕は、執務室で普通に仕事を始めました。キアラが遠慮がちに、


「ラスティン様、ルイズちゃんの件あのままで宜しいのですか?」


と尋ねて来ました。


「キアラはどう思う?」


「ラスティン様がなさっている事は理解している積りですが、ルイズちゃんはまだ子供じゃないですか」


「そうだね、でもあの子も”メイジ”だよ」


”それも、特別なね・・・”と続けるつもりでしたが、キアラは何か考え込んでしまいました。


「どちらにしても、ここは、信じて待つ所じゃないかな」


「そうですね、ラスティン様が”信じる”とおっしゃるなら私もルイズちゃんを信じる事にします。でも話を聞いてあげる位は、かまわないですよね?」


「ああ、そうしてくれるかな」


 キアラは本当に、優秀な人材ですね。僕が何を望んでいるか、的確に把握しています。この機会なので、学校の卒業生たちの様子でも話しておきましょう。


・ユニス

 まず、ユニスですが、セルジュの所に送り込んだのは、以前お話したと思います。ユニスは期待通り堅実な仕事ぶりで、セルジュから信頼を得たようです。ですが、彼女の真価はそんな物ではありませんでした。それは、セルジュのお母様に不幸があった事から分かりました。

 我が家の財政を一手に引き受けているのはセルジュですので、彼が仕事を出来ないというのは我が家にとってかなりの痛手です。ですが、葬儀の場でセルジュと親族が何か揉め事を起したというのです。(詳しくは、恥になるという事で教えてくれませんでした)


 結局解決までに、2週間近くかかってしまい、どんな事になっているかと心配しながら職場に戻ってみると、いつもと変わらない状況だったそうです。セルジュの前には、処理済,決裁待ち,仮執行中,要調査の書類がきちんとまとめられていたそうです。仮執行というのは、決裁が下りていない緊急性の高い事業に、一時的に資金を拠出する手法だそうです。(僕には、金勘定が向いていないのは良く分かりました)

 それで、セルジュからユニスに対する信頼は絶大な物になったそうです。先日も、セルジュ自身がワーンベルまで来て、事の詳細を知らせてくれました。いつも忙しそうにしていて、ワーンベルにきてもその日のうちにとんぼ返りする事が多かったセルジュが、ゆっくり一泊して帰っていった事がそれを証明しています。


 やはり、ユニスの方は全く問題無かったどころか、予想以上だと評価して良いと思います。



・マリユス

 次にマリユスですが、彼は非常に評価が難しいです。決して無能という訳ではありません。むしろ優秀と言えるでしょうが、問題は、マリユスが父親のマルセルさんと同じくらい優秀で、背格好も同じ位で、声も似ているという点でしょうか?

 僕や、周りの人間が、何度も二人を間違えてしまった為に、色々な所で問題が生じてしまいました。結局、二人に違った色の服を着るように指示する事で、混乱は収まりました。

 ですが、単に似ているだけでは、ここまで混乱するはずが無いと思って、マルセルさんの話を聞くと、マリユスは僕が魔法学院に在学中に、ワーンベルでよくマルセルさんの手伝いをしていたという事でした。それで、マルセルさんの仕事の仕方をマリユスがよく知っていて、同じ様な反応をするので、二人を間違える事が多くなったという訳の様です。


 僕にとっては、マルセルさんが二人になった様な物でしたので、仕事の効率が上がったのが嬉しかったですが、マルセルさんとマリユスに時間的な余裕が出来て、二人が町の声を直接拾って来てくれる様になった事が、何より効果があった事だと思います。

 特に、若いマリユスには、町の人々も話しやすい様で、色々な意見を拾って来ます。多くが突拍子もない事で、キアラに睨まれながら、”却下よ!”と言われて終わりです。偶には、先日の様に、”ワーンベルには娯楽が少ない”というまともな意見も出ます。


 まあ、マリユスに関しても、問題は無いですし、将来的にはマルセルさんを追い抜いてくれる事でしょう。



・アンセルム

 アンセルムの方はと言うと、判断は保留という形です。魔法兵団長のマティアスからの報告では、作戦指揮官としては十分に優秀だと評価されましたが、メイジを使いこなすという点で不安を感じたという報告は無視出来ない物です。マティアスが、アンセルムから聞きだした話では、アンセルムはどうやら傭兵団に入り込んで戦闘という物を勉強したそうです。隣国との小競り合いでは、かなりの兵士を指揮した事もあると言うのですが、ちょっと信じられない話です。


 それと、アンセルムにはワーンベルの周辺に出没する盗賊団の退治を命じておいたのですが、それも未だに達成されたと報告はされていません。なにやら、キアラと話し込んでいる姿は何度か見かけましたが、結局なんの報告もされないままでした。


 アンセルムに関しては、将来に期待大と言った評価になるのでしょうね



・キアラ

 問題なのはキアラです。僕は、彼女に心の中で謝りました。彼女が言った”何でもやります”を大言と簡単に判断してしまい、試させてもらおうなんて考えた自分が情けないです。キアラを秘書役にして1週間で、彼女が秘書として優秀な事は、認め無いわけにはいきませんでした。

 僕はその1週間、キアラの事をなるべく冷静に観察していましたが、キアラも同じ様に僕を観察していたんだと思います。何度か、あの視線で僕を見詰めているキアラと視線が合ってしまいましたから、僕の勘違いと言う訳ではないと思います。最後には試しているつもりが、実は試されているのではないかと思うようになってしまいました。


 こんな事ではいけないと思い直し、キアラには秘書の他に、魔法兵団との連絡係もしてもらう事にしました。この辺りは、マルセルさんでも難しいと判断した事なので、どうなるかと思いましたが、キアラはこれも文句の付けようが無いほど、きちんとこなしました。”工場長”ヴァレリーさんの受けも良く、魔法が使えないにも関わらず、魔法の知識はかなり持っているらしいという、話も聞きました。


 次に僕は、キアラにワーンベルの財政を見させる事にしました。マルセルさんの指揮下で、キアラは見事に、この町の財政の無駄を排除してくれました。この過程で、ワーンベルの役人のほとんどが、キアラに頭が上がらなくなってしまったのは、誤算でした。


 僕はさらに、キアラを試す目的で、彼女に部下を付ける事にしました。人選は、最悪のケースを選びました。今年役人になったばかりの青年で、先日キアラ自身から、財政の無駄を厳しく指摘された人物です。彼は自分の能力に、かなり不安を覚えているという報告を受けていました。かなり、意地悪な人選だったと思います。

 ですが、キアラは彼を見事に立ち直らせる事に、成功しました。キアラは先ず彼に自分を信頼させ、その上で自信を回復させ、更に試練を与え、それを乗り越えさせる事で彼を一回り大きく成長させることさえ成し遂げてしまいました。

 その手法を横で見ていた僕は、完全に脱帽するしかありませんでした。キアラには何をさせても、完璧にこなしてしまうのではないかという、根拠の無い確信が芽生えてしまったほどです。結局、僕はキアラを秘書兼相談役として、そのまま働いてもらう事にしました。それにしても、誰がキアラにあれほどの教育を施して、キアラは何の目的であそこまでの能力を身に着けたのでしょう?


 最近では、キアラは秘書兼相談役ではなく、相談役兼秘書という感じになっています。これはつまり、主従が逆転している事を意味しています。僕も何年も代官職をやってきたので、統治者としては素人では無いと思います。だからこそ、キアラの上に立つものとしての格を見せ付けられている気がします。多分ですが、現状のワーンベルであれば、キアラが代官をやった方がうまく行くと思うこともあります。


 少し前に、キアラに半分冗談で、


「キアラ、君はこの町の代官をやってみる気はないか?」


と言ったら、


「ラスティン様はどうなさるんですか? 公爵様の下で、次期公爵としての勉強でもなさるんですか?」


「いや、特に予定はないんだけど」


「ラスティン様! 今のこの町の代官は貴方なんですよ。代官が町を見捨てる様な真似をするおつもりですか? この町に不満があるのならば、ラスティン様の手で改善していけば良いではないですか! 私も及ばずながらお手伝いさせていただきますから」


と説教されてしまいました。確かに代官職にあるものとしては、不見識な発言だったかも知れません。


「済まなかった、キアラ。良かったら、これからも僕を支えてくれるかな?」


と言った途端、キアラは慌てた様に、執務室から飛び出して行ってしまいました。こういうくさい台詞が嫌いだったのでしょうか? それから、キアラは遠慮なく僕を鍛える事にした様です。力の入り方が、今までと段違いですから、まあ、その分僕がビシビシとしごかれる訳ですが。


 そこまで考えた時に、キアラが戻って来ました。


「ルイズの様子はどうだった?」


「大分、追い詰められていたみたいです。杖に話しかけていたので、少し心配してしまいました。あ!でも大丈夫ですよ、事情はルイズちゃんから聞きましたから」


「信じたのかい?」


「あんな真剣な顔をするんですから、少なくともルイズちゃんにとっては真実なのでしょう。今はそれだけが重要だと思います」


「君は大物になるよ。ところで、君が栄えている町の領主になったら、どういう方針で町の開発を進める?」


「まさか、また私にこの町の代官をやれとおっしゃるのではないでしょうね?」


「いや、ローレンツさんに前に、宿題をだされたのを不意に思い出したんだ」


「それなら構いませんが、その栄えている町と言うのは、どんな町なんですか?」


「いや、詳しくは聞いていないな」


「それでは解答は出ないのでは? 仮にそこがワーンベルだったとして、考えてみたらいかがですか?」


「うーん、この町の場合かい? 君だったらどうする?」


 いつものキアラならば、”自分で考えたらいかがですか?”とか言いそうですが、今日は機嫌が良いのか、素直に意見を聞かせてくれました。


「私なら、この町の税金を上げますね」


「はっ!?」


「ワーンベルの工業品は、安過ぎます。これは他の町や、他国での工業品の生産に少なからぬ影響を及ぼしていると考えられます」


「そうか、そういう考え方もあるか。増えた税収はどう使うんだ?」


「例えばですが、ワーンベルと同じ様な町をもう1つ作れば良いと思います」


「なるほどね。でもそれは、ワーンベルの代官が考える事かな?」


「そう言われてみれば、そうですね。ですが、ラスティン様は考えておくべき事ですよ」


「分かったよ、心得ておく。それじゃあ、君でも今のワーンベルに、直接手を出す事はしないんだね?」


「うまく動いている物に、干渉するのは難しい事ですから。ひとつ間違えれば、全く逆の結果になってしまいます」


 なるほど、ローレンツさんが”引っ掛け”と表現したのはこの辺りが原因なんでしょうね。


「後1つすべき事がありますよ。例の盗賊団対策です」


「あの件か、しかし、有効な対策は」


 その時突然、執務室のドアが大きな音を立てて開かれました。そこに立っていたのはルイズでした。その手には杖が握られたままで、その先には、仄かな明かりが灯っています。


「兄様! お姉さん! 私、私・・・」


「ルイズ、やったじゃないか!」


「お見事です、ルイズちゃん」


 僕は、ルイズを両手で抱えあげると、思わずくるくると回ってしまいました。ルイズも嬉しそうに笑っています。ルイズはこの頃から思いっきりが良かったんですね。


「ルイズ、明日には、君の家に送っていくから、御両親に魔法を使うところを見せてあげるんだよ」


「はい、お父様もお母様も喜んでくれると思います!」


「よし、それじゃあこれから、町に出てお祝いしよう。何でも好きなものを食べてもいいよ」


「ホントですか! クックベリーパイあるかな?」


「キアラ、後は頼んだよ」


「はい、いってらっしゃいませ」


 そうして、僕とルイズは町に出かけましたが、久々にルイズの子供らしい笑顔を見ることが出来ました。さて、ルイズはメイジとしての一歩を踏み出した訳ですが、彼女にはまだまだ試練が残っています。系統魔法が使えないのは確定でしょうから、そこでもルイズは苦しむ事になるんでしょうが、暖かく見守って行きたいと思います。

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