第64話 ラスティン20歳(ルイズ来る:2日目)


 翌朝、朝食を終えると、僕はルイズを連れて、ワーンベル鉱山の採石場に向かいました。出掛けに、キアラがルイズを見送ってくれました。仕事をサボる事になる僕に何も言わなかったのが不思議でもありました。ルイズもキアラに随分懐いた感じです。試みに、


「ルイズ、昨日の晩に、あのお姉さんと、どんなお話をしたんだい?」


と聞いてみましたが、


「女同士のお話です。スティン兄様には”絶対に”秘密なんです」


と言って教えてくれませんでした。キアラとはいえ、女性の秘密を探るような真似は控えた方が良いのでしょうね。ルイズの手を引いて少し歩くと、採石場に到着です。採掘者の皆さんが朝早くから仕事を始めているのが確認出来ます。近くに居る採掘者の人が、僕に気付いて、


「ラスティン様、朝早くから、こんな所になんの御用ですか?」


「お仕事ご苦労様です。こちらに組合長さんはいらっしゃいますか?」


「組合長ですか? 地下(した)の方で、何かあったそうで、そちらに行っています」


 鉱山の方で何か事故でしょうか? 僕の方には、今のところ報告が上がって来ていませんが、少し心配ですね。ここの皆さんも落ち着いた様子ですし、何か重大な問題ならば、キアラがここに人を送って来るでしょう。組合の方に干渉しすぎるのも問題でしょうし、このまま予定通りに事を進める事にします。


「そうですか、まあ仕方がありませんね。例の岩盤を使って少し実験をやりたいのですが、構いませんか?」


「あの岩盤ですか、構わないと思いますが。班長!」


「おう、何だ?」


「ラスティン様が、例の厄介者で実験をしたいと言われるんですが」


「本当なんですか、ラスティン様?」


「ええ、この娘が面白い物を見せてくれますよ」


僕は自信満々の口調で、ルイズを前に押し出します。(実際にはある種の賭けなのですが、そんな事は全く顔に出しません)


「あの、えっと・・・」


 ルイズは、急に人前に押し出されて、あたふたとしたと思うと、僕の後ろに隠れてしまいました。その様子に大人たちが、ほんわかと癒されてしまいました。


「ルイズ、行くよ」


 僕は、ルイズの手を引いて、問題の岩盤の所に向かいました。そこには不自然な形で、岩の塊が残されています。はっきり言って、採石の邪魔な存在ですが、事情があって現在は放置されています。


「スティン兄様、この大きな石がどうかしたんですか?」


「この岩を、ルイズに砕いてもらおうと思ってね」


「こんなに大きい石、じゃなくて岩?をですか?」


「そう、多分ルイズにしか出来ない事なんだよ」


「私にか出来ない・・・。はい、やります」


 ルイズが、張り切って杖を構えます。聞きなれた、”ドカン”という爆音が辺りの空気を震わせ、硬い岩盤か面白いようにサクサク?と砕けています。(おお、予想以上の効果です)

 爆音を聞きつけて、周囲の採掘者の人達が、集まってきました。ルイズの放つ呪文で、苦労させられた岩盤が、どんどん砕かれて行くのを見て、彼らも呆然としていたりします。5,6歳の少女が、巨大な岩盤を嬉々として、砕いて行く様は異様な光景です。一頻り削岩作業を終えると、満足げなルイズが僕の所に戻って来ました。そのルイズに、班長さん?が、


「お嬢ちゃん、凄いじゃないか!」


と話しかけました。他の採掘者の人達も、苦労させられた、岩盤がかなり片付けられたので、ルイズの功績を称えます。ルイズはその思わぬ声援に”えへへ?”といった感じで頬を緩めています。採掘者の人達が邪魔な石を片付け始めた事で、やっと落ち着いてルイズと話す事が出来る様になりました。


「ルイズ、どんな気分だい?」


「とっても気持ち良かったです!」


 ルイズは本当に爽快だったという表情をしています。随分と溜まっていたんですね。(何だか、えっちな表現が続いていますね、ストレスがですよ!)


「そうか、良かったね。そろそろ、昼食にしようか? あそこにお店があるよね、これでお弁当を2人分買って来てくれるかな?」


 そう言いながら、ルイズに十枚程の1スゥ銀貨を渡します。ルイズは銀貨を不思議そうに、見詰めています。


「それはね、1スゥ銀貨と言うんだよ。君が知っている金貨の百分の一の価値なんだ」


「分かりました、これも、お金なんですね。じゃあ、お弁当を買って来るね?」


ルイズはそう言いながら、弁当の屋台に向かって駆けて行きました。僕は”はじめてのおつかい”を見守るお爺ちゃん気分です。しばらくすると、ルイズが戻って来ました。弁当を抱える様に持って、右手にはお釣りを握り締めている様です。


「兄様、大変です! お買い物をしたのに、お金の枚数が変わりませんでした」


 そう言いながら、お釣りを見せてくれました。ルイズにはもう少し常識を教えなくてはいけない様です。

 昼食を終えると、ルイズにまた岩盤の処理の続きをしてもらいました。昨日の競争に続き、今日もかなりの魔力を使っているはずなんですが、ルイズは魔力が枯渇する様なことも無く、岩を砕き続けて行きました。

 結局、夕暮れまでルイズは、作業を続けていました。ですが、急に途中から元気が無くなって来た気がします。


「ルイズ、お疲れ様。もう十分だよ」


「はい・・・。兄様、今日はありがとうございました。こんな私の為に、お芝居までしてくれて」


「どうしたんだい、急に元気が無くなったみたいだけど。それに、お芝居ってどういう意味かな?」


「さっきの人達もみんな、兄様が頼んでお芝居してもらったんでしょう! だって、こんな岩くらい、”つちけいとう”の魔法なら、簡単に壊せるはずだもの」


 この間違った指摘を聞いて、少し驚きました。ルイズの歳で、系統魔法の知識があるとは思っていなかったからです。


「ルイズは賢いんだね。君の歳で系統魔法を知っているとは思わなかったよ」


「だって、杖契約の時間が勿体無かったから」


 ルイズは、沈んだ声で、答えてくれましたが、ちょっと話が飛びすぎていて、理解出来ませんでした。詳しく聞いてみると、杖を”爆殺”する度に、杖契約をする事になり、その時間を使って魔法の勉強をしていたという事でした。なかなか努力家なんですね。


「ルイズはさっき土系統の魔法なら、簡単にこの岩を壊せるって言ったよね? でも、それは正しくないんだよ。見ていてごらん」


 僕は、一番分かり易い、ゴーレム作製の呪文を、例の岩盤の周辺にかけました。本来ならば、50サント程の岩ゴーレムが出来る筈なんですが、その身体は見事に例の岩盤の外側に半分だけしか完成せず、直ぐに倒れてバラバラになってしまいました。


「え! 今のって、なんですか? ごーれむが半分でした」


「分かったかな? この町には、優秀なメイジが沢山いるんだ。僕より強い土系統のメイジだっている。だけどね、皆この岩にはお手上げなんだよ」


「じゃあ!」


「そう、さっきの人達は本当に困っていて、ルイズに本気で感謝していたんだよ」


 ルイズは、その細い肩を震わせながら、静かに泣き出してしまいました。僕は、ルイズの涙をハンカチで軽く拭いました。ルイズは少し恥ずかしそうでしたが、されるがままになっています。僕は思い切って、ルイズを抱き上げて、肩車をしてあげました。最初はビックリしたルイズでしたが、直ぐに、


「たかい、たかい」


と言って、喜んでくれました。僕たちはそのまま、屋敷まで戻る事にしました。(不本意ですが、ちょっとお父さんぽかったでしょうか?)


 先程の岩盤は、はっきりと結果が出た訳では無いですが、風石の一種だと僕は考えています。見つかったのは、例の大精霊事件からしばらくしてからでしたし、僕が指定した風石の集積場所の一箇所が、このワーンベル鉱山だったからです。

 風石の一種といったのは、風石の特性を全く持っていない為です。風石ならある呪文に応じて浮力を生じるはずですし、加工もそれ程、難しく無いからです。僕の直感ですが、この岩盤に風の力が蓄えられる事で、風石になるのではないかと考えています。

 ちなみに風石の集積場所に選んだのは、”ワーンベル鉱山”,”レーネンベルク山脈”,”ガリア中部の山”,”ロマリア北部の山”です。もうしばらくすれば、聖エイジス31世からのありがたいお言葉が、各国に伝わる事になるでしょう。


屋敷に帰り着くと、何故かキアラに怒られました。”公爵の令嬢に何と言う格好をさせるのですか!”という意見は、それ程的外れでは無いですが、”父親と娘の交流”を演出したかっただけで、怒られるなんて不条理だと思います。ですが、今日一日の仕事を放り出して、遊んでいた様な物なので、”我慢、我慢”と自分に言い聞かせました。


 まあ、怒られても、仕方がありません。しばらくは、ルイズを優先しなくてはいけませんからね。明日には、何とか杖の方も届くはずです。あの杖の本当の価値を知ったら、ルイズはどんな顔をするんでしょうか? 理解出来ないかも知れないですが。

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