第57話 ラスティン19歳(発明家少女来る)


 クリシャルナが修行?を終えてトリステインを見て回ると言うことで、旅立ったのと入れ替わる様に1人の人物がまたしても僕を訪ねて来てくれました。今回も、ローレンツさんの紹介状を持ってきたと言うことで、また変わった人物が来たのではないかと心配しましたが、マルセルさんの態度を見た限り、特に問題は無いと思えました。

 ローレンツさんの紹介状には、”詳細は書けませんが、ラスティン殿の役に立ってくれるはずです”としか書かれていなかったので、少し心配なのも事実です。


 応接室に待っていたのは、ほんの12,3歳の少女でした。明るい蜂蜜色の髪に、クリッとした目が特徴的です。身に着けているワンピースはかなり高級そうな作りになっています。護衛と思える男性を連れている事を見ても、良家の令嬢といった雰囲気です。ですが、そのクリッとした目と視線が会った瞬間に、ただの少女では無い事がなんとなく分かってしまいました。そこには年齢に似つかわしくない、明確な知性が感じられました。


「お初にお目にかかります。ラスティン・ド・レーネンベルク様、私はミネットといいます。ホラント商会会長サミュエルの娘です」


 ホラント商会というのは、トリステインの南西部を拠点とする老舗の商会だと、ローレンツさんから聞いた記憶があります。


「こちらこそ。よろしく、ミネットさん。それで、僕に何の御用でしょうか?」


「私の様な小娘にさんは不要です。用というならば、こちらに伺えば面白い物が見れるとローレンツ様にお聞きしたからですが、どちらかというと私に御用なのは、ラスティン様の方だと思うのですが?」


 僕がこの娘に用がある?心当たりはありませんが、クリシャルナの時の事もあったので、冷静にかなり過去まで遡って考えてみます。


「心当たりがありませんか? すこし意地悪でしたか? ”もしこの文が読めるなら、店主にお知らせ下さい。合言葉は地球です”、こう言えばお分かりでしょう」


 日本語の部分は、ぎこちなかったですが、それでも十分聞き取る事が出来ました。これは、僕が以前ローレンツさんに依頼して、商会の看板等に書いてもらった内容そのものでした。

 僕は慌てて、マルセルさんに目配せをして、応接室から出てもらいました。ミネット嬢の護衛の方も同時に部屋を出て行きました。


「ミネット、君が僕達と同じだと言うのは分かったんだけど、前世ではどんな人間だったんだい?」


「私は、丹羽保(にわたもつ)といいました。発明家でしたね、自称が付くかも知れませんけど」


「丹羽保? 男みたいな名前だね」


「え? もちろん男性でしたよ」


「そうなんだ、大変だったね」


「いえ、男性と言うのが良く分かって、良かったです」


 ミネット嬢は、わざとらしく”ふぅ?”とかため息をつきました。若い女の子には、少し刺激が強すぎたのかも知れませんね。


「それは大変だったね。そういえば、面白い物とは何でしょうか?」


 僕は、話をそらす事にしました。


「ああ、竜の羽衣ですよ。こちらにあると聞いたのですけど」


 あの置物ですね、燃料まで用意したのに、動かし方が全く分からずに、この屋敷で放置されていたりします。機首の7.7mm機銃から取り出して、生産が可能になった弾丸は、武器マニアの友人セレナの協力と僕の前世の記憶を頼りに、ボルトアクション銃に似た銃を作成できるまでになりましたが、本体の方は完全に置物状態です。個人的にはばらしたいのですが、再度組み立てられる自信がないので、どうしようもないです。


「それで、ミネットはあれをどうするつもりなんだい?」


「もちろん、分解(ばら)しますよ」


「大丈夫なのかい?」


「私の腕をお疑いですか?」


「腕は見せてもらわないと分からないけど、君みたいな小さな女の子が、重い機械を扱うのはちょっとね」


「それもそうですね」


 ミネットは自分の小さな手を見ながら頷きました。


「そうだ、助手がいれば!」


「助手? さっきの護衛の男性ですか?」


「ダメでしょうか?」


「これは希望なんだけど、出来れば機械に詳しい人が良いと思うんだ。出来れば、ゼロ戦の技術をこの世界でも使える様にしたくないかな?」


「それは、そうですね。でも機械に詳しい人と言われても。あ! あの人なら、いいかも知れません」


「知り合いかい?」


「いいえ、でも貴方は知っているんじゃないですか? ミスタ・コルベールですよ」


ミネットの考えは、僕も考えた事がある話なので、尤もだと思います。問題は、コルベール先生の方にあった訳なんですが、あれから時間が経っている事もありますから、再度アタックしても良いかも知れません。今度は堂々と、レーネンベルクの名前で協力を要請することにしましょう。


「分かった、そっちは当たってみるよ。ミネット、君にはそうだね、少し腕前を見せてもらおうかな?」


「望むところです!」


 ミネットには、ゼロ戦の機首機銃をばらしてもらうことにしました。2門ある機銃なので、もしもの事があっても大丈夫ですし、上手くいけば生産可能になった、7.7mmの弾丸も使用できるはずです。


 僕は、早速ミネットをゼロ戦が置いてある倉庫に案内しようと思ったのですが、ミネットは着替えると言い出したので、とりあえず客間の1つを使ってもらいました。着替え終わって、姿を現した彼女に二重の意味で唖然とさせられました。

 ミネットは何故か、つなぎの上に白衣を羽織っていたのです。その上、言葉遣いが全く変わってしまっているのです。


「ラスティン、それじゃあ、ゼロ戦の所に案内してくれるか?」


「え? ああ、ついて来てくれるかい」


 僕が変な顔をしているのに気付いたのか、ミネットが笑いながら言いました。


「ああ、この言葉遣いか? この格好をするとスイッチが入るらしいんだ」


 どうやら、ミネットには言葉遣いだけが問題らしいです。僕としては、その容姿と服装と言葉遣いのアンバランスさが不安を誘うのですが。


「その服は、どうしたんだい?」


「もちろん自分で縫ったさ、俺が器用だって事は分かるだろ?」


「まあね・・・」


「まだ納得しないのか? まあ任せてくれよ」


ミネットはそう言って、僕の背中をバンバンと叩きました。(全然痛くは無かったですけど)


===


 僕達は、ゼロ戦が置かれている、倉庫までやって来ました。


「これがゼロ戦か?」


 ミネットが感慨深げに呟きました。でも、その手がワキワキしているのをみると、釘をさす必要を感じました。


「ゼロ戦本体は、また後だよ。今日は、機銃を分解してもらいたいんだ」


「機銃? まあ小手調べには丁度いいかもな」


 そう言いながら、機首を覗き込んだミネットでしたが、直ぐに動きが止まってしまいました。そして、ゆっくり振り返ると、


「ラスティ?ン」


等と言いながら、駆け戻ってきました。(ん?何処かで聞いた事のあるイントネーションでしたね。僕は猫型ロボットとかでは無いのですが)

 大体事情は想像出来ますが、一応聞いてみます?


「どうしたんだい?」


「工具が、レンチやドライバーやペンチが無いんだ!」


やっぱりでした、ミネットはどう見ても手ぶらでしたからね。あの自信は何処から出た物なのでしょうか?僕が倉庫の隅の箱から、工具を取り出すとあっという間に、ミネットに持ち去られました。ですが、再度機首を覗き込んだミネットが、情けない声をあげました。


「ラスティ?ン」


 僕は青くもないし、耳もちゃんとありますよ?でも、工具を確認もせずに持ち去られては、対処のしようがありません。この工具は、ほとんど形だけのものだったりします。ドライバーは+も?もない状態ですし、レンチも調整が必要なのは分かっていました。(へたにちゃんとした工具を用意してしまうと、本気でばらしてしまいそうだったので)

 僕は、成形(フォーム)で工具を調整して、ミネットに渡すと、嬉々として機銃の取り外しを始めました。


 ですが、ミネットは、


「ふぬ?」

「うりゃ?」

「どせ?」


とか、掛け声だけあげるのですが、全然、機銃が取り外されません。やっぱり無理だったのかと思った頃、


「ラスティ?ン」


とまた話しかけられました。”それはもういい”と口に出しそうになりましたが。


「どうした、ミネット?」


「螺子が固くて外れないんだよ?」


 ちょっと涙ぐんでいたりします。こればかりは、少女の腕力では仕方が無いのかも知れませんね。結局、ミネットの指示通りに僕が外す事になりました。その上、機銃を分解するのも、ミネット指示で僕が分解しました。

 でも、ミネットの指示は確かに的確だったと思います。分解が終わって組み立て直した時も指示が滞る事が無かったので、ミネットの腕?が確かなのは確認出来たと思います。早急に助手の点は手配する必要があるかも知れません。


 何度か分解、組み立てを繰り返す事で、何とか僕にも、機銃の構造が理解出来ました。これで、機銃が生産出来る様になるかも知れません。銃弾がそれほど用意できる訳ではないので、何丁か試作してみる事にしましょう。(本気で兵団を動かせば、大量生産も可能だとは思いますが)


 ちなみに、雑談で聞いたのですが、ミネットはプロペラ機の操縦が出来るそうなのです。飛行機のエンジンに興味があって、ついでにライセンスをとったというのです。まあ、死因も自分で改良したジェットエンジンの試運転で、事故ったとの事なので、本望だったのかも知れません。(でも、背が足りなくて、ゼロ戦に乗るのはしばらく先なんでしょうね)


===


 ミネットがワーンベルを訪ねて来てから、一月が経ちました。先日父上から連絡があり、今日コルベール先生がワーンベルを訪ねてくれるというのです。1度実家に帰っていた、ミネットも数日前から、この屋敷に泊まっています。ミネットとコルベール先生の出会いは楽しみです。


 恩師が来てくれるということで、代官の屋敷前で待っていると、ほぼ予定通りにコルベール先生が到着しました。


「おお、ミスタ・マーニュ! わざわざ出迎えてくれるとは思わなかったよ」


「いいえ、お世話になった先生を迎えるのですから当然ですよ」


「君が、レーネンベルク家の家臣になって、代官をしているなんて思わなかったよ。それも、このワーンベルとは大出世じゃないか! マーニュ殿とでも呼んだ方がいいかな?」


 これは、父上か母上のいたずらなのでしょうね。ミスタ・マーニュと呼びかけられた時点でおかしいと思いましたが、案の定です。


「ここは学院ではないので、そうですね、スティンとだけ呼んで下さい」


 そう言った途端に、後ろから声がかけられました。


「あの?」


「あ、すまない、ミネット。こちらが僕の恩師にあたる、ジャン・コルベール氏だよ」


「ミスタ・コルベール、こちらがミネット嬢です。ホラント商会のご令嬢です」


「よろしく、ミネット嬢」


「以前から1度お会いしたいと思っていました。どうぞよろしくお願いします。ミスタ・コルベール」


「ミネット! ああ、すみません、先生の話を聞かせた事があったので。それより見せたいものがあるんです。ミネットも早く着替えておいでよ」


 結局強引に話をまとめて、ゼロ戦へと向かいます。折角なので、コルベール先生が、何時僕の正体に気付くか、観察させてもらいましょう。


 着替えてきたミネットと合流して、僕たちは旧市街にある工房へ向かいました。屋敷の倉庫では手狭という事で、大き目の空き工房を用意して、そこにゼロ戦を移動させておいたのです。着替え終わったミネットは例の調子でしたが、最初は戸惑っていたコルベール先生も意外にこちらのミネットの方が話し易いのか、何やら熱心に話し込んでいます。


 ゼロ戦の傍まで近付くと、コルベール先生が難しそうな顔で呟きました。


「これが、”竜の羽衣”ですか。こんなものが本当に空を飛ぶのかね?」


「はい、今すぐと言う訳には行きませんが。今日はその一端をご覧頂きましょう。ミネット、頼むよ」


 僕が合図をすると、ゼロ戦のコックピットに入り込んでいるミネットがエンジンを始動しました。すると、ブルルンという音と共にプロペラが回転し始めました。前回始めてエンジンを動かした時にも思ったのですが、結構うるさいです。僕が再度合図を送ると、ミネットがエンジンを止めました。


「如何でしたか、コルベール先生?」


「確かに魔法の力は感じなかった、あの娘が言った事は本当だったのだね」


「はい、その通りです」


「これは、何時になったら空を飛べるんだね?」


「機体の状態も問題ありませんし、動かし方もミネットが知っているのですが、今の彼女では身長が足りなくて動かせないのです」


 コルベール先生は、風防から頭の天辺だけがちょこんと見えているミネットの状態を見て、理解してくれた様です。


「今は無理でも、数年の内には可能になるでしょう。それまでに、この”竜の羽衣”を複製したいのです。ご協力頂けないでしょうか?」


「非常に興味深いですな。よろしい、是非協力させてもらいましょう!」


 こうして、無事にコルベール先生の協力を得る事が出来ました。これで、ゼロ戦の技術が、ハルケギニアを変えて行く日も近いのかも知れません。魔法兵団や学校からも、何人か人を派遣して助手役をやらせる事も考えておきましょう。


 ちなみに、ゼロ戦が空を飛ぶ日は意外と早くやって来ました。方法は簡単で、ミネットの手足が届かないのであれば、手足の届く大人が操縦を行って、その膝の上でミネットが指示を出すという物でした。操縦を誰が行うかで揉めたのですが、結局コルベール先生がやる事になりました。

 少女を膝の上に乗せてガチガチに固まっているコルベール先生と、空を飛べる事を喜んでいるミネットの対比は面白い物でした。滑走路は兵団の施設隊に整備された道を使いました。ゼロ戦が無事に飛び立つと観客からは、歓声があがりました。短いフライト時間でしたが、得た物は大きかったと思います。

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