第56話 ラスティン19歳(エルフの少女来る)
昼食を終えて、午後の政務(格好良くいっていますが、実は書類整理です)に入ると、マルセルが何か微妙な顔をして僕に来客を告げてくれました。その人物はローレンツさんからの紹介状を持っていたというので、見せてもらった所、内容をまとめると、
・この人物の素性は保証致します
・詳しい話は本人からお聞き下さい
・大変重要な人物なので、丁重に対応下さい
・ラスティン殿のお役に立つと思います
と、簡潔に書かれているだけでした。ローレンツさんらしくも無く、頭語や日付なども書かれていないのが気になりましたが、それより最後に”驚きますぞ”と口語で書かれていたのがもっと気になりました。
「それで、その人物と言うのはどんな方だったのですか? 以前来た方のように、フードで顔を隠しているとかですか?」
「いいえ、そう言う事はありませんが、門番達の言葉を借りるなら、”老婆が農耕馬に乗って颯爽と現れた”そうなのです」
「はい?」
老婆が農耕馬に乗ってまでは、あまり聞かない話ですが、有得ない話では無いと思いますが、颯爽と言われると頭を傾げたくなります。マルセルも困った表情をしています。
「まあ、良いでしょう。素性は確かの様ですから、直接会いましょう。その方は応接室ですか?」
「はい、お通ししてあります」
僕は、少し不安を覚えながらも、応接室へ向かいました。ドアを開けて中に入ると、確かに老婆と呼べる女性がソファーに腰掛けて、待っていました。ただ、その格好が、尋常ではありませんでした。これから農作業に行くと言われれば、信じてしまう様な格好だったのです。少なくとも、貴族に会いに来る格好ではありません。もしかして試されているのでしょうか?
「お待たせしました。僕が、この町の代官をやっています。ラスティン・ド・レーネンベルクです」
「えへへっ、待ちきれずに、こちらから来てしまいました」
「はあ? 失礼ですが、どちら様ですか?」
僕がこんな反応をしたのは、話された内容と、老婆?から発せられた声に驚いてしまったからです。聞いた限りでは10代でも通用する若々しい、ハリのある声だと思います。
「あらら、ローレンツのおじ様は、お手紙に何も書かれていなかったのね。仕方の無い方です」
彼女はそう言って、額から何か外す様な仕草をすると、彼女の姿があっという間に、変化しました。変化が終わるとそこには、一人の少女、そうそれも絶世といっても過言ではないと思われる美少女が現れました。ただしその美貌は美しく、繊細過ぎて、触れるのを躊躇わせる程でした。僕が驚いて、呆然としているのを誤解したのか、彼女がこう語りかけて来ました。
「驚かせてしまいましたか? あなた方の中にも変装の魔法があったと思ったのですけど、それともエルフを見るのが始めてなのですか?」
エルフと聞いて、彼女の耳を確認すると、確かに普通の人間より長い物でした。
「失礼しました。確かにエルフの方を見るのは始めてです。出来ればお名前も教えていただけますか?」
「私は、クリシャルナ。私達の中では、レイハムのクリシャルナで通っています」
「そのクリシャルナ様が、僕に何の御用でしょう?」
「あら、それはおかしいわ。ラスティン様が、私に会いに来て下さると仰ったんじゃないですか? ローレンツのおじ様から手紙を受け取って、ずっと待っていたのに一向にいらっしゃらないから、こちらから出向いて来たと言うのに」
僕は慌てて最近の出来事を、思い出して行きますが、全く心当たりがありません。僕がローレンツさんに頼んで手紙を書いてもらった?そんな事が・・・、ありました。でもあれは、3年以上も前だったはずです。クリシャルナさんの言い方は、ごく最近の約束の様に聞こえたのですが、僕がローレンツさんに頼んだエルフ絡みの話は他に無かったはずです。
「長い間、お待たせして、申し訳ありません」
「もう4年ですね、私エルフの中では気が短い方なので、ちょっと我慢が出来なくって」
エルフの時間感覚が少し怖くなった台詞でした。本人が気にしていないのなら問題無いのでしょうか?でも、あの時は色々あって、その後のケアを全くしていなかったのは、失態でした。ここはきちんとした形で、誠意を見せる必要があるのかも知れません。
「クリシャルナ様、ご迷惑をおかけしたお詫びに、何かさせて頂けませんか?」
「何かですか? そうですね、では! クリシャルナ様と言うのを止めてもらえませんか?」
「それでは、クリシャルナさ」
「もちろん、さん付けもダメですよ? 呼び捨てにして、敬語や丁寧語も止めて下さい。あ! クリシャルナちゃんなら歓迎ですよ」
先手を打たれてしまいました。敬語や丁寧語まで禁止されると、なかなか話難いのですが、ここは妥協しなくてはいけない様です。
「分かったよ、クリシャルナ。でも、公的な場所では、勘弁してくれよ」
「ええ、その辺りは任せるわ、よろしくラスティン! 貴方とは良い友達になれそう」
「ああ、よろしく、クリシャルナ」
僕とクリシャルナは、互いに握手を交わしました。エルフにも握手の習慣があるのですね。
「ラスティン、貴方は人間なのに精霊と契約しているんですってね。良かったら会わせてもらえる?」
「良いよ、ほら」
僕は腰にさしてある、ニルヴァーナをクリシャルナに見せます。最初は訝しげだった彼女でしたが、ニルヴァーナが、
「私の名前は、”ニルヴァーナ”、よろしくクリシャルナ」
「まあ! こんなに小さいのにちゃんと精霊がいるのね。始めまして、ニルヴァーナ」
と気軽に挨拶を交わしました。精霊を友とすると聞いているだけに、ニルヴァーナのこともきちんと認識出来る様です。
「あら? この娘、木の精霊よね。ラスティンの契約精霊は、大地の精霊だって聞いたんだけど?」
「それは、キュベレーの事だね。彼女は少し調査に行ってもらっているんだ」
「そうなの? 今度会わせてね」
「ああ、覚えておくよ。それより、これからどうする? 良かったらこの町を案内するけど」
「ええ、お願い。さっきの格好だと、人に声をかけると変な顔をするのが嫌だったの」
それはそうでしょうね、僕もはっきり言って、物凄く違和感を覚えましたから。
「でもどうして、さっきの格好をしていたんだい?」
「レイハムを出て始めに会った人間の姿を写させてもらったの、何か問題があった?」
「いや、少しね。もしかして馬もそうなのかな?」
「ああ、アイラールの事? その人が連れていた馬に変装してもらったわ。嫌がっていたけどね」
「やっぱり、普通の馬じゃ無いんだ。もしかして飛んだりするのかい?」
「あら、良く分かったわね。あの子はペガサスなの。この辺りでは、さすがに飛べなかったけどね」
大体話が見えて来ました。老婆が農耕馬に乗ってではなく、クリシャルナがペガサスに乗って、颯爽とこの屋敷を訪問したという訳なんですね。ギャップが何とも言えないです。
「もしかして、また変装した方が良い?」
「うーん、耳だけを隠すとかは出来るのかい?」
「あ、それは無理、これは相手の姿を写し取るだけだから」
町の皆さんを信じる事にしましょう。僕が一緒ならば、大した問題は起こらないはずですから。
「まあ、そのままで良いさ。少しは騒ぎになると思うけど、すぐに治まると思うから我慢してくれるかな?」
「少しね。エルフが町に現れて、少しで済むのかしら?」
「僕と一緒にいれば、問題は起こらないと思うよ」
「へぇ?、随分と自信があるのね。頼りにさせてもらうわよ!」
こうして、ワーンベルの町へと繰り出すことになりました。町の人達は、僕が一緒だったと言う事もあり、概ね好意的に、クリシャルナを受け入れてくれました。最初は緊張気味だった彼女も、だんだん笑顔を見せてくれる様になりました。町の人達も最初はエルフだと言う事で、臆した様子でしたが、クリシャルナの性格もあり直ぐに笑顔で対応してくれる様になりました。
まあエルフに商品を値切られるという経験はそうそう出来るものではありませんから、良い経験をしたとか思っているのかも知れません。クリシャルナの方も、「わぁ?」とか「へぇ?」とか「ふ?ん」とかしきりに感心しながら町の中を散策していました。
中でも、クリシャルナが一番気に入ったのが、旅芸人達の芝居でした。ワーンベル程の町でも、常設の芝居小屋などは無いのですが、その代わり何時も何処かの旅芸人が来ているのが慣例になっています。運悪く途中からしか芝居を見ることが出来なかったのですが、クリシャルナはそれだけで満足出来ずに、丸々もう一度最初から見ると言い出しました。
そこまでは、考慮の内だったのですが、さらにもう一回見るとクリシャルナが言い出したのには、まいってしまいました。結局、終幕まで見ることになってしまいました。
「人間ってすごいわね」
「何処がだい?」
「だって、何でもない小道具だけで、あそこまで色々な人物を演じられるなんて。ちょっと信じられないわ、私の変装がどれだけ可笑しかったか思い知らされる感じかしら?」
今日見た旅芸人達の芝居は、それほど優れた物では無かったと思いますが、クリシャルナにとっては何か感じる物があった様です。老婆の格好で、颯爽とした振る舞いをしてしまうクリシャルナには、良い手本だったのかも知れません。
「でも、人間って不思議ね。ちょっと前にこっそり人間の町に行った時には、すごい騒ぎになったんだけど、今では普通に私が受け入れられるなんて、思っていなかったわ」
「まあ、今でもちょっとした騒ぎにはなると思うよ」
ちょっと前と言うのが、何年前なのか聞きたくなりましたが、聞かぬが花なのでしょうね。
「この町は特別と言う事? それとも貴方と一緒だったからなのかしら?」
「さあ、どうかな? 明日また、一人でここに来て見ると分かると思うよ」
「いいの? 本当に?」
「ああ、今日の君の振る舞いを見させてもらったけど、君なら大丈夫だと思う」
「ありがとう!」
そう言って、クリシャルナは僕に抱きついて来ました。このフレンドリーエルフにも困った物ですね。クリシャルナは翌日から、元気に一人で町に出かける様になりました。僕としてはこっそり護衛を付けた訳ですが、それも報告によると全く必要無かったそうです。
クリシャルナは、芝居をいたく気に入った様で、旅芸人の一座に弟子入りして、修行を始めてしまいました。代官の屋敷に部屋を用意したので、帰って来ては修行の成果を報告してくれるのを聞くのは、ちょっと面白い物でした。逆に町の人達も、エルフに対する偏見を、完全に捨て去った様です。
まあ、一座の人達から演技?について酷評されて、半泣きになりながら大通りを駆け抜けていく姿を見れば、大抵の人が微笑ましく思うのでしょうね。
数日後、クリシャルナが妙な事を聞いてきました。
「ラスティン、少し聞きたいんだけど、エレオノールって誰?」
「ん? 僕の婚約者だけど、何処でその名前を?」
「うん、ちょっと町で小耳にはさんだの。その歳で婚約者が居るなんてすごいわね」
「そうかな?」
「私も後200年位したら、婚約者が出来るかもね」
クリシャルナは町でどんな噂を聞いたんでしょうね?
ちなみに、ローレンツさんの紹介状にあった、”ラスティン殿のお役に立つと思います”は、今のところ、意味不明な言葉だったりします。
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