第55話 ラスティン19歳(カグラ・ミナモト来る:後編)


 僕は、カグラさんを連れて屋敷まで戻ると、そのまま応接室に向かいました。カグラさんは、応接室で一対一になると、


「ラスティン様、約束ですよ。良い事というのを教えてください」


とせがんで来ました。


「そうですね、でもカグラさんには是非聞いて欲しい事があります。実はカグラさんに、良い事を教えるに当たって、決心した事があります」


「決心ですか?」


「そう決心です。カグラさん、貴方とジョゼフ王子を何としてでも殺すと言う決心です」


「ヒィッ!」


 カグラさんが、しゃっくりの様な短い悲鳴をあげました。それはそうでしょう、この時僕はほとんど本気で殺気を放っていたと思いますから。


「もちろん、無条件で貴方を殺そうなんて言いません。ある条件が整ってしまった時だけです。その条件と言うのを知りたいですか?」


「・・・、はい」


 カグラさんは、声にはっきりと怯えを滲ませながら、それでも答えてくれました。


「その条件は、ジョゼフ王子が貴方を道具として何かを命じて、そして貴方がそれを受け入れた時です。その時、僕は全てを捨てて、貴方達にとっての死神になります。はっきり言って、先程貴方が指名した女生徒は僕が送る監視役です」


「ラスティン様には、沢山の優秀な部下がいると聞いています。彼らも私の命を狙ってくるのでしょうか?」


「いいえ、これは僕個人の問題です。彼らには一切干渉させないこと約束しましょう。ですが、僕、いえ僕と僕の使い魔は手強いですよ」


「ふふっ」


 僕はかなり本気で言ったはずなのですが、カグラさんからは何故か笑い声が零れました。あれ?迫力不足だったんでしょうか?


「ラスティン様は、ジョゼフ様がおっしゃった通りの方なのですね」


 ジョゼフ王子には、かなり生意気な事を言った記憶があるので、彼が僕の事を何と評しているかは大体想像がつきます。僕は黙ったままでしたが、カグラさんは気にした様子も無く、話を続けました。


「あの方は、ラスティン様の事を、”あの馬鹿者”と言うんですよ」


 カグラさんは何故か”あの馬鹿者”の所を、ジョゼフ王子の口真似らしきものまでして、嬉しそうに話してくれました。あのカグラさん?貴方の国では知りませんが、こちらでは、馬鹿者と言う言葉に、言われて喜べるような意味は全く無いんですよ?(あ!でも昨日僕はジョゼフ王子の事をロリコン認定していましたね、まあお互い様と言った所なのでしょう)


「あの方の周囲は、敵だらけなので、言動にはかなり気を使っていらっしゃいます。セザール様や、バルドー子爵様といった気を許せる方々もいらっしいますが、あの方は彼らの前でも、決して言葉遣いを崩したりなさいません。ですが、私と二人っきりの時には、時々愚痴を零されます」


 何か惚気話になって来た気がするのは気のせいでしょうか?


「その時、弟のシャルル様や、その取り巻きの貴族の方々を、あの方が”馬鹿”と表現される事がありますが、ラスティン様の事を、”あの馬鹿者”と呼ぶ時とは、全く感じる物が違うのです」


 主と使い魔の関係を考えると、カグラさんの言う事は本当なのでしょう。あのジョゼフ王子が僕の事を好意的に考えているとは信じられないですが。


「いいえ、私が言いたいのはそんなことでは無くて、ラスティン様が、優しくて、真っ直ぐで、責任感の強い方なんだと、私が感じたということなのです」


 カグラさんの言葉を聞いて、思わず顔をしかめてしまいました。少なくとも貴方を殺すぞと宣言した人間を評する言葉で無いのは確かです。


「そんな嫌そうな顔をなされなくても。それより、そろそろ、良いことというのを教えて下さい」


「分かりました、ですが最後にお願いです。これからお教えすることについて、僕に一切尋ね事をしないで下さい」


「はい、お知恵を借りられるだけでも、助かりますから」


 ここでは、本当なら、最後の意思確認を行う所なのでしょうが、カグラさんの笑顔を見ていると馬鹿らしくなってしまったので、省略する事にしました。僕は、上着のポケットから、ある物を取り出して、カグラさんに見せました。


「何ですか、この石は?」


「これは、会議の時に使う、マジックアイテムです。カグラさんは見たことが無いですか?」


「そういえば、バルドー子爵様がお持ちになっていたかも知れません。その時は何故、石を大事に持ってるんだろうと思いました、マジックアイテムだったのですね」


 あれ?魔法大国のガリアなら、これ位の物ならゴロゴロしていそうなんですけどね?


「でも、ジョゼフ様は、マジックアイテムがあまりお好きでは無い様なのです」


 お!これは良い事を聞いたかも知れません。カグラさんが今まで、ミョズニトニルンの力を自覚しなかったのは、ほとんど王宮に居なかった事と、ジョゼフ王子がマジックアイテム嫌いだったせいなのかも知れません。


「カグラさん、貴方にお教えできるのは、ジョゼフ殿下が嫌いなマジックアイテムに関する事なのですが、それでも構いませんか?」


「はい、あの方がマジックアイテムを嫌うのと、私があの方に何かして差し上げたいと言う気持ちは別ですから」


 こう言い切った、カグラさんを見て、この”シェフィールド”なら大丈夫という予感がしました。


「では、カグラさん。このマジックアイテムを手に取って下さい」


 カグラさんは、僕の手の中の”石”を恐る恐る手に取ります。すると、カグラさんの長い前髪の隙間から、ルーンが輝いているのが確認出来ます。


「これが、私の力・・・」


 カグラさんが、呆然としながら声を出すのが分かりました。


「そうです、それが貴方の使い魔としての能力です。何が分かりましたか?」


「はい、これは”音の記憶者”と呼ばれる、マジックアイテムなのですね。働きは、周囲の音を蓄えて、再生するですか。あれ、でも?」


「え、どうかしましたか?」


「いいえ、何でもありません」


 さすが、ミョズニトニルンの力ですね。機能だけなら兎も角、名前まで分かるとは思っていなかったです。


「でもどうして、ラスティン様は、私の力についてご存知だった、あ!これは聞かない約束でしたね」


「はい、そうして下さい。それから先程、私が言った決意は、何時でも有効ですから、心がけて下さい」


「はい!分かってます」


 うーん、何故嬉しそうなのでしょうか?カグラさんの思考が読み切れないのが不安要素ですね。でもカグラさんならば、ミョズニトニルンの能力を建設的な方向に使ってくれると思います。


 カグラさんは、余程ミョズニトニルンの能力が嬉しかったのか、翌日には使節とは別にガリアに戻って行ってしまいました。護衛は、魔法兵団から出す事になってしまいました。


===


 その翌日に、ローレンツさんが、カグラさんの友人候補の女生徒を連れて、ワーンベルを訪ねてくれましたが、カグラさんがもうガリアに発ったと聞いて呆れていました。その女生徒(クロディーという名前でした)は、1度ワーンベルで預かって、ガリアの使節と同行してもらう事になりました。


「クロディー、貴女には、大変な事をお願いする事になってしまって、申し訳ありません」


「いいえ、ラスティン様、頭をお上げ下さい。私はもともとガリアという土地に興味があったのです。学校を卒業したら、外交官の助手にでもなってガリアを訪問する予定でしたから。少し予定が早まったと思えばどうという事は無いですよ」


 クロディーとしては、外交官としてガリアに行きたかったのでしょうが、外交官は基本的に貴族なのが前提なので、助手と言っているのでしょう。


「でも、王子様付きの女官なんて、少し信じられません。これで、宮廷作法を覚えたのも無駄にならなかったですね」


 王子様付きにあまり期待しない方が良いと思いますが、宮廷作法まで覚えていたのには驚きました。外交官の夢は本気だったんですね。僕はとある人物(まあ偽りの兄ですね)から聞いた、外交官の話などをクロディーに聞かせました。一頻り外交官の裏話で盛り上がった所で、


「ラスティン様、それにしても私は、カグラちゃんの友人になれば良いだけなのですか?」


 かっ、カグラちゃんだと!この僕もこっそり心の中でしか呼んでいないのに、こんなに簡単に!


「え、ええそうです。カグラさんは、ガリアでも重要な人物になるはずです。その人物の動静を知っておくのは、我が国としても必要な事ですから」


「あのカグラちゃんが、重要な人物ですか? でもそれなら、スパイなどを送り込む方が良いのでは?」


「無論、スパイも公式の使節も送り込んでいますし、これからも送り込む事になるでしょう。ですが、貴女にお願いしたいのは、そういう事では無いのです。貴方に頼みたいのは、カグラさんの友人として、彼女が不幸になる可能性を出来るだけ低くして欲しいのです」


「ラスティン様には、婚約者の方がいると聞いていましたが?」


「もちろん僕が愛しているのは、エレオノールだけですよ。カグラさんに感じているのは、妹やペットに感じる様な保護欲といったら良いかも知れません」


 エレオノールの名前が出た所でクロディーの顔が少し悲しそうになりましたが、それ以降の話を聞いて、その表情ががらりと変わりました。


「やっぱりラスティン様も、カグラちゃんの事は可愛いと思いましたか?」


「ええ、もちろん!あのコンパクトさが何とも」


「そうですよね!私なんかこの通り背が高くて損をすることが多いので、本当に羨ましいです」


「それに、あの髪、素敵だと思いませんか?」


「そうそう、黒髪なんて珍しいですけど、つやつやでしたからね」



 こうして、僕とクロディーの間には、本人の全く知らない所で、”カグヤちゃんを守ろう”同盟が結ばれたのでした。


 それにしても、カグラさんの事を考えると、使い魔と主人の関係について考えさせられますね。キュベレーにも、今度、調査から帰って来たら、何かプレゼントを贈る事にしましょう。小さめのブレスレットをイメージすると丁度良いのかも知れません。問題は、キュベレーがそれを身に着けられるかですね。

 結局用意した、というか錬金したブレスレットは、案の定キュベレーが身に着ける事が出来ずに、キュベレーが首飾りを精霊化?という事をすることで、やっと渡すことが出来ました。

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