第43話 ラスティン17歳(2年目-ドキドキが止まらない)


 僕も無事に2年に進級することが出来ました。昨年度は、入学早々に起した決闘騒ぎのおかげで、同級生からは避けられ、上級生には目を付けられて、あまり楽しい1年ではありませんでした。ですが、今では親友と呼べるエルネスト・ド・オーネシアとの出会いは最大の収穫と言えるかも知れません。

 他にも下級貴族の子弟に友人と呼べる生徒達も何人か出来ました。彼らは僕の本当の素性については知りませんが、それでも貧乏貴族の”スティン・ド・マーニュ”としての僕と友人になってくれる貴重な貴族なのです。こうして1年間、普通の貴族の子弟の中に混じって生活していると、自分の(あるいは、レーネンベルク家の)考え方が、いかに異端なのか思い知らせれる事が多いだけに、親友,友人の存在は、本当にありがたい物です。


 冒頭で無事に進級出来たと言ったのには、訳があります。魔法学院の1年で習うのは、コモンマジックと本当に初歩の系統魔法です。これらの授業を受けるのは、僕には苦痛だったと言えるかも知れません。特にコモンマジックに関していえば、僕は師匠以上に上手い教え方をするメイジを見た事がありません。次点で弟のノリスにコモンマジックを教えていた、マリナ先生でしょうか?

 学院の教師の質が悪いとまでは言いませんが、もっとマシな教え方があるだろうと感じてしまうのは仕方がないかも知れません。現に友人の中には、僕がこっそりとコモンマジックを教えて、格段に魔法が上手くなった生徒もいます。(何故かその友人は、2度と僕に魔法を教わろうとしませんでしたが)

そんな僕が、まともに授業を受けるはずも無く、教師からの受けは最悪でした。実技だけは飛び抜けて優秀だったので何とか進級出来たと言えるかも知れません。(あるいは落第や退学させる理由が見出せなかったのかも知れません)


 2年に進級して最初のイベントといえば、”春の使い魔召喚の儀式”と言えるでしょうが、僕にはその前にとても重大なイベントが起こりました。それは新入生歓迎の会の会場で起こりました。今年入学してきた新入生の中に、見慣れた、それでも思ってもみなかった生徒の姿を見つけてしまったのです。

 彼女とは会場でしっかりと目が合ったのですが、まるで知らない人間を見るように、直ぐに視線を逸らされてしまいました。僕が学院では、別人を装っている事は話してあったので、僕の芝居に付き合ってくれるつもりの様です。その日の授業には、ほとんど耳に入らなかったです。エルネストも彼女に気付き、驚いて僕の方を見ましたが、ただ首を振るしかありませんでした。ですが、エルネストに頼んで、後で彼女を中庭に呼び出してもらう事は忘れませんでした。(今のエルネストなら彼女に近づいても、おかしくはないですからね)


 僕は1人、薄暗い夜の中庭に出て、彼女が来るのを待ちます。しばらく待つと、静かな足音が近づいて来ました。


「エレオノール、こっちだよ」


 そう声をかけると、彼女は足を速めて、僕の方に駆け寄ってきました。そして僕の直ぐ横に腰を降ろすと、


「スティン兄様、驚きましたか?」


と嬉しそうな声で尋ねてきました。


「うん、そうだね。すごく驚いた」


「あまり嬉しそうな声じゃないですね。久しぶりに会えたのに、兄様は嬉しくないんですか?」


 エレオノールは少し不満そうな声でした。


「久しぶりって、君とは2週間程前に会ったばっかりだったと思うけど?」


「もう、そう言う意味ではありません。こんな夜に2人っきりで会うのが久しぶりという意味です。兄様ったら、こういう雰囲気とかには鈍感なんだから」


 何か不本意な事を言われています、まあ、鈍感なのは否定出来ませんが。


「そうだね、こんな状況にいると、僕が君にプロポーズした時のことを思い出すね」


 仕返しにこんな事を言ったら、エレオノールからの反応が無くなってしまいました。しばらくすると、


「もう、兄様ったら、そんな話を持ち出すなんてずるいです。私ばっかりドキドキするなんて不公平です!」


と言い出し、僕の腕をつねって来ました。


「あっ!」


 エレオノールがこんな声をあげたのは、僕が彼女の手に触れたからです。(決して変なところを触った訳ではありません)

僕はゆっくり、エレオノールの手を自分の左胸に持って行きます。


「あ!兄様の胸もドキドキしてます」


「分かったかい?」


「はい、私達一緒だったんですね」


 これを聞いた後、肩に重みを感じました。エレオノールが頭を、僕の肩にちょこんと乗せて甘えて来ている様です。エレオノールの髪からは、少し甘い香りが漂って来ます。僕も若い男です、こんな事をされて、冷静で居られる訳がありません。ですが、その気持ちを押させて無理に冷静になります。僕はエレオノールとの関係を急ぐつもりは全くありません。エレオノールの心と身体の準備が整ってから、事を進めるつもりです。今は触れる様な軽い口付けを交わすだけで我慢しておきます。


「スティン兄様、私が学院に来て迷惑でしたか?」


 不意にエレオノールが、そんな事を聞いてきました。


「何故だい?」


「兄様はさっきから、何か考え込んでいますよね?」


「そうだね、僕の予定だと、君は来年入学してくるはずだったから、少し予定を変えないといけないからね」


「済みません、どうしても兄様と少しでも長く一緒に居たかったんです。本当は去年から入学したかったんですけど、お父様に止められてしまって」


「君と一緒に居たいという気持ちはもちろん同じだよ。ラ・ヴァリエール公爵のおっしゃることも、もっともだしね。そうだ、君に頼みたい事があるんだ」


「何ですか?」


「君には今日の歓迎会の時の様に、僕を全く知らない人間の様に振舞って欲しい事。そして、僕について、どんな噂を聞いても、気にしないで欲しい事かな?」


「兄様が、”スティン・ド・マーニュ”という架空の人物を装っているのは聞いていましたから、知らない人として振舞うのは、我慢します。ですけど、どんな噂が流れているんですか?」


「そうだね、例えば、”入学早々決闘騒ぎを起したしかも相手を退学に追い込んだ”とか”魔法薬を平民に売りさばいて、小銭を稼ぐような貧乏貴族”とか”授業をまともに聞かない不良生徒”とかかな?」


「ふふっ」


 僕が自分にまつわる噂の例を挙げると、何故かエレオノールは嬉しそうに笑い声をあげました。


「どうして笑うんだい?僕の為に怒ってくれるかと思ったのに」


「いえ、兄様らしいなと思っただけですよ。当ててみましょうか?多分、決闘騒ぎの原因は平民の方が原因でしょう。魔法薬については、兄様に儲けなんてほとんど入っていないでしょう。それに多分、兄様は自分が土のスクエアメイジだということを隠していますね」


 エレオノールの指摘した事は、ほぼ正解ばかりだったので、僕は言い返す言葉がありませんでした。


「その様子だと、大体当たっているみたいですね。何故そんな面倒な事をしているんですか?」


「そうだね、父上に無理やり学院に入れられた事への意趣返しと、普通の貴族がどんな物か、この目で確かめたかったからかな?」


「そうですか、私も兄様と同じ様にすれば良かったな?」


「ははっ」


「何で笑うんですか?」


「君が経歴を偽っても、直ぐにばれてしまうよ。君の顔は有名過ぎるからね」


「やっぱりそうですか、今日も自己紹介をする前から、ミス・ヴァリエールと呼びかけられたのは、少し嫌でした」


 エレオノールはそう言って、肩をすくめた様子です。


「仕方が無いよ、ラ・ヴァリエール家は有名過ぎるからね」


「兄様の魔法兵団や、ワーンベルだって有名じゃないですか!」


「その辺りは、対外的には全部父上の功績になっているからね。社交界にも全く顔を出していないから、僕の顔を知っている貴族はほとんど居ないんだよ」


「何か納得がいきません!でも、兄様が夜にこうして会ってくださるなら我慢します」


「うん、出来るだけ会える様にするよ。エルネストに伝言を頼む事になるけど」


「エルネスト様が、カトレアの治療をされていることは、公然の秘密ですからね」


「そういうことさ。じゃあ今晩はここまでかな。おやすみ、エレオノール」


「あ!兄様」


エレオノールは不意に僕に呼びかけてきて、今度は彼女の方から軽いキスをしてきました。呆然としている僕を置き去りにして、


「おやすみなさい」


という声だけを残して、彼女は女子寮の方へと歩いていってしまいました。


 こんな事が後2年も続くのかと思うと、我ながら自分の理性が心配です。


===


 そうそう、肝心な話を忘れていました。年度末の休暇で、レーネンベルクに戻っていた時に、ローレンツさんが、僕の事を訪ねて来てくれました。公立学校の状況を色々教えてくれました。概ね順調で、上級学校も何とか準備が出来たそうです。何人か非常に優秀な生徒がいたそうなので、将来がとても楽しみです。


 後、忘れてはいけないのが、ガリアの状況です。両王子が、それぞれ農村を任されて事までは聞いていましたが、その先の展開が非常に気になっていた所だったのです。ローレンツさんによると両陣営は、


・ジョゼフ陣営

 平民の土,水メイジを役人として、積極的に採用したということです。これで、農作物の収穫量を向上させる計画だった様です。ジョゼフ王子もさすがに領主としての任期が1年だとは予想していなかったらしく、かなり強硬に”領地替え”に反発したそうです。

 気持ちは分からないでも無いです。1年が過ぎて、ようやく次の収穫で結果が出せるという時に、領地を取り上げられる事になるのですからね。シャルル王子側も同じように”領地替え”が行われる事を確認した上で渋々”領地替え”に同意して、次の任地に移ったという事です。

 ローレンツさんの印象では、ジョゼフ王子は、まだ領地経営争いのからくりには気付いていないそうです。仔細は分かりませんが、多分ロベスピエール4世が何らかの工作をしたのでしょう。

 余談ですが、ローレンツさんの2人の息子さんがジョゼフ王子と対面したそうなのですが、どちらも簡単に追い返されてしまったそうです。仕方なく、娘婿のセザールという人を送ったら、今度は逆に気に入られて重用される様になったと、ローレンツさんは苦笑しながら教えてくれました。


・シャルル陣営

 ローレンツさんに言わせると、貴族連合と言った方が適切らしいです。こちらは、対象となった農村の気候が良い事を気に入ったのか、貴族達が挙って別荘を建築したそうです。彼らにとっては、例えシャルル王子が王位につかなくても、大公領として下賜され、協力したことを盾に、いずれは自分達の物になると考えていたのでしょう。取らぬ狸の何とやらですね。

 ”領地替え”の話を聞いて、貴族達がどれほど慌てたか、想像するだけで面白いですね。1年しか統治していない土地が大公領になるとは思えませんから、貴族達はシャルル王子に何としても勝ってもらわなくてはならなくなった訳ですね。

 気になるのが、シャルル王子自身がどんな統治をしたのかが全く分からない所です。


 ちなみに今年は、山村が舞台になるそうです。去年は、話を聞いた限り、僕に参考になる様な事業は行われていなかった様なので、今年こそ面白い勝負になることを期待したいです。


後、ローレンツさんには、少し変わったお願いをしたのですが、これについては、結果が出るのを待つしかないと思っています。

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