第41話 ラスティン16歳(1年目-運命の出会い、ただし相手は男)


 そう、それはほんの些細な気まぐれでした。明日からの謹慎のことを考えれば、真面目に授業を受ける気にならなかったのと、外の空気を思いっきり吸っておきたかったというのが実際のところかもしれません。

 授業中ということもあり、誰も居ない中庭を散歩するのは、気分が良い物でした。


「♪?」


 そんな僕の耳に何処からか微かに口笛の音が届きました。誰だろうと思って、口笛のするほうへ向かうとその口笛が奏でる曲が、何なのかはっきりしてきました。この曲は!そう思った僕は、慌てて口笛を吹く人物の下へと急ぎました。


「ミスタ・オーネシア!」


 そこには、ミスタ・オーネシアが、突然現れた僕に驚いていました。


「君は、ミスタ・マーニュじゃないか。そんなに慌ててどうしたんだい?」


「今、口笛を吹いていたのは君かい?」


「ああ、そうだけど、それが?君こそ、授業中にこんな所でどうしたんだい?」


「それは、君だって同じ事だろう?」


「僕?僕は特別だからね」


 そう言うと、ミスタ・オーネシアがまたあの曲を口笛で吹き始めました。その様子は何処か憂鬱さを感じます。ミスタ・オーネシアの言うとおり、彼は学院で特別な存在と言っていいでしょう。あまり人の事は言えませんが、1年でスクエアメイジとなると学院側としても扱いに困る様です。

 教師のほとんどがトライアングルなのですから、スクエアメイジに魔法を教える事に躊躇してしまうのも仕方が無いのかもしれません。自然と、ミスタ・オーネシアは授業に参加しない事が多くなります。彼は何の為に学院にきているのでしょうね?

 いえ、今はそれより確かめなくてはいけない事がありました。僕は、ミスタ・オーネシアの隣に立って、対抗する様に、口笛を吹き始めます。

 ミスタ・オーネシアは僕の口笛を聞くと、驚いて立ち上がりました。これで決まりの様です。


「ミスタ・マーニュ!今のは”ホントノキモチ”なのか?そうすると君も僕と同じ」


「そうだよ、僕達は自分たちのことを転生者と呼んでいる」


「そうか、僕と同じ境遇の人間が他にも居たんだね」


 ここまで話した所で、ちょうど授業が終わった様で、中庭にも生徒が出てきたのが分かりました。


「話の続きは、僕の部屋でしよう。寮の入り口を入って直ぐの部屋だから直ぐに分かると思うよ」


「ああ、夕食が終わったら早速行かせてもらうよ」


 それだけ、話をしてミスタ・オーネシアと別れる事にしました。

 僕はそれから、謹慎の期間を有意義に過ごす為に、川原まで行って石を拾って来ました。足りなくなったら、仲良くなった使用人の人に頼んで、拾ってきてもらう事にします。夕食を終えて、部屋に戻って来ると、部屋の前でミスタ・オーネシアが待っていました。


「待たせちゃったかな?」


「いいや、そんなことはないよ」


「そういえば、ミスタ・オーネシアを食堂で見かけた記憶がないんだけど」


「ああ、我侭を言って、料理を自室に運んでもらっているからね」


 何やら事情がありそうですが、今はそんな事を話す場ではないので、早速本題に入る事にしました。先ず情報交換という事で、お互いの前世の経歴について話すことになりました。

 ミスタ・オーネシアの話では、彼は下村清春という男性で、病院で研修医として働いていて、ある手術を行っている最中に目の前が真っ暗になり、そのまま記憶が途切れてしまったという事でした。彼の見解では、手術に使用した特殊なガスによる中毒ではないかという事でしたが、自分の死因などより、今が大事だという考えは同意できるものでした。

 その晩の話はそれで終わってしまいましたが、それから毎晩の様にミスタ・オーネシアは僕の部屋を訪ねてきてくれました。昼は魔法宝石(マジックジュエル)や魔法薬の作成、夜はミスタ・オーネシアとの話し合いで、謹慎中に不謹慎かもしれませんが、意外と有意義な1週間でした。ミスタ・オーネシア(いえ、今ではエルネストと呼ぶ事が多いのでエルネストと呼びましょう)から聞いた話をまとめると、以下の様になります。


・前世の名前は下村清春で、病院の研修医。専門は外科だが、僻地医療に興味が

 あったらしく、様々な医療知識を持っている。

・医学部時代にゼロの使い魔にはまる。アニメも人目を気にしながら鑑賞した。

・5歳の頃、前世の記憶を思い出す過程で、半年ほど生死の境を彷徨った。

・魔法を習い始めると、水系統が得意だという事が分かり、熱心に勉強をした。

・貴族、平民に関わらず、魔法による治療を毎日の様に続けていたら、気付かない

 内にスクエアメイジになっていた。

・スクエアメイジになり、名前が売れてくる様になると、両親がエルネストの力を使って、

 影響力を高めようと画策し始めた。

・そんな両親の行動を嫌って最近では、魔法による治療を行っていない。

・それでも治療の話を持ってくる両親に飽き飽きして逃げるように、魔法学院にやってきた。


 両親の話辺りは、かなり話しにくそうでしたが、僕にかなり気を許してくれたのか、なんとか聞き出す事ができました。

 当然、エルネストに僕の事を話した訳ですが、スティン・ド・マーニュとしての経歴に、実際の両親の事を混ぜて話すことにしました。僕の直感では、エルネストの事は信頼出来ると思うのですが、もう少し彼の人柄を知ってから、事実を話したいと思います。出来れば、彼にあの娘の病気について意見を聞きたいですからね。


 ちなみに、エルネストの二つ名が<癒し手>だということを聞いて、彼の名前を何処で聞いたか思い出しました。母上が、最近腕を上げてきた治療魔法が得意な水メイジがいるという噂をしていたのですが、それがエルネストのことでした。

母上で思い出しました、エルネストと雑談をしていたら、何故か尊敬する人物という話題になり、彼は、


「僕が尊敬しているのは、<快癒>のリリア・ド・レーネンベルク様かな」


と言い出したのです。突然母上の名前が出たのに驚いてそれを隠そうとした僕の表情を見て、彼は怪訝そうな顔になり、


「まあ、スクエアの僕がトライアングルのリリア様を尊敬すると言うのも変かもしれないね。だけど医術というものは、腕だけではないんだよ。何というかな?医師、いやメイジが持っている雰囲気の様な物で、患者の受ける治療の効果はかなり変わって来るんだ。その点に関しては、僕はあの方の足元にも及ばないかも知れないんだ」


と熱心に語ってくれました。機会があれば、母上と会わせてあげる事にしましょう。


===


 そして、謹慎の1週間も最後の晩になりました。今晩もエルネストが部屋にやって来て、今日の授業の事などを話してくれました。僕は、エルネストにある提案をしてみる事を計画していました。


「エルネスト、君は最近魔法による治療を行っていないんだね。もしかして、病気や怪我で困っている人を助けるのが嫌になってしまったのかい?」


「そんな事はない、だけど、エルネスト・ド・オーネシアという名前を出せば、両親の思う通りになってしまうと言うのが納得できないんだ」


「そうか、ところで君はレーネンベルク魔法兵団を知っているか?」


「この国でその名前を知らない人は少数だと思うけど、それが?」


「魔法兵団の水メイジたちが、町や村を巡回して治療行為を行っている事は?」


「ああ、何度か手を貸してもらった事があるから、知っているよ。さすがは、リリア様の夫レーネンベルク公爵と言ったところだね」


 話が脱線しそうな気配なので、強引にこちらの話を進めます。


「その魔法兵団の水メイジとして、町に出て治療行為をしてみないか?オーネシアの名前が出なければいいんだろう?」


 エルネストは僕の提案に驚いた様子でしたが、少し考え込んでしまいました。


「平民メイジとして、治療行為をするのが嫌なら仕方がないけど?」


「いや、そんなことは気にしない。だけど勝手に魔法兵団を名乗って治療行為をするのはまずいんじゃないかな?僕達の様な子供が、魔法兵団の人間だと言っても信じられないとも思うし」


「そう言うと思った、実はこんな物があるんだ」


 そう言って、僕は机の引き出しから、小さな銀のバッジを取り出し、エルネストに渡します。


「これは?」


「レーネンベルク魔法兵団のバッジだよ。これを僕にくれた人によると、”盾と山羊”はレーネンベルク公爵家の紋章らしいんだけど、それを意匠化して魔法兵団のシンボルにしたそうだよ。これを持っていれば、魔法兵団である事を疑う人はいないんじゃないかな?後、年齢に関しては、僕達の歳なら、魔法兵団で働いている人はいるみたいだよ。現にバッジをくれた人は、ちょうど僕達位の年齢だったからね」


「なるほど、そうなのか」


 そう言って、エルネストは繁繁とバッジを観察します。実はこのバッジ、現時点では立派な偽物なのです。理由は単純で、魔法兵団として身分を証明する必要が無かったからです。魔法兵団の活動は基本的に無報酬が原則です。団員の給金はレーネンベルク家が出しているので、金銭でのお礼などは受け取る事を禁止してさえいます。(食事をご馳走になるとか、出来た野菜をお礼として受け取る程度は黙認していますが)

 魔法兵団が無名だった頃はその名前を騙る意味が無く、有名になった現在では報酬を受け取らない事も知れ渡っているので、これまた騙る事が出来ないという訳です。ですがバッジを作って思ったのは、レーネンベルク魔法兵団の名声を貶める為に、何らかの活動が行われるかも知れないと考え、正式に採用する事にしました。偽造される心配はありますが、一応公爵家の紋章が元になっている物です。関係者以外が持っていれば罪を問うことさえ可能なので、それ程心配はしていません。そんな事を考えているうちに、エルネストは心を決めた様です。


「スティン、君の提案に乗らせてもらうよ。レーネンベルク魔法兵団を騙るのは心苦しいけど」


「魔法兵団の邪魔をしたと言うならともかく、人助けをして、レーネンベルク公爵がお怒りになると思うかい?」


「そうだね、そんな事は無いと思う」


 エルネストも何とか納得してくれた様です。まあ、実際の所、赤の他人が魔法兵団の名前を騙って、無償で治療活動を行ったとしても、父上なら怒るどころか気に入ってくれると思うんですけどね。


「あ!そうだ、君がその気になったのなら、僕も協力させてもらうよ。ラインクラスの腕で何処まで役に立てるか分からないけど、魔法薬については自信があるんだ」


「そうか!それは心強いな」


 こうして、僕達は次の虚無の曜日から、学院の近隣の町や村を回って、治療行為をする事になりました。

 平民に対して、無償で治癒魔法を使う事を厭わない時点で、エルネストの人格面では問題は無いと言えますが、水のスクエアメイジとして、そして前世が医者の転生者としての彼の腕を見せてもらう事にしましょう。



===


 次の虚無の曜日になり、エルネストの水のスクエアメイジとしての手腕を見せてもらう機会がきました。始めて目にする、水のスクエアメイジの手際でしたが、目を見張る物でした。簡単な問診をしただけで的確な処理をしていく様は、母上が治療を行っている様子を思い起こさせます。幸いにも重度の病人や重症の怪我人は居なかったですが、エルネストの水メイジとしての腕を確認するには十分でした。

 水系統ではライン(実際にはトライアングルですが)の僕には、ほとんど出番がありませんでした。出番といえば痛がる患者さんを笑顔でなだめたり、不安そうな病人を励ます為に自信がありそうな振りをするのが僕の役目でした。エルネストは治療の最中は、集中しているのかほとんど表情が無くなるので、患者さんが不安になったりするので、自然とこの配役になってしまいました。彼が、母上に憧れを持つという経緯が何となく分かった気がしました。


 その村での治療を終え学院の戻る時に、


「今日は久々に治療が出来て、充実した1日だったよ。スティンには感謝しなくちゃいけないな」


とエルネストが少し照れながら話しかけてきたのにはビックリしました。


「いや、余り役には立った気がしないんだけど」


と、半ば本気で返事をしたら、(実際、魔法薬の出番も無かったですし、僕は1度も呪文を唱えなかったのも事実です)


「いいや、君が居てくれなかったら、あそこまで効率的に治療は進まなかったさ」


とエルネストが反論してきました。


「そうだな、君には笑顔の似合う看護婦さんが必要だろうね」


「看護婦さんか?」


「そんな声を出すなよ、いい看護婦さんが見つかるまで僕が助手をしてやるから」


 こんな会話を交わしながら、学院への道をゆっくり進む僕達なのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る