第23話 ラスティン14歳(ワーンベルの現状)

 昨晩、決めた今後の方針を確認しておきましょう。


1.レーネンベルク魔法兵団の第一陣受け入れに関して

 食料に関しては、市の再開で以前の供給量まで戻す事にしました。近隣の村々に今日から早速お触れを出す事にします。最悪の場合は、レーネンベルク家の備蓄を放出する事も考えておきます。

 衣料品に関しては、幸い季節が変わったばかりなので早急に対応しなくても構わないだろうという結論です。

 住居に関しては、1度現在経営している宿屋で受け入れを行って、それから単身者であれば廃業した宿を寮代わりに提供し、妻帯者の場合は希望に応じて空き家を紹介するという方法をとります。

 商人の対応に関しては、食料にしろ、衣料品にしろ、その他の生活必需品にしろ、今後、魔法兵団が増えて行くに従い供給不足になるのは目に見えています。

 ワーンベルで商売を始める商人に安くで店舗を貸し出したり、低金利の融資を行う等の対策を打ち出していく事になりました。(こっそりローレンツ商会のエドモンさんにも連絡を入れてみましょう)


2.土地に関して

 土地に関しては、現場を見てみないとどうしようも無いという結論しか出ませんでした。立地条件から3箇所すべてに大体の使い道を決めましたが、使用に耐えるかは分かりませんからね。

とりあえず、昨日僕に同行してきた兵団の土メイジ達を現場に派遣して、更地にするのにどれ位手間が掛かりそうか見積もってもらいましょう。

 案内はそれぞれの土地を推薦した役人達に任せましょう、議事録に所属と名前まで書かれていたので、直ぐに見つける事が出来るでしょう。(議事録を書いてくれた人物はかなり優秀なようです、マルセルさんにどんな人物なのか確認してみたいですね)

 後、簡単な測量も行う必要があるでしょうね、建物を建てる時にはどうしても必要でしょうから。


3.工房に関して

 工房に関しては、少し問題があります。これは、工房自体の問題というより、鍛冶ギルドとの対応をどうするかという問題になっていきます。以前、この町の鍛冶ギルドはかなりの権力を持って現在も力が落ちたとはいえ、この町での影響力を軽視する訳には行かないと、マルセルさんからも注意を受けています。(個人的には、代官権限でギルドの活動自体をプチッと潰してしまいたいのですが)


 近日中にギルドの代表者と話し合いの場を持つ事にしましょう。とりあえず、廃業した鍛冶屋の工房を買い上げと、町の南側の倉庫群を借りて工房化することで対応することにしました。


===


 朝から各部署の代表を呼び出して、方針に従って色々指示を出しました。これでひと段落かなと思っていると、マルセルさんが書類を山のように持ってやってきました。


「こちらが、代官の決裁が必要な書類になります。そしてこちらが、補佐の権限で代理決裁を行った案件の資料です目を通しておいて下さい。そしてこちらが至急対応が必要な案件になります」


 そう言って、次々に書類を差し出してきます。この様子では、今日は書類と格闘して終わりそうですね、町の様子をもう少し詳しく眺めておきたかったのですけど。


「ふぅ、こんなにあるんですか?魔法兵団関係の書類整理はやっていますけど、ここまでの量はさすがにやった事が無いですね、マルセルさん手伝ってもらえるんでしょうね?」


「私は商人との交渉の方と視察に行って来ようと思っていますが?」


 うぅ、僕だけでこの書類の山と格闘するんですか、泣けて来そうです。


「そうですね、いきなりでは大変でしょうから、助手を付ける事にしましょう。非常に優秀な女性ですよ」


 マルセルさんはそれだけ言うと、執務室を出て行ってしまいました、予定が押している様です。それにしても助手ですか、マルセルさんが手放しで褒めるんですから、相当に優秀なのでしょう期待しておきますか。


 僕は、補佐の権限で代理決済を行った案件の資料から手を付ける事にしました。2枚の書類の内容を確認し終えると、ドアが控えめにノックされました、助手さんの到着ですかね。


「どうぞ」


と僕が返事をすると、1人の女性が部屋に入ってきました。議事録を取ってくれていたあの女性でした。改めて見ると、かなり美人な方ですね。年齢は20代後半でしょうか、蜂蜜色の髪をポニーテールにしています。

 身長は170サント位でしょうか、昨日は座っていたので気付きませんでしたが、現在165サントの僕よりも長身です。(僕はまだ成長期ですから、負けても悔しくないですよ?)

 第一印象は、知的な感じですね。(エレオノールが成長したらこんな感じの女性になるかもしれません)


「こほん」と女性が咳払いをしました。まじまじと見詰めすぎたかもしれません。


「マルセル様から、ラスティン様のお手伝いをする様に言われて参りました。セシルと申します」


「未熟な僕の為にわざわざ来ていただいてすみません、ラスティン・ド・レーネンベルクです、よろしくお願いします」


 僕は出来る限り丁寧な挨拶をしたつもりなのですが、セシルさんの反応は良くありません、と言うかかなり悪い気がします。何故でしょうね?でも仕事はきちんとやってくれることは、昨日で確認済みなので、あまり気にしない事にしましょう。


「手伝ってもらいたいのは、書類を片付ける事です。僕の決裁が必要な書類と、補佐権限で決裁済みの案件の確認と、緊急対応が必要な案件です。決裁済みの案件の確認は幾つか見てみましたが、詳しい数字等はさっぱりです」


 セシルさんは冷めた目付きで僕を見詰めながら、


「では緊急対応が必要な案件から片付けて行きましょう」


と言いました。僕が情報不足で後回しにした物から行くんですね、緊急ですから当然ですか。セシルさんの助言を受けながら、緊急対応が必要な案件を順番に処理して行きます。


「これは、採掘者の組合と鍛冶ギルドの調停ですか、この2つが仲違いしているなんて意外ですね」


「この2者の不仲は最近になって問題になって来ていますね、採掘者の組合では必要な量の鉱石を採掘しているという主張ですし、鍛冶ギルドでも製錬を行っている人々からは鉱石の質が落ちたと苦情が出ています」


「なるほど、採掘者の組合については魔法兵団でもお世話になるので優遇したい所ですね、製錬を行っている人々は鉱山の現状をどの程度理解しているのでしょうね?」


「私が話を聞いた限りでは、現状を受け入れ切れていない人ばかりでした、良質な鉄鉱石が産出されていた過去から抜け出せないようですね」


「過去の栄光では、今日の食事は賄えないんですけどね」


 セシルさんの目が細められて、


「彼らを切り捨てますか?」


と言う、シビアな質問が口に出されました。僕は、あまり急速な変化は不平等を生み出すと考え、


「鉄鉱石の質に関しては、魔法兵団の方で何とかします、ですがそれも一時しのぎですね。彼らには新しい道を探ってもらいましょう」


と答えました。するとセシルさんの表情が少し明るくなった気がします、もしかして試されたのかな?

 こんな感じで、緊急対応が必要な案件に関しては、対応策を決める事が出来ました。セシルさんが居なかったら、1件も処理出来なかった気がします。


 次は重要度から言って、僕の決裁が必要な書類の認可ですね。引き続き、セシルさんの意見を聞きながら決裁を進めて行きます。セシルさんは細かな数字まで納得行かなければ、担当の役人を呼び出してまで内容を確認して行きます。僕はこの辺りになると付いて行くのがやっとで、数字の何処の問題があるのか説明されて始めて気付く様な状態です。うーん、役に立っていませんね、せめて話だけでもちゃんと聞いている様にしましょう。


「町から商品を持ち出す際には、仕入れ価格の10%を税として納める事になっているはずです、この書類では8%しか税をとっていない事になっています、これはどういうことですか?」


「商人達も、仕入れに苦労している様です、10%も税を取られては利益が出ないと言われては、我々も・・・」


「もういいです、あなた方は商人のしたたかさをまるで理解していません。彼らは仕入れの量が減れば、それを売値にそのまま還元できる立場にいるのですよ、そんな商人たちが、税が下がったからと言って売値を下げると思っているのですか?あなた方は忠実に定められた税を徴収する義務があります。それを怠るならば、相応の処分を覚悟なさい」


 その役人は顔色を青くしてそそくさと執務室を後にして行きました。セシルさん迫力ありますね。こんな調子で代官の決裁が必要な書類も見る見る内に片付いていきます。


 後の残るのは、マルセルさんが決裁済みの書類を確認していくだけです。セシルさんは決裁済みの書類に関しても手を抜かず、僕にその決裁を行った根拠等を丁寧に説明してくれました。その説明を聞いて思ったのですが、もしかしたら、この町の実状に関してだけいえば、マルセルさんよりセシルさんの方が詳しいかもしれないという事です。これだけの人材が、町の一役人に過ぎないとは少し信じられません。


「セシルさんは、本当にこの町について詳しいですね、もしかしてこの町の生まれなんですか?」


 僕が何気なく投げかけた質問でしたが、セシルさんは一瞬辛そうな顔をしてその後、


「この町来てからは、3年程でしょうか」


とだけ答えてくれました。うーん何でしょう、僕には言えない事でもあるのでしょうか?気にはなりますが、個人的な話かもしれません、あまり問い詰める様な話でもないですから、この場はここまでにしておきましょう。


「セシルさん、今日はとても助かりました、もし良かったら次回からも僕の手助けをしてくれませんか?」


 セシルさんは、少し迷ったようでしたが、


「ご命令とあれば、喜んで」


とだけ答えてくれました。拒否さえなかっただけでもましですね。こうして僕のワーンベルの2日目は書類と格闘するだけで終わってしまったのでした。


===


 そしてさらに翌日です。昨日の朝に指示を出した物の内、幾つかの結果が上がってきました。ちなみに昨日の書類の山が綺麗に片付いているのに、マルセルさんはかなり驚いた様子でした。(活躍したのはセシルさんなんですけどね)


 食料に関しては、近隣の農村から良い返事がもらえたようです、何とか急場はしのげそうですね。

 宿の確保に関しても問題は無いようです、ただ受け入れ人数を増やしすぎると、商売に来る商人達の宿が無くなってしまうので、その点は要注意ですね。(兵団長のマティアスに、ワーンベルへの移動は、少しずつ行う様に指示を出しておきましょう)

 商人に関しては、商人組合が魔法兵団が来る事を大歓迎してくれるそうで、ワーンベルに入ってくる物資に関しては心配無さそうです。帰りにワーンベル産の工業品を仕入れて帰ってくれれば言う事なしです。


 土地に関しては、”南西”,”北東”,”東の高台”それぞれの土地を計測した図面が上がってきました。大き目の紙に1/1000縮尺で使えそうな土地が描かれています。土地の状態に関しても隅の方に書かれていました、やはりかなり手を加えないといけないようですね。この図面を何部か描いてもらって、作る施設を書き込んでいく事にしましょう。(思ったより広い土地が確保出来そうで一安心です。)


 工房に関しては、廃業した鍛冶屋の工房を買い上げと、町の南側の倉庫群を借り受ける事は問題無さそうです。後は鍛冶ギルドとの交渉次第でしょうか?マルセルさんにお願いして明日にでも代表者と会って話をしたいと伝えてもらいましょう。


 マルセルさんに確認すると、今日は特にやる事が無いとの事だったので、土地の図面とにらめっこして作る施設の検討でもしておきましょう。

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