中身が重要なのです
前を歩いていた女の子が、すれ違った人間に財布をすられていた。すった人間を視線で追ってはいたけれど、彼女はぼうっとして動かなかった。
「財布すられてますよ」
近づいて、教えてみると、彼女は「ええ」と無感情に頷いた。
「それは、気づいて、います」
「追いかけないのですか?」
「だって……」彼女は、のろのろと答えた。「空っぽですから……」
「はぁ」
中身の入っていない財布をすったのか。あのすりも間抜けだ。
「でも、財布はいいんですか?」訊ねた。「財布は取り返さなくていいんですか?」
「要らないです。中身が重要なのです。中身は抜きました。もう用はありません」
彼女はゆるやかに首を振った。
「元々、あたしのものではないですし」
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