生きてるひと
夜、ジュースを飲もうと思って台所に来たら、そこに知らない男の人がいた。中肉中背で、髪は短く、髭は生えていない。年齢は、十代後半から二十代前半くらいに見えた。彼は食器棚の近くにぽつねんと佇んでいる。私が来たことには気がついていない様子だった。
私はぼんやりとその人を視界におさめながら、冷蔵庫の方まで歩った。ジュースのペットボトルを取り出して、ふと、コップを取りに行くには彼の傍に近寄らなければいけないと気づいた。
ペットボトルをテーブルに置き、私は台所から出た。
父の自室へ行き、煙草を吸っている父に「台所に知らない男の人がいる」と告げた。父は数秒、完全な無表情になり、それからゆっくりと頷いた。
父は私の肩をとんとたたき、「おまえはここにいなさい」と言って、部屋から、出て行った。私は言うことを聞かず、父のあとをつけた。
父はすだれを手で持ち上げて台所へ入った。私は、台所へは入らなかった。父が、低く話す声が聞こえてくる。おそらく彼に言葉をかけているのだろう。
やがて、父と男の人が台所から出てきた。父は男の人の肩に手を添えて、軽く押すように彼を玄関へ導いていった。私は廊下に取り残された。
玄関のドアが開き、閉じる音がして、ややあって父がひとりで戻ってきた。黙って歩いてきて私の肩に触れ、それから居間に電話をかけにいった。それから少しして警察のひとがきた。私も質問をされた。
「お父さん」
次の日の朝、トーストにバターを塗りながら、私は父に訊ねた。
「昨日のあの男の人、幽霊?」
父は新聞を読みながら、「いや」と言った。
「生きてるひとだよ」
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