石は要らない
「石は要りませんか」
目の前に少女が立ち、言った。ショートカットの黒髪のなかに卵型の顔を収めた、小柄で姿勢のいい人間だった。黒いシャツに白いズボンを履いている。彼女の荷物は、白いトートバッグひとつだった。
僕は、目だけを動かして車内を見回した。乗客は、僕とこの少女以外にいない。さっきまで、確か、五人くらい、いたんだけれど。
「石は要りませんか」
少女はまったく同じ調子で、同じ台詞を繰り返した。
「要らねえよ」僕は短く答える。
「何故です」
「うるさい。頼むからもう消えてくれ」
「石は、あなたの役に立つのですよ」
彼女は、白いトートバッグのなかに手を突っ込んで、なにかを取り出した。それを、僕に見えるように差し出す。
それは濃いグレーの石だった。
なんの変哲もないただの石だ。その辺に落ちていそうな凡俗な。
「ガラクタじゃねえか」僕は軽い怒りを覚えた。なのに、つい笑ってしまう。「そんなもの売りつけようとしていたのか?」
「代金は要求しません」
少女は唇だけを動かして言う。
「石を必要としてください」
「要りません」僕は声のトーンを落とした。「石なんざ役に立たない。少なくとも俺には」
座席から立ち上がり、僕は少女から逃げ出した。少女は追ってこなかった。動いている電車からは降りられないから、追われると困る、と思っていたので助かった。ガラガラの座席に座り込んで、溜息をつく。ああいうのは、ああいうのは、つよく拒絶しなければいけないと母から教わっていた。
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