べつに要らない
叔父はよく、黙って僕を連れ出した。「アヤト、ちょっと来い」と呼び出し、行き先を告げないまま映画館だの遊園地だの、飲食店だのに連れて行ってくれるのだ。正直、迷惑だと思ったこともある。でも、ありがたいとも思っていた。両親は僕を、そういう処にあまり、連れていってくれないので。
「アヤト、お前なにか好きなことはあるのか?」
ラーメンをすすりながら、ある日叔父は、僕にそう訊ねた。僕は顔を上げる。叔父の目を数秒見たあと、やっと声を出した。
「……好きなこと?」
「やりたいこととか、やってて楽しいこととか、そういうことだよ」
叔父は言う。僕は考えた。考えたけれど、よく判らなかった。
「よく判らない」と正直に言う。
「将来は何になりたい?」叔父は質問を変えてきた。「サッカー選手とかさ、作家とかさ、ミュージシャンとかさ、なんかねえの、お前」
僕は首を振った。適当に《それっぽいこと》を言うことも出来るが、もしも叔父がその答えをずっと覚えていて色々と訊かれたりしたら、面倒だ。
「そうか」
叔父は一瞬だけ、目を泳がせた。「……そうか」と、もう一度言って、手を彷徨わせたと思ったらメニューを掴んだ。「餃子食うか?」と僕を見た。べつに要らなかったけれど、僕は頷いた。
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