ほら、何も起きない
銀杏は触っちゃいけない、と言われていた。手がかぶれるから、らしい。もっとも、そう言われた頃、僕は十にもなっていない子供だったので、「手がかぶれる」というのが、どういう状態なのかを、理解していなかった。
とにかく「触るな」と言われたから、触らなかった。
僕はそういう性格の子供だった。
でも「触るな」と言われても、触ろうとする子供もいた。
「触らない方がいいよ」
僕は、屈んで銀杏を拾おうとしているそいつに、慌てて言った。話を聞いてなかったか、どれが銀杏なのかを判っていないか、のどちらかだと思った。
ところがそいつは、睨むような視線をよこして、「なんで?」と刺々しく訊ねてきた。
「手がかぶれるから」僕は答えた。
「かぶれるって何?」
「…………」かぶれる、の意味を知らなかった僕は、そこで黙り込んだ。
そいつは、沈黙した僕を笑って、さっと手を伸ばした。忠告を無視して、銀杏を掴む。そして、「ほら、何も起きない」と得意げに、手のひらの上に乗せた銀杏を見せてきた。
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