夕空

八坂ハジメ

第1話

 人通りも少なくなってきた夕暮れ。

 自宅から少し離れた公園で僕は一人、寒空の下でただただ空を見つめていた。

時刻は午後5時半。季節が冬ということもあり、空を紅く染めている1つの球体は僕のことなど御構いなしに沈み消えようとしている。

 本来ならそろそろ家に帰らねばならない時間なのだが、先ほど姉と喧嘩し、その勢いで家を飛び出して来てしまったものだから、今更何事もなかったかのように帰るなんてできるはずもない。


「どうしたもんかなぁ………」


 こうして空を眺めて、かれこれ三十分が経過しようとしていた。


 そういえば、小さい頃にも同じようなことがあった。

 あれは、まだ僕が小学校低学年くらいのとき。

 その時も姉と喧嘩して家を飛び出し、この公園に来た気がする。

 何年経っても行動が変わらないなんて、正直笑うしかない。

 確か、あの時はブランコに座りながら、これからどうしようかとブツブツ悩んでいた。

 今でもそのブランコは残っているのだが、ここ最近は子供の数が減り、公園で誰かが遊んでいるのをほとんど見かけない。

 さすがに中学生になった今ではブランコに乗ることにためらいがあったが、風でブランコがあまりにも寂しそうに揺れるので、なんとなく座ってみる気になった。

 ―――結局昔の僕は、どうやって姉と仲直りしたんだっけな。

 もう遙か前の事なのでほとんど記憶には残っておらず、今の僕はそろそろ完全に沈むであろう夕日を眺めるしかなかった。

なんだよ、置いて行くなよ。と愚痴を溢したくなったが、それはきっと的外れだ。

むしろ、早く帰れと促しているのだろう。陽の光と夜の闇の間に挟まれて僕はなんだか急かされているような気分になる。

 どんなに悩んでいる時でも、気分が落ち込んでいても、この空は昔からずっとこうだ。

 輝き続けている。

 まるで、僕の悩みを晴らしてくれているみたいだ。

 ……仕方ない。どんな顔して会えばいいのかわからないけど、だんだん空気も冷たくなってきたし、風邪を引くのは避けたい。

 ここは諦めて素直に帰るしかなさそうだ。

 そう思って立ち上がったとき――――


「……いた」


 息を切らした姉が僕の前に立っていた。


「……姉ちゃん」


 ―――思い出した。

 あの時も姉は、こうやってわざわざ探しに来てくれたのだ。


「あんた、またここにいたのね……お母さんも心配してるんだから、早く帰るよ。それとこれ」


 そう言って姉は、マフラーと手袋を差し出した。

 喧嘩したことなど、まるで気にも留めていない様子で。


「これ、僕の……」

「だってあんた、部屋着のままで家を飛び出して行ったじゃない。風邪引いてうつされても困るしね」


 不愛想な口調ではあったけど、息切れがまだ収まってないところを見ると、相当必死に探してくれたのだろう。何も言わないけれど、姉だって僕の事を心配してくれていたらしい。

 だけど、一つも文句を言わずに隣を歩いている。

 そして気が付くと既に辺りは暗く、完全に夜になっていた。

 そういえば前に姉と喧嘩し、今と同じように一緒に帰っていたときも既に空は暗かったが、不思議と安心感を覚えた。

僕はこの暗い空が嫌いではない。

 静かだから、だろうか。

 これを怖いという人もいるけれど、この静けさが逆に安心感を生み出してくれる気がするのだ。

 何も言わずに、そっと寄り添ってくれる。

 この暗い空は、どこかの誰かによく似ていた。


 ふと空を見上げる。

 今までは気にも留めなかったが、空はどこまでも、どこまでも大きく広がっている。


「なーに、どうしたの。急に空なんて見ちゃって」

「……別に。ただ、変わらないなぁって」


 その優しさも、広大さも。

 ――きっと、この瞬間もこの空は、どこかの誰かを励ましているのだろう。

 なんとなく、そう思った。

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夕空 八坂ハジメ @spart819

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