第94話東南行(3)

繡麵しゅうめん誰家婢 鴉頭あとう幾歲奴 泥中采菱芡りょうけん 燒後拾樵蘇しょうそ 

鼎膩ていじ愁烹べつ 盤腥ばんせいかいろ鱸 鐘儀しょうぎ徒戀楚 張翰ちょうかん浪思吳

氣序きじょ涼還熱 光陰旦複晡 身方逐萍梗へいこう 年欲近桑榆そうゆ

渭北田園廢 江西歲月徂 憶歸恒慘澹 懷舊忽踟躕かちゅ


どこの家のは婢女なのだろうか、その顔には入れ墨がある。

何歳の子供なのだろうか、あげまきをしている。

ヒシやミズブキを泥の中から取り、焼け残った柴や草を畑から拾い集めている。

かなえは脂まみれ、そろそろスッポン料理にも飽きた。

皿は生臭く、鑪魚の刺身は見たくもない。

鐘儀しょうぎは、こんな楚の国をどういうわけか恋しがっていたし、張翰ちょうかんも、こんな呉をやけに慕っていた。

気候にしても涼しくなったと思えば、また暑さがぶり返す。

一日だって、朝かと思えば日暮れになる。

我が身は、浮草や木切れを追って漂ってきたけれど、歳を考えれば既に黄昏だ。

郷里の渭北では、田畑も荒れてしまったと思う。

しかし、そのままで、この江西で歳月が過ぎていく。

帰りたいという思いで、心は常にボロボロだ。

昔なじみの顔を思い出すと、そのまま歩くこともできなくなる。


繡麵しゅうめん:顔に入れ墨をすること、南方の習俗。

鴉頭あとう:あげまき。子供の髪型。

菱芡りょうけん:ヒシやミズブキ。

※燒後:焼き畑の後。

樵蘇しょうそ:柴と草。

鼎膩ていじ:煮物を作るかなえが脂ぎること。

烹鱉べつ:スッポンを煮ること。

かいろ鱸 :スズキをナマスにすること。

鐘儀しょうぎ:春秋時代、楚の人。普の国で捕虜になっても楚の冠をかぶり続け、楚の音楽を奏で、故国を忘れなかった。

張翰ちょうかん:普時代の人。秋風が立つと故郷の呉の真菰やじゅんさいの羹、鱸魚の膾を思い出し、官職よりは自由を選び、郷里に戻ったという故事がある。

※光陰旦複晡:晡は日が暮れる時刻。時間の経過が早いことを表現する。

萍梗へいこう:浮き草と木切れ。

桑榆そうゆ:桑とニレ。人生の夕暮れ、黄昏を表現している。

※渭北:白楽天は渭水の北に荘園を持っていた。

踟躕かちゅ:思いが溢れて、立ち止まってしまう様子。

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