第92話東南行(1)

東南行一百韻、寄通州元九侍御・澧州李十一舎人・果州崔二十二使君・開州韋大員外・庾三二補闕・杜十四捨遣・李二十助教員外・竇校書



  南去經三楚さんそ 東來過五湖  山頭看候館こうかん 水面問征途

  地遠窮江界 天低極海隅  飄零ひょうれい同落葉 浩盪こうとう似乘桴 

  漸覺鄉原異 深知土產殊  夷音語嘲哳ごとうせつ 蠻態ばんたい睢盱きく

  水市通闤闠かんかい 煙村混舳艫じくろ  吏征漁戶税 人納火田租

  亥日饒蝦蟹 寅年足虎貙  成人男作かん 事鬼女爲巫

  樓暗攢倡婦 隄長簇販夫  夜船論鋪賃 春酒斷瓶酤


東南行一百韻 通州の元稹、澧州れいしゅうの李健、果州の崔韶さいしょう、開州の韋処厚いしょこう庾敬久ゆけいきゅう杜元穎とげんえい、李紳、竇鞏とうきょうのもとに送る。


南に向かい、三楚の地を通り、東に進み、五湖のあたりを過ぎた。

山の上から、その日の宿泊所を見たり、水路の上で行程を尋ねたりもする。

大地は果てしなく続き、ついに長江の果てに至った。

天空が水面にまで広がる最果ての海岸に到着したのである。

落ち葉のように風に舞ってさすらい、波にまかせるだけの筏のように彷徨った。

進むにつれて、郷里との風景の違いと、産物の違いを、本当に実感する。

異なる地方の人の言葉は、耳障りとしか思えない。

まるで土人のような風体で、眼を大きく開いて、笑い方にも品がない。

木っ端役人は漁民から税をむしり取り、庶民は焼き畑からくる収穫を納める。

水辺の市場は街の通りにつながっていて、もやの籠もる村には船がひしめいている。

亥の日の市場には、海老や蟹があふれる。

寅の年には、その名のごとく、虎の襲撃が後を絶たないと言う。

男が成人すると、二本のアゲマキを結う。

鬼神を信じる女は巫女となる。

堤防には物売りが大騒ぎで押し寄せてくる。

楼閣の薄暗い場所には、娼婦が群れをなしている。

夜の船でも、席料の交渉やら、新酒一瓶の値段の交渉で大騒ぎになっている。



○白楽天の旧友に出した手紙。いずれも白楽天とほぼ時期を同じにして、左遷されている。

○東南は長安の東南にあたる江州を示す。


※三楚:現在の湖南省、湖北省一帯。戦国時代は西楚、東楚、南楚に分かれていたので、三楚と称する。

※五湖:長江中流域の武漢あたり。

※山頭:山頂

※候館:官僚の宿泊所

※江界:長江の果て。

※夷音:異民族の土地の言葉。

語嘲哳ごとうせつ:耳障りな話し方。

蠻態ばんたい:異民族の無作法な様子。

※笑睢盱きく:粗野に笑うこと。

闤闠かんかい:店が続く街路。

※煙村:水煙

※混舳艫じくろ:船がひしめいている様子。

※亥日:市が立つ日。

※寅年足虎貙:寅の年には虎の襲撃が後を絶たないという「迷信」があったらしい。

かん:成人男子が二本の角のように髪を結い上げること。


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