第39話新楽府其九 新豐折臂翁(2)

  是時翁年二十四 兵部牒中有名字  

  夜深不敢使人知 偷將大石鎚折臂  

  張弓簸旗俱不堪 從茲始免征雲南  

  骨碎筋傷非不苦 且圖揀退歸鄉土


  此臂折來六十年 一肢雖廢一身全  

  至今風雨陰寒夜 直到天明痛不眠  

  痛不眠 終不悔 且喜老身今獨在  

  不然當時滬水頭 身死魂飛骨不收  

  應作雲南望鄉鬼 

  萬人塚上哭呦呦

  雲南有萬人冢 卽鮮干仲通 李宓曾複軍之所成


 この時は この老人も まだ二十四の若さだった。

 そして兵部の召集令状には わが名前がしっかりと書かれていた。

 深夜 誰にも知られないよう 大きな石を振り下ろし 自分の腕を叩き折った。

 これで 弓を射ることもできず 旗を掲げることもできない身体になった。

 そこまでして 雲南への出征が免除となったのだ。

 骨は砕け 肉は傷つき 痛くないとは決して言えない。

 それでも 兵役などはごめんだ そんなのは逃れて郷里に戻るほうが大切だ。


 さて この腕を叩き折り 既に六十年を過ぎた。

 腕一本を失ったけれど 身体の他の部分は なんともない。

 今になっても 雨風の強い寒い夜は 痛くて朝まで眠ることはできない。

 それでも 痛くて眠れなくても 何も後悔はしていない。

 それどころか 喜ばしいと思う。

 これほど 自分一人 長生きできたことを。

 あの時 腕を叩き折らなければ 滬水のほとりで 死んでいただろう。

 魂がさまようだけだ それも葬られもしない遥か雲南の地で。

 郷里を望むだけの霊に過ぎず 萬人塚で今でも泣き続けているはずだ。

 (雲南には万人塚がある。それは鮮干仲通と李宓の軍が全滅した場所である)


※兵部牒:軍事を司る官庁の公文書

※大石鎚折臂:鎚はふるい落とすように叩く。兵役逃れのために、自傷することは珍しくなかったらしい。ただし発覚すると懲役一年半とされた。

※揀退:不敵な兵士を兵役免除、除隊させること。

※應作雲南:雲南の戦役では膨大な死者が発生。出征兵士のうち八割から九割が戦死、戦死者は想定二十万人以上と伝えられる。

※鮮干仲通と李宓の軍:南詔を攻撃して破れた武将。鮮干仲通には八万、李宓の軍には七万人、全滅となった。


○なんとも凄まじい話。

 自らの腕を叩き折ってまで、兵役を逃れる。

 卑怯と思われようが、そのまま行軍していれば、軍隊は全滅、当然死んでいた。

 自らを痛い思いをして不自由な身とし、痛みに苦しみながらも八十歳を越えた長寿、身体をあずけられる玄孫もいる。

 兵役の悲哀を感じ、無駄な戦役をしてはいけない、そういう話だろうか。




  


  


  

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