第24話凶宅

 長安多大宅 列在街西東   往往朱門内 房廊相対空   

 梟鳴松桂枝 狐藏蘭菊叢   蒼苔紅葉地 日暮多旋風   

 前主為将相 得罪竄巴庸   後主為公卿 寝疾没其中  

 連延四五主 殃禍継相鍾   自従十年來 不利主人翁   

 風雨壊檐隙 蛇鼠穿牆*   人疑不敢買 日毀土木功  

 嗟嗟俗人心 甚矣其愚蒙   但恐災将至 不思禍所従   

 我今題此詩 欲悟迷者胸   凡為大官人 年禄多高崇  

 権重持難久 位高勢易窮   驕者物之盈 老者数之終

 四者如寇盗 日夜来相攻   假使居吉土 孰能保其躬  

 因小以明大 借家可諭邦  周秦宅淆函 其宅非不同   

 一興八百年 一死望夷宮   寄語家与國 人凶非宅凶  


長安には見事で大きな邸宅が多い。

大通りの東西にそれが並んでいる。

富貴な朱塗りの門の中は、おおよそ人気がなく部屋や廊下が続いているのみ。

かつては丹精こめて手入れをなされていた松や桂の木は荒れはて、その上ではフクロウが鳴く、またかつては美麗を誇った蘭や菊はただの草むらと化し、その茂みには狐が目を光らせている。

苔むした庭には枯葉が積もるのみ、夕暮れには怖ろしいような旋風がよく起きる。


かつて住まわれたご主人は将軍にして、宰相であった。

しかし、罰せられて巴庸ばようの地に流罪となった。

その後のご主人は公卿であられたが、病を得てこの屋敷で命を落とした。

それに引き続き、四、五人のご主人にも、災いは次々に降りかかる。

結局十年このかた、このお屋敷のご主人になると、何も良いことはない。


風雨は軒端を壊し、ヘビやネズミは垣根に穴を開ける。

人々は、恐れ気味悪く思い、誰もこのお屋敷を買おうとはしない。

そうなると、苦心の上こしらえた贅沢なお屋敷とて、日に日に朽ち果てるのみ。


ああ、俗人の心など、なんと愚かしいことなのか。

災禍の犠牲になることだけを怖れ、その災禍の原因を考えることはしない。


私が、今この詩を記すのは、そういう俗人の迷いを払うため。

そもそも大官僚、高貴な役人ともなれば、年齢も高く、報酬もべらぼうなもの。

しかし、その強い権勢権力を保つのは至難のこと。

高い位階とて、簡単に行き詰まる。

おごりと傲慢ばかりが極められ、老いを得て寿命の終息へと向かう。

権勢の衰え、位の行き詰まり、驕る心、老い、その四つが、日夜強盗のように、襲い来る。


たとえ、幸運な土地と言われた土地に住むとしても、その身を保ち続けるのは至難の業である。

さて、小を持ち、大を明らかにしてみよう。

家宅を例に国家のあり方も諭すこともできるだろう。

かつて周も秦も淆函こうかんの要害の地に在した。

その地の選択については間違いはない。

しかし、一方は建国後八百年保ち、一方は二代の短さで望夷宮ぼういきゅうで死を迎えた。


私は、申し送る。

家においても、国においても、凶となるものは人間、住まいが凶となることはない。


●蛇鼠穿牆*の最後の欠字は、土へんに庸


※周と秦は、ともに要害の地に都を置いた。

望夷宮ぼういきゅう:秦の宮殿。秦の二世皇帝は権力を誇った宦官の趙高ちょうこうにより、自殺を強いられた。



○元和元年(806)から六年間の間の長安での作

○諷喩(社会批判)詩として詠まれたもの。

○立派な屋敷に住んでいる人にも有為転変はあるし、空き家になる例も多い。

 主人に次々に不幸が降りかかる家は、「凶宅」として怖れられた。

 白楽天は、それを「迷信」と断じた。

 主人自身に、その責めるべき原因がある、居宅に原因を求めてはいけない。

 周と秦の事例を持ち出すあたりが、なかなか面白い。

 素直に納得してしまった。

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