第99話 正義よ、我が手に!

「結構、危なかったな」


 それが正直な感想だった。

 

 裁定者と、頭の悪いエイジャノ何某なにがしが行った生命樹の凍結措置というのは、生命樹の生み出す生命力を喰いながら魔瘴膿を出し続ける細菌のような小さな物質を投与することであった。

 その極小の物質は砕いても潰しても即座に再生する上に、その度に性質を変化させ、より壊れにくく、より見つかりにくくなっていく。どう考えても、完全に俺を仮想敵と定めて生み出された存在だ。

 頼りのヨミとウルの力は、生命樹と共に弱っている。

 

 裁定者は困り果てる俺を想い浮かべ、わらいながら死んでいったのかもしれない。


(なんだけどねぇ・・)


 見落としが無いか、しっかりと調べてから、俺は朽ちかけた生命樹の近くに浮かんでいる黒い球へ眼を向けた。


「おまえ・・本当に酷いことやったな」



『バンシニアタイスルコウイダトリカイシテオリマス』



 相も変わらず解りづらい喋りだったが、わずかに抑揚がついていて何とか意味が拾えるようになった。


 そう、俺はおかしくなっていた馬鹿楯エイジャノタテの治療を先に行ったのだ。

 

「ヨミとウルは、その水から出さないようにね?」


 俺は生命樹の小島が浮かぶ泉を見た。すでに、ヨミとウルが泉に浸かっている。生命樹の活動が弱まるにつれ、眠るようにして意識を失っていた。

 

「レナン、2人を頼むよ?」


「お任せを!」


 獅子種の美人さんが水の中で胸に手を当てて敬礼した。

 生命の泉だ。浸かっている間はヨミやウルが命を失うことは無い。ただし、それも生命樹が生きていればこそなのだ。


「ジスティリア」


「はい、お兄様」


「血は十分か?」


「これ以上は、おかしくなってしまいますわ」


「ラージャ、俺の背中を護れ」


「ははぁっ!このラージャ・キル・ズール、粉骨砕身の・・」


「それはもう良い。おまえが頼みになる奴だってのはよく分かった。この場の護りはお前に任せる。おまえは俺の楯だからな」


「へ、陛下ぁっ!ラージャは・・ラージャは光栄でありますっ!」


 ラージャが感激して瞳を潤ませた。ちなみに、俺がくれてやった短剣を未だに胸元に抱えている。


英者の楯エイジャノタテ、これより生命樹の治療を行う。俺がやることは全て生命樹のためにする事だ。一切の邪魔をするな。おかしな動きをしたら、俺の楯ラージャが叩き斬るぞ?」


『ショユウシャユートノスベテヲウケイレル』



「ジル・・かすみとなっていても力が落ちないよね?」


 俺はジスティリアに訊ねた。

 これが作戦の肝となる。勝利するための絶対条件だ。


「はい、お兄様・・ジルは姿形に関わらずこの身の力を使う事ができます」


「・・そのジルの力が必要だ」


 俺はほっと安堵の息をついた。


「なんなりと・・お兄様のお望みのままに」


 どうやら重大な役どころを任されそうだと感じ、ジスティリアが表情を引き締めた。


「簡単に言えば、生命樹に巣喰っている・・まあ機械・・生きた機械仕掛けのバイ菌だな。そいつらは生命樹の力を喰らって弱体化させることと、俺による干渉に対抗して変異しながら強くなっていくという性質を持っている。面倒な奴等だ」


「・・悪辣ですわね」


 まんま、悪意の塊である。


「見事な仕掛けだ・・生命樹の無限とも言える命力を源泉としなければ動作できない仕掛けだから、俺が生命樹を見捨てれば、いずれは食い潰して動かなくなるんだが・・・それは絶対に許されない!」


「はい!」


 俺の熱意に感応して、吸血姫も力強く頷いた。


「生命樹の命力を回復させれば、そいつらまで回復して力を増してしまう。一粒一粒はたいした事は無いが、数だけは多いんだ。そして・・そいつらが成長すれば、ジルに匹敵するほどに力をつける」


「・・私に?」


 ジスティリアが軽く眼を見開いた。


「ちょっと前の・・だけどね」


 俺は小さく笑みをつくった。


「安心しました。今の私はお兄様に愛され、そのお力を分け与えられた身ですもの・・・機械仕掛けの下郎どもに遅れはとりません!」


「時間はどれだけかかっても良い。生命樹の中に巣喰っている機械仕掛けのバイ菌共を駆除してくれ。俺の力を直接使うと、変異して数を増やす。だが、俺が直接力を使わなければ、生命樹の命力を喰うだけで数は増えないし、変異はしない。一体一体を壊していけば、かならず終わりがある」


 俺は丁寧に説明した。まったく、俺らしくないことだが、今は危険な状況なのだ。危機感が俺を少しばかりクドくさせている。いや、本当に失敗が許されない戦いなんだ!


「わかりました」


「すべてが終わるまで俺は生命樹の命力を補助し続けないといけない。つまり・・それだけ、機械仕掛けのバイ菌共が力を増すってことだ」


「その増した力が・・以前の私に匹敵するのですね?」


「たぶん、俺の血を呑む前のジル並だぞ・・リーダー役が混じっていて、そいつはもう少し上か」


 くれぐれも油断しないよう、俺は念を押した。


「なかなか、手応えのありそうな相手ですこと」


「よし・・そろそろ、生命樹が危ない。仕事に取りかかるとしようか」


 俺は努めて明るい表情で大きく伸びをした。


「では、お兄様・・ジスティリアもお仕事に」


「うん、気をつけて」


「お兄様もご無理なさいませんよう・・」


 優美に一礼しながら、吸血姫の幼い肢体が霞となって薄れて消えていく。


「さて・・」


 簡単げに言いはしたが、


(バイ菌共、死ぬときに生命樹の命力を持ち逃げしやがるんだよなぁ・・)


 破壊されるか、機能停止が確定した段階で、吸って蓄えていた生命樹の命力を大量消費して自壊する仕組みになっていた。とことんまで悪意に満ちた存在である。


(つまり、それでも生命樹が枯れないように、命力を補填してやらんと駄目ってことなんだけど・・)


 俺自身にも、生命樹の影響は出ている。

 半減とはいかないまでも、かなりの力の減衰が感じられた。

 普段なら、こんな危険な戦いは避けるべきだ。

 ヨミとウルの体は弱ったとは言っても、たぶん、俺の秘術で命までは落とさないようにできる。それだけの力と知識を俺は持ってるんだ。


 本来なら、君子危うきに何とやら・・・なのだ。

 なのだが・・・。

 なんだけども・・・。


(でもさ・・ほら、俺って結構大事なところに生命樹の種が根を張ってんのよ?これ、やばいよね?生命樹枯れたら、ヤバいことになっちゃうよね?)


 そう、これは絶対に負けられない戦いなのだっ!

 生命樹を失うなど言語道断っ!

 絶対にあってはならんことなのだっ!

 不退転の戦いであるっ!

 我が皇国の興廃がこの一戦にかかっているのだぁっ!

 

「我が妻達が受けた大恩を返すため・・なによりも男子としての義により、生命樹に助太刀する!」


 俺は自分の手の平に握った拳を打ち当てて、パシッ・・と鋭い音を鳴らした。

 気合い入れるぜぇ!

 

 瞬時に総身の力を練り上げて両手へと集中させる。

 膨大な霊気が眩い閃光となり、爆発的な奔流となって噴き上がった。


「クロニクス皇帝、ユート・リュートの名に賭けて!絶対に枯れさせはしないっ!」


 腹の底から振り絞る大音声と共に、俺は輝く双手を生命樹の幹へ打ち下ろした。

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