第85話 王様は忙しいんだぜ!

 全長5キロメートル、全幅2キロメートル、全高500メートル。


 槍の穂先のような形状をした巨大な飛行物体・・・これが、クロニクス皇国の旗艦『リューデルマイン』である。


 爆発しそうな名前だな・・と、俺は思っている。

 まあ、それは良いんだけど。


 火薬が禁じられた世界なのだけど、魔導という技術のおかげで、火砲っぽい物は造れるから大砲やら爆弾っぽい物やらが備わっている大型の戦艦だ。


 地上から見上げると白銀色の金属っぽい何かで造られた船底しか拝めないが、上空から見下ろしたなら、そこには地上と変わらない大地が広がっているのが見えるだろう。

 船で言えば甲板に当たる部分が"大地"である。

 森があり湖があり、小山があり・・そして、俺の居城である白亜の宮殿も建っている。その巨大宮殿を中心にして、九つの離宮が扇状に点在して建っていた。


「・・・以上が帝都の調査結果となります」


 シュメーネ・サイリーンが配下の闇妖精が調べ上げた調書を見ながら報告を終えた。


 広々とした会議の間には、九妃が囲む大きな円卓が置かれ、俺の席は少し離れた壇上に設えられていた。ちょっぴり寂しい感じである。


 この場での主たる聞き手は、第一皇妃のヨミさんである。

 いや、もちろん、俺もちゃんと聞いてますよ?ただ、ヨミさんの方が、状況の把握力というか、色々な情報をパパパッ・・と繋げて一瞬で理解しちゃうので、聞き役になって貰っているのですよ。決して、サボっている訳じゃ無いのですよ?


「レナンの方はどうだったの?」


「北について少し喋りましたが・・信じるに足るかどうかは疑問です」


 獅子種のレナンが小さく首を振った。


「ヤクトを向かわせました。いずれ報告があるでしょう」


 ウルさんが言っています。

 そう言えば、帝都に行かせていたヤクトを呼び戻したとか何とか・・。


「北限は、気象の厳しさに加えて、魔獣堕ちした者達で溢れているとの事です。我らで保護した後、正常化を・・・これは、陛下にお願いする事になります」


 狐耳の美人さんが流し見るように艶っぽく振り返って俺を見た。


「お任せあれぇ~」


 俺はひらひらと手を振って見せた。

 昨晩は、ウルさんの離宮へお邪魔していたのだ。もちろん、皇国の抱える諸問題の打ち合わせで訪問したんだからね。なので、その名残というか、ちょっぴりシンパシー?みたいなものが漂うのは仕方が無い事だ。

 

「では、陛下・・当初の予定通りに、旧帝都の市街地を復興させて難民の受け皿と致します」


 ヨミさんが綺麗なお辞儀を見せる。


「うん、よろしく頼む」

 

 そう、これは俺の発案だ。

 ここ大事だからね?

 帝都を攻略して、難民が安心して住み暮らせる場所を造ろうと提案したんです。

 周辺に生息している魔獣はお猿さんと犬っぽいやつ、後はよく見かける蟻っぽいやつくらい。他の地域に比べれば割りに安全なのだ。

 今はぼろぼろだけど、かつては10万人規模の人間が暮らしていた都市である。下水などの施設を含めて、きちんと修繕すれば蘇るはずだ。


 まあ、地下にも魔獣の巣があったり、物騒な研究施設の廃棄物で洒落にならない毒素が噴出する場所があったりと、手は掛かるのだが・・。

 他でもない、俺ならば蘇らせる事が可能だ。

 というか、俺にしか出来んでしょ?

 

「お兄様、難民に帝国貴族が紛れる可能性がございますけど?」


 ジスティリアが挙手しながら訊ねる。

 挙手とか必要無いんだけどね、まあそんな所も可愛いから指摘はしませんよ。


「発見、即追放で」


 民草を猿に喰わせて引き籠もっていた貴族云々など害悪にしかならない。


「畏まりましたわ」


 吸血鬼が口元を綻ばせながらお辞儀した。


「陛下っ!」


 ラージャが、ジスティリアを真似て手をあげた。


「なんだ?」


「私は陛下の楯たる身・・であるのに、その・・郊外の蟻の巣が担当となっておりますが、お側を離れても宜しいのでしょうか?」


「大いに宜しい。今後の帝都復興のため、蟻という蟻を徹底駆除してくれ」


「ははぁっ!このラージャ・キル・ズール、しかと勅命承りましたぁっ!」


 ラージャが片膝を床に着けて深々と頭を垂れた。

 うん、知ってた。

 この娘、こういうのがやりたくて質問してるだけだから・・。

 

「レナン、ヤクトの報告によっては北へ向かって貰うけど、しばらく帝都で復興の総指揮をやって貰う。ガンドスのドワーフに仕事を頼まないといけないからな」


「はっ!」


 レナンが踵を打ち鳴らし、腕を豊かな胸元に打ち当てた。

 こちらは、旧帝国の敬礼癖が抜けないらしい。


「この船は前進して、帝都とセインカース教の本山ソーノンとの中間地点へ停泊。シュメーネとリーンは船を護って群がってくるだろう害虫の駆除を頼むよ」


「頑張ります!」


 シュメーネが可愛らしいガッツポーズを作る横で、


「お任せを」


 リーン・バーゼラが右手を胸元に当てて優美に一礼した。


「ヨミ、ウル、ジルは俺と一緒に魔界だ」


 魔界側の皇城を預かっているシーゼル・モアから急ぎの連絡が入っていた。帝国が魔瘴兵を使って魔界へ侵攻するための"穴"・・まあ、魔術で空間を歪めた亀裂といった感じだろうか、それが数カ所見つかったのだという。不完全な術による歪みのため、迂闊な対処をすれば、両界にどんな影響がでるか分からないため、ウルに視て貰いたいとの事だった。


「なんとか評議会とか言う連中が俺と会いたいと・・結構前から騒いでいるらしい」


 シーゼル・モアによると、魔界では無視できない勢力なのだとか。いや、まあ無視しても良いんだけど、相手も退くに退けなくなって喧嘩になるが、どうしましょうか?という事だった。戦争になったらなったで負ける事は無いが、魔界の人口がかなり減るだろうと・・。

 あと、本当にどうでも良いのだが、シーゼル・モアの旧主、残念な龍族の王が会いたがっているとの事だった。


「よし、じゃあ、早速取りかかってくれ!」


 俺は、それらしく席を立って号令をかけた。

 異口同音に返事をして、女達が・・いや、、皇帝であるの妃達が広間を退出して行った。残ったのは、ヨミとウル、ジスティリアの3人だ。


 くくく・・なんという達成感・・


 正に、この世の春じゃないですか。男の子の支配欲が満たされまくりです。


「さて、魔界に出掛ける前に・・アンコ?」


『ハイ オヤブン』


 足元の影から黒い球体がふわりと浮かび上がった。


「例の物をここへ」


『アイアイサー』


 ・・あれ?君、そんな返事、どこで覚えたの?


「あぁ・・うん、よし」


 待つことしばし、どこに仕舞っていたのか、アンコが影の中から小さな箱を三つ運んで浮かび上がってきた。大きさは同じだが、それぞれリボンが掛けてあり、小さく名前が書かれていた。


「ユート様?」


「何でしょうか?」


「お兄様、これは?」


 戸惑い顔の3人に、それぞれ箱を預けると、俺はにんまりと・・いや、にっこりと笑顔を見せた。自慢の真珠色の歯がキラキラ輝く、最高の笑顔である。


「まだ開けないように・・ミニールの衣装職人に頼んで作らせた逸品だからね」


 俺は準備してあった荷物を手早く確かめながら言った。

 これは、アンコと密かに進めていた計画だ。

 さすがの3人も気付かなかっただろう。


「それは・・楽しみなような・・怖いような」


 ヨミとウル、ジルがそっと互いに顔を見合わせて微笑を交わした。


(あれ・・バレてた?)


 いや、まさかね?


 俺は、チラッと黒い球を見た。


『ダイジョウブ サー』


 アンコが妙な返事をする。


(・・まあ、良いか)


 バレて怒られるような事じゃない。どうせなら、ちょっとビックリして欲しかったんだけども・・。


「魔界へ行く前に、ちょっと休息をとります」


 俺は厳かに宣言した。

 そう、人生には休息が必要なのです。

 働き過ぎは良くないのです。そうだよね?

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