第81話 帝都防衛戦

"バリスタ、4番から9番、魔瘴筒を装填完了・・"


 中世にでも戻ったかのような、巨大な弩による攻撃準備が整ったとの連絡である。


「撃ってよし」


 ゼイラールはグラスに揺れる真っ赤な葡萄酒を口に含みながら号令した。


"4番から9番、射出・・・"


 スピーカーから報告を耳にしつつ、眼は城壁に投写された映像を見つめる。

 現場の音が聞こえないのが残念だった。


「観測手?」


"着弾・・・今っ!"


 一度、斜め上方へ打ち上げた巨矢が降り注ぐのだ。射出から随分と時間がかかっている。


 寸前で、白いドレス姿の美しい少女がふわりと舞うようにして巨矢が降り注ぐ地点から逃れ出た。しかし、黒い霧状に噴出したものが少女の居る一帯に立ちこめている。


「おう・・躱しよったか。だが、魔瘴は吸わせたぞ」


"1番から3番、魔瘴筒、装填完了"


「撃てっ!」


 ゼイラール・コモンが大柄な体を乗り出すようにして映像を見ながら大声で命じた。


「動きに乱れが見えませんね」


 青年将校が不審げに呟いた。

 どこぞの貴家の令嬢といった育ちの良さそうな容貌の少女が、黒煙のように舞い上がる魔瘴の中を涼しい顔で歩いている。

 すでに魔封障壁は最大出力で展開済みだ。

 なのに、おそらくは術者だろう少女に怯んだ様子は見られない。


「我らの知らぬ防護策があるのではないか?」


 ゼイラールが皮肉げな笑みを向けた。

 青年将校はわずかに眉根を寄せたまま小さく頷いた。


「・・かも知れませんね。かの妖狐ならば何らかの策は講じているでしょう」


「他の者達も魔瘴が効いた様子は見られんな」


 獅子種の大柄な美女、闇エルフの美騎士、魔界の娘戦士・・・いずれも平然としたものだ。バリスタから射出された巨矢を回避し、あるいは素手で打ち払いながら急ぐことも無く、中央街区へと続く大通りを歩いて来る。


「無駄のようですが、通常の毒物も混入しましょう」


「・・そうだな。奇数番っ、魔瘴筒に替えて強酸粒を装填せよ!」


"了解・・バリスタ、1番、3番、5番、7番、9番・・強酸粒を装填します"


「次弾以降、神経G毒の使用を許可する!」


"了解です"


「魔瘴兵はどうなっておる?」


「覚醒が終わり、格納部屋から移動を開始しました」


「いよいよか」


"バリスタ、装填完了"


「撃ちまくれっ!」


"1番、3番、5番、7番、9番、射出・・"


"南門侵攻者・・交射エリアに到達"


「魔導弾か・・まあ、何もせんよりはな・・・撃てっ!」


 原理は極めて原始的な魔導による爆発によって金属弾を撃ち出す武器だ。形は大砲のようだったが、威力の方は悲しくなるほどに低い。ただ、弾速がバリスタの巨矢よりも速いため、多少の攪乱にはなるかもしれない。


 しかし、


「やれやれ、避けもせんか」


 東西南北、いずれの女も回避行動をとらずに魔導弾の斉射を浴びていた。

 

「・・まあ、そうなのだろうな」


 わずかに舞った土埃の中から、無傷のまま姿を見せた女達を見ながら、ゼイラールは手にした葡萄酒をあおった。

 帝国の通常兵器ではどうしようもない相手という事だ。

 分かってはいたが、こうして目の当たりにすると今更ながらに恐怖を覚えてしまう。

 

「化け物どもが・・」


 呻くように声を漏らしたゼイラールをちらと横目に見て、青年将校はマイクに向かって身を折った。


「次床の魔瘴兵はどうなっている?」


"覚醒率43%・・薬液の濃度が安定しません"


「・・急げよ」


 青年将校は壁に映された映像に視線を戻した。

 かなり女達の接近を許してしまっている。おかげで、望遠による拡大撮影もやりやすく、壁一面にちょっと類を見ないほどの美貌、匂やかな肢体の躍動が映し出されていた。


「撮影班は楽しんどるな・・まあ、かくいう儂にしても・・・これは眼福と言うほかない。これほどの女共なぞ、どんなに金を積んでもお目にはかかれんぞ」


 ゼイラールが呆れたように溜息をつく。


「そろそろ、魔瘴兵が現着しますが・・」


「ああ?・・構わんぞ。どんどんやってくれ。美姫、麗人が苦痛に顔を歪めるところを拝みたいからな」


 ゼイラールが葡萄酒の瓶を手に笑った。


「なに、古来、男とはそうしたものだ。綺麗に取り澄ました美人を愛でたいと思うと同時に、滅茶苦茶に虐げたいという気持ちも燻っておるのだ。それが敵ならば、なおのこと・・是非にでも、あの美貌を苦痛に歪ませ、泣き叫ぶ様を見せて欲しいものだ」


「閣下の御趣向に沿えば良いのですが・・・魔瘴兵共は加減が効きませんからね」


 青年将校は扉近くに控えていた少年を目顔で招いて、ゼイラールの灰皿の交換と新しい葡萄酒の持参を命じた。


「おうっ、来おった、来おった!」


 嬉々として声をあげるゼイラールにつられて映像を見ると、身の丈が2メートルを超す巨漢兵士が剣と楯という中世さながらの装備で魔界の娘めがけて斬り込むところだった。


「・・・な」


 派手派手しく斬り結ぶかと思われた次の瞬間、小柄な娘戦士が擦れ違いざまに抜き撃った剣によって巨漢の魔瘴兵は腰で上下に両断されて転がっていた。

 流れるような剣さばきで、地面に落ちた魔瘴兵の頭を叩き割ると、そのまま振り返りもせずに歩きだす。


「参ったな・・いくら魔瘴兵が不死に等しい存在だとは言え、確か・・頭部を失えば」


「再生できません。知ってか知らずか・・あの魔界の娘は適切な対応をした事になります」


「娘・・いや、獅子種の方に叩き伏せられた兵は原形を無くしたぞ?闇エルフの方は・・ああ、こちらも一撃か。どうやったのだ?細切れになっておるではないか?」


「観測班、闇エルフの攻撃手段を目視できたか?」


 青年将校がマイクに向かって訊ねた。


"・・ドレスの方は動いたように見えませんでした・・騎士風の方は楯で何かしたようです"


「最早、笑うしか無いな。とんだ化け物娘達では無いか?」


「まったくです。ですが・・魔瘴兵はここからです」


 青年将校の視線の先で、地面に崩れ伏していた魔瘴兵の肉体が溶けるように地面に拡がっていく。どろりと溶け崩れた肉体の中ほどで変異させた魔瘴塊が赤黒く光っていた。


「喰らうか・・」


「ええ、敵も味方も無い・・狂気の捕食者と化します。ああなれば、斬ろうと突こうと効果はありませんからね」


「ふむ・・その上、術の法は魔封の障壁で使えんわけだ」


「はい」


 武器が通じず、魔術も使えないとなれば苦戦は必至・・。


「・・そう聴けば上手くいきそうなのだが・・な」


 ゼイラールが新しい葡萄酒の瓶を掴んでそのまま煽った。


「ええ・・私も無駄だろうという気がしておりますよ。それでも、多少の足留めにはなるでしょう」


 青年将校が苦笑気味に応じる。

 侵攻している女達は、想定の遙か上をいく強さだ。


「魔瘴兵の出し惜しみをして勝てる相手ではありませんね」


「空の船とやらは、どうなっとるんだ?」


"岩魔と交戦中です。動いておりません"


「ふん・・あれは動けんというより、動かんのだな。岩魔など相手にしとらんのだろう」


「ウル・シャン・ラーンが船に居るならば結界防壁一枚で防ぎそうですね。あの者は、真実厄介な大妖ですから」


「その上、貴様のところの族長が追いかけ回しとった女吸血鬼が控えておるのだろう?どう考えても、我らが帝国軍は圧倒的に不利なのでは無いか?」


 他人事のように語るゼイラールの視線の先で、巨大な粘菌のように変じて女騎士めがけて覆い被さろうとした魔瘴兵の成れの果てが、乾いた灰燼となって宙空へ霧散し消えていった。


「儂には、あの女共が何らかの術を使っておるようにしか見えんがな?」


「・・信じ難い事ですが魔術を使っていますね」


 青年将校は溜息をつきながら、詰め襟の喉元にある止め具を外して寛げた。


「いよいよ、我らのケツにも火が着いたかな。ガレシア次期中将殿?」


 ゼイラールがラッパ飲みに葡萄酒を口に含みながら、椅子にふんぞり返って卓上に両脚を投げ出した。


 その時、


"侵攻者4体、中央街区の門扉に取り付きました。先発した魔瘴兵、生存・・ありません"


 観測班からの通信が室内に響き渡った。

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