第80話 帝都侵攻
重く煙が立ちこめた薄暗い室内に、恰幅の良い軍服姿の男が、豪奢な執務机を前に座っていた。
男の前に置かれたクリスタルの灰皿は、吸い殻に埋め尽くされて、底に彫られた帝国の紋章が見えなくなっている。時間を見計らって替えの灰皿と交換されるのだが、すぐにこうなってしまうのだった。
「第52魔導師団はどうなっておる?」
「例の執事服の男を追っております」
答えたのは、対照的なくらいに痩せた体付きの青年将校だった。色の入った眼鏡を掛けていて目元は見えないが顔立ちは美形と言って良いほどに秀麗だった。
「貴様達に縁のある者だと申しておったな?」
「ええ・・我らの祖が下僕として使っていた一族の末です。さしたる能も無い者で・・ああ、いや、主人を裏切らぬという一点においてのみに秀でていますね」
「・・・主人が近くへ参っておるということだな?」
「まず、間違い無いかと」
「その主人とやらは・・・貴様と同族・・という事だな?」
「正確に申し上げるなら、かつての私と同類・・・血の古さだけを誇っていた我らが盟主殿がご執心だった女吸血鬼です」
「・・・勝てるのか?」
「さて・・我らが盟主殿を滅ぼしたほどです。相当に手強い相手であるのは確かですが・・・魔瘴兵を相手にどこまで耐えられますかね。現状で稼働できる魔瘴兵ですら、素手で霊鎧を引き裂けるほどの戦闘能力を有しています。あの者共に対魔導戦用の装備を持たせれば、古種の吸血鬼であろうと討ち滅ぼせることでしょう」
「ふむ・・だが、向こうの戦力は底が知れん。魔導観測班によれば、史上類を見ないほどの巨大な魔素値が計測されたという」
「妖狐、ウル・シャン・ラーン」
「・・知っておるのか?」
「我らが一族の仇敵です。幾度となく戦いを繰り返し、大勢の同族が討ち取られております。ここしばらく姿をくらませていたのですが・・」
「それほどの者か・・」
「非常に危険な術者です。しかし・・術さえ防いでしまえば、ただの老いた獣人です。秘術だの秘法だのと、不完全なものを有り難がる時代は終わったのですよ」
「しかし、魔封の障壁は帝都の外郭壁までしか届かんのだろう?」
「十分ではありませんか?外縁街区などエサ場に過ぎません。中央街区さえ護れれば良いのですから」
「・・うむ、まあそうなるか」
「女吸血鬼を討ち、妖狐を捕らえて我らが忠実な操り人形とする。これが成れば、もはやこの世に畏れる何も無くなります。目障りなセインカース教団の連中も容易く一掃できるでしょう」
青年将校が口元を歪めて小さく笑い声をたてた。
その時、分厚い扉が外から叩かれた。
入って来たのは伝令の兵士である。
「観測班より報告っ!」
「どうした?」
「四方の城門より侵入者です」
「なんだと!?・・四街の城門総てにか?」
「はっ!それぞれ一体ずつ、城門を打ち破って侵入しております!」
「・・四方?同時に四体だと?」
「魔封障壁を展開して下さい。以降は通信室からの通話で構いません」
青年将校が落ち着いた声音で命令した。
「はっ!」
伝令の兵士が身を翻して廊下を走り去る。
「さて・・」
青年将校が壁際に設置された大型の機材を操作しつつ部屋の壁へと視線を向ける。
真白い壁に、街の大通りを正面、やや高い位置から見下ろす形で映された映像が投写された。
「まだ見えんな」
「・・そのようですね。白昼堂々と城門を破るような者達が・・わざわざ大通りを避けて姿を潜ませるとは思えませんが・・」
「魔封までの時間は?」
「起動まで2分ほどでしょう。出力が安定するまで・・さらに30秒ほどかかりますが・・・見えましたね。あれは・・」
「赤髪の・・獣人か。なかなかの美形だな・・・あれが
「獅子種ですね。まだ絶えておりませんでしたか・・獣というのはしぶといものですね」
「獅子・・なるほどな。勇ましい面構えだ。飼えるものなら鎖で繋いで鑑賞してみたいものだが・・」
"魔封障壁、内輪より展開中・・すべて正常値です"
部屋のスピーカーから連絡が入った。
「そのまま外郭輪まで展開しなさい」
青年将校がマイクに向かって指示を出す。
"はっ!"
「ほう・・西のも、なかなかの美形だぞ。小娘のくせに良い腰つきをしておるではないか」
陽の光に透けそうなほどに白いドレス姿の少女を眺めながら、男が目尻を下げる。美しい少女は痛々しいほどに華奢な手には白い長手袋を着け、細長い杖を握っていた。
「あれはエルフ・・闇エルフという種族です。外見で年齢は測れませんよ」
「ほほう、ならば東門の奴も、そのエルフとやらか?こちらは鎧のせいで体付きがよく分からんな・・こいつも女か」
軽鎧姿ながら、ドレス姿の少女と似通った雰囲気をした顔立ちの美しい女騎士だった。
「・・・そのようですね。珍しい事もあるものです。闇を好む者達が、こうも白昼から陽の下に姿を晒すなどと・・」
「ふん・・貴様のような吸血鬼が真昼間から出歩いておるのだ。何を珍しがることがある?」
「そうですね・・おや、南門は私の知らぬ種族のようです。おそらくは向こう側の者でしょう」
「魔界・・魔族というやつか?見たところ、年端もいかぬ小娘のようだが・・何やら叫んでおるな。音は拾えんのか?」
南の大通りを歩いてくる甲冑姿の少女が、片手に握った長剣を差し向けるようにして何やら勇ましげに叫んでいる。
その時、
"魔封障壁、外郭輪まで到達。出力安定しています"
"指令室・・"
立て続けに重なるように連絡が入った。
「観測室、どうした?」
"東方上空、雲の切れ間に機影・・いえ船影らしきものが見えると・・・望遠班が申しております"
「飛空艇の類いですか」
「あの空飛ぶ岩の化け物はどうしたのだ?あれを排除したというのか?」
男が煙草をもみ消しながら大声で呼びかける。
"いえ、魔物が見付けて寄って来たようです。大型の岩魔・・・8体・・9・・いえ、もっと増えます"
「そのまま観測を続けて下さい。飼育室・・安静値の魔瘴兵を起こしなさい。東西南北の侵入者を掃討します」
"飼育室、了解・・覚醒薬を投与します"
「貴様の言う、妖狐とやらは来ておらんな?それに、先ほどの執事服の奴もおらん」
「そのようです。前哨戦といったところでしょうか」
「ふん・・あちらも手駒が多そうだな」
「勝算あっての事でしょうからね・・ただ、いかに手練れ、強者であろうと生身です」
青年将校が口元を笑みの形に歪め声も無く笑った。
「貴様は高みの見物か?」
大柄な男も次の煙草に火を着けながら笑みを浮かべる。
「万が一、魔瘴兵で抑えられぬ時には私も・・・しかし、まずは連中のお手並みを拝見と参りましょう。ゼイラール・コモン・・宰相閣下」
青年将校が笑みを浮かべたまま慇懃に腰を折ってみせた。
「ふん、今となっては宰相などという地位も価値が失せた。儂は貴様達に飼われているようなものだからな」
「ご冗談を・・閣下の庇護があればこそ、我らは静かなる眠りを得ることが出来たのです。それなりに誇りある一族の末・・恩義を蔑ろにするほど堕ちてはおりませんよ」
「・・だと良いのだがな。まあ、貴様達のおかげで帝室に引導を渡すことが出来たのだ。儂の願望はすでに叶っておる。まだ儂に価値があるというなら好きに使えば良い。せいぜい、今ある生を愉しむとしよう」
ゼイラールと呼ばれた男は、紫煙をゆっくりと吐き出しながら椅子に背を預けて投写された映像へと視線を向けた。
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