第75話 究極召喚っ!

"我が調停者として昇華させよう"


「それが対価?」


 こいつ、馬鹿じゃ無いの?


"我が創りし世界において、最上位の存在となる"


「断る」


 断固拒否だ。何という塵提案をするんだ。嫌がらせか?煽ってんのか、こいつ?


"望む対価を示せ"


「ん・・この世界を存続させろ」


"存続・・"


「おまえ、また世界を創り変えるつもりで来たよな?」


 だからこそ、島船を持ち出して来たのだ。

 俺は、そう睨んでいた。


"不完全な世界は正さねばならない"


 やはり、世界創成をやり直すつもりらしい。なんて迷惑な奴だろう。


「却下だ」


"何故、理の外にある者が現世の存続を望むのか?"


「気に入ってるからだ」


"我は改変を望む"


「俺は、却下だと言った」


"何者も、監理者の判断を変えることは出来ない。監理者の創造は止められない"


「そうかい?俺が止めるって言ってんだぜ?」


 俺は、ふふんと鼻で笑った。


 その時、


『オヤブン イチ トクテイシタ』


 足元から黒い球が浮かび上がってきた。


「連れて行け」


『ハイ オヤブン』


 俺がアンコを掴むなり、周囲の空間が渦を巻くように歪んで消えていった。

 光の明滅と共に、腹腔をくすぐるような奇妙な感覚が過ぎ去り、再び、どことも知れない闇中へと到達する。


『オヤブン ツイタ』


「ようし・・」


 俺は、ぺちぺちとアンコを叩いて労いながら、


「展開、清らかなる泉」


 俺を中心に清水の海原を創成していった。ここまで温存していた水系の術だ。ここからは、出し惜しみ無く行きますよ。


「召喚っ、聖水の乙女」


 女性の肢体を想わせる聖水の女人像が、銀色に輝く水面から次々に立ち上がって俺の周囲を固めていく。


「展開、水鏡の乱陣・・・極輪っ!」


 掛け声に合わせて、闇中を彩る無数の光り輝く魔法陣がクルリクルリと回転を始めた。


「さあ・・どうする?」


 俺の見つめる先に、光の届かない、見えない空間の塊が存在している。

 そこに居た。

 自称"完全なる監理者"がそこに居た。

 距離にして4、5キロメートルである。闇中で極めて判り難いが、見えないという事実こそが確かな証拠となる。

 

「沈黙?かくれんぼのつもりか?」


"外なる者・・ユート・リュート"


「なんだ?」


"ここは我が領域・・我が創りし世界"


「ふむ・・?」


 宙空から染み出るようにして、翼付きの巨人形が次々に姿を現し始めた。


"汚染されておらぬ我が領域内の調停者達は9万体を超える・・ユート・リュートの力では、我を止めることは出来ぬ"


「まあ・・やってみないと分からないだろ?」


"愚かな判断だ"


「召喚、紅甲蜂」


 宙を舞い散る魔法陣から、深紅の蜂が雲霞のごとく噴出してくる。


「食い尽くせっ!」


"遺物を滅せよ、調停者達よ!"


 互いの号令に合わせて戦端が開かれた。と言っても、大砲のような武器を乱射する人形と、ブンブンと羽音を立てて煙のように包み込み食いついていく紅色の蜂の戦いだ。まるっきり噛み合っていないが・・。


 そうと理解して、


"外なる者、ユート・リュートを滅せよ!"


 自称"完全なる監理者"が、蜂を狙わずに俺を直接攻撃するように命令した。


「愛の唱歌っ!」


 俺の周囲に、白銀の聖光壁が出現して調停者達の攻撃を防ぎ止める。

 その間も、紅蜂が人形の表面に取り付いて僅かずつだが噛み砕き、じわりじわりと内部へ潜り始めている。させじと、調停者が高熱を発して灼き払おうとしていたが、高熱は紅蜂を元気づけるだけだ。腹一杯に食べた紅蜂は脱皮をして一回り大きくなる。そして、また食べる。蜂への対応が遅れれば遅れるほど厄介な害虫と化していく。


 召喚者の俺を殺せば、蜂達は消えるのだが・・。


(俺は死なないからねぇ~)


 へらへら笑いながら、俺は聖水の乙女達へ膨大な霊気を与えながら、じわりじわりと清水の領域を拡大させていた。さすがに、監理者が自分のために創った領域である。浸食するのは簡単じゃない。有り得ないくらいに霊気を注ぎ込まなければならなかった。


"我が調停者では滅ぼせぬか・・しかし、外なる者よ、そちらの攻撃手段も手詰まりのようだ。奇妙な進化を遂げた虫を操るようだが、我には届かぬ"


 監理者の声がして、周囲を取り巻く闇が眩い光に包まれた。

 

「がっ・・つぅ・・」


 凄まじい痛みが全身を刺し貫いて、俺は身を折って情けない苦鳴を漏らしてしまった。

 いや、本気で痛かったし・・。

 もうヤダぁ・・泣きそう・・。


「召喚っ、聖水の乙女」


 かき消されてしまった聖水の女人像を素早く再召喚する。まだ、拡大させた聖水の海原までは消されていない。


「愛の唱歌っ!」


 続けて、聖光壁を出現させた。


(・・蜂ちゃんは消されたか)


 育ちかけていた紅甲蜂が消滅させられてしまった。今の光による攻撃だろう。どういう物かは分からないが、広範囲を攻撃するものらしい。ただ、俺を即死させるほどでは無かった。


"なかなかに減衰率の高い防護壁のようだ。さすがは、先代の監理者が遺した者。しかし、護るばかりでは我は止められぬ"


 監理者の声に合わせて、視界を埋め尽くさんばかりの調停者達が俺に向かって一斉に武器を構えた。


「まあ、もう一回、蜂ちゃんを喚んでも良いんだけど・・」


 魔素も霊気も残量が乏しい。これ以上の無駄遣いは出来ない。


『オヤブン マーカ ミツケタ エコー トドイタ』


「よっしゃぁーーー」


 アンコの声を聴くなり、俺は両手を頭上へと突き上げた。


「展開、愛の流刑地っ!」


 宣誓の声を張り上げた俺の頭上に、茨のような蔦が巻き付いた大円が出現して回転を始めた。持ち合わせている魔素の大半をぶち込んだ大秘術である。言うまでも無く、先代の監理者が遺した知識の産物だった。


 なかなかに、きついんだぜ・・。


「召喚っ!」


 茨の大円が幾重にも渦巻き、霊気も魔素も盛大に注ぎ込んだ大魔法円を創成していった。


 ついに、完成したぜぇ!俺様の愛の召喚術っ!


「ヨミぃ~、ウルぅ~、ジルぅ~」


 力の限り呼び声を張り上げた。久しぶりに魔素も霊気も使い果たしてしまった。もう、いっぱいいっぱいだ。回復するまで、俺は何にも出来ません。


 ・・・だけどね?


 闇中に光り輝く大魔法円から、冴え冴えとした美貌をした白銀髪の美人さんがゆっくりと姿を現し、続いて、黄金色の尻尾を輝かせた狐耳の美人さんが周囲を窺うように視線を巡らせながら現れる。最後に、白金髪をした小柄な少女が背に翼を生やして勢いよく舞い上がった。


(あぁ・・やっぱり、綺麗だなぁ・・)


 俺のお嫁さん達は本当に美しいです。俺の女神様です。

 お嫁さん達の召喚に成功したんだぜ!


「アンコ・・殲滅してって伝えて」


 掠れた声で告げながら、俺は静かに意識を手放した。

 限界が来ちゃった。

 もう任せちゃって良いよね・・。


『センメツ ツタエル アンコ オヤブン マモル ダイジョウブ』


 アンコの声が遠く聞こえた。

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