第57話 落陽の龍族
龍族の使者が会いたがっているという。
「へぇ、そう」
俺は城の中庭で、ヨミの膝を枕にうたた寝をしていた。
何という間の悪い連中だ。
どれだけ俺の邪魔をすれば気が済むのか。
ヨミさんの膝は最高なんだぞ?触ればしっとりと指が沈んじゃうんだぜ?
なに邪魔してんの?
(本気で、龍族を絶滅させよっか?)
ちらと、そんな事を考えてみたり・・。
「いかがいたしましょう?」
近衛の使いの者が声を潜めるようにして訊ねる。ちらちらと援軍を求めてヨミの方を見ているらしいが、無駄なのです。我が家のヨミ様は物事の優先順位がしっかりした人なのですよ。
「ねぇ、ヨミ」
「はい?」
「龍とトカゲって、何が違うのかなぁ?」
「えっ?何か違うのですか?」
「同じなの?」
「一緒だと思っておりました」
素で答えているヨミさんである。
「でもトカゲが使者とかおかしくない?」
「それは・・おかしいですね」
ヨミが首を傾げる。
「ね?おかしいよねぇ」
俺は柔らかな膝の上で向きを変えて膝の間に顔を埋める。もちろん両手はしっかり伸ばしてヨミのお尻へ回されている。さりげないスキンシップというやつだ。逃さないんだぜ?
「アンコちゃん?」
『ヨミ ヨンダ?』
二人の影から黒い玉が浮かび上がってくる。
「龍とトカゲは何が違うのですか?」
『ヒトシュ サル』
「そういう違いなのですね」
(なるほど、そうだったんだ!)
俺はもやもやしたものが晴れた気分で、顔を上げて優秀な子分を見た。
「偉いぞ、アンコ」
ペチペチと叩いて褒める。アンコもくるくる回りながら光っていた。
「ぁ・・」
中庭を囲む回廊で、近衛の使いが根気よく控えているのが見えた。声では気付かなかったが、よく見ると、ラージャの兄貴だとか言う坊ちゃんだった。電撃で心臓が止まり掛けたくせに、兄妹揃って実にしぶとい。
「・・ふむ。会ってみようか」
アンコを褒めるために身を起こしてしまった。今から寝そべるのは・・。それはそれで良いような気もするけども。
「陛下が謁見の間に参ります。近衛隊長に伝えなさい」
立ち上がったヨミが指示を与えて下がらせてしまった。
これはもう、行くしかなくなった。
「お着替えをなさいますか?」
控えていた侍女が訊ねてきたが、俺は手を振ってそのままの格好で向かった。さすがにズボンや上着についていた草などはヨミが手で払ってくれたが、本来なら他国からの来客に会うような服装では無い。丈夫さを優先した普段着で、形もかつての軍服に似通った雰囲気だ。
「御師様」
ヨミが廊下の向こうを歩いて来た人影に手を振っている。いつもながら、ずいぶん遠くから見分けるものだ。
「ヨミ・・ユート様、お休みになられていたのでは?」
ウルは栞を挟んだ本を手に持っていた。後ろに、茶菓子や茶器を盆に載せた侍女達を連れている。中庭に来るつもりだったのかも知れない。
「龍の使者が来ているらしいんだ」
「龍族ですか?恨み言でも申しに参ったのでしょうか?」
狐さんの眼が冷たいです。
「ついでだから、みんなで会いに行こうよ」
「畏まりました。貴女達、本は書棚に戻しておいてね。ご苦労様でした」
ウルが侍女へ本を渡しながら、俺の左後ろへと続く。
理由は知らないが、右がヨミ、左がウルと決まっているらしい。気付けば、いつもこういう並びになっている。
いかにも待ちわびていましたといった雰囲気の近衛隊長と某近衛(ラージャの兄)が、天井近くまである大扉をゆっくりと押し開けて行った。
5人も居た。
使節団とは聴いていない。あいつは使者だと言ったはずだが?
俺は軽く眉を潜めながらラージャの兄を横目に睨んでから玉座に腰を下ろした。
中央の大柄な男が使節団の長だろうか。やや下がって控えているのは少女?少年?その並びに居るのは見るからに短気そうな巨漢、それと対照的に物静かな表情をした青年、隣の小柄なのは老婆だろうか?若い頃の美しい容色をそのまま残しながら老いた感じだ。
俺は黙ったまま5人を等分に眺めていた。
何しろ、俺の方には何の用も無い。なんなら、このまま無言で帰って欲しいくらいだ。
「型破りの人物だとは聴いていたが・・友邦国の使節を待たせるとはどういう心積もりかな?」
中央の偉丈夫が野太い声で語りかけてきた。恫喝してやろうという意気込みが、まんま顔に出ている。
「うちに友邦国は存在しない」
俺はきっぱりと断言した。ヨミの膝枕を邪魔された時から対応は決まっていたのだよ。
もう喧嘩売っちゃうよ?
「ほう・・?」
偉丈夫がわずかに声を引くして眼を細める。
「過日、うちが攻められている時、どこからも援軍は来なかった。従って、我が皇国には友邦国は存在しないと判断した。クロニクスの他は全て敵国である」
実際、同盟国とか必要無いし?
「ずいぶんと勇ましい物の言いようだが・・」
「用向きは終わりか?ならば、下がるが良い。俺は何かと忙しいんだ」
「おのれ、無礼なっ!」
怒声を放ったのは、案の定と言うべきか、苛々していた短気そうな巨漢だった。
直後に、巨漢は全身から白煙を噴いて床に転がってしまった。ヨミだろうとは思うが、なんにも見えなかったので分かりません。
「ラムゼス!?」
横にいた青年が声をあげた。
「龍というのは、絶滅する運命なのかもな」
俺はしみじみとした思いを口にした。心の底からそう思った。弱いくせに偉そうなのだ。ここでヨミやウルの機嫌を損ねたら、今日が龍族の絶滅記念日になるのが分からないのか?それとも、ヨミやウルの事を知らずに来たのか?
「・・これは、宣戦布告と受け取って良いのだろうな?」
中央の偉丈夫が怒りを押し殺した声で問いかけてくるが、
「戦争を始めれば半日もかからずに終わるが、それでも・・・ああ、まあ良いか。もう、絶滅しちゃいなよ。面倒臭いよ、お前等」
俺には不思議でしょうが無い。どうして負けるのが分かっているのに喧嘩を売ってくるのか。
呼びもしないのに押しかけて、集団自殺ですか?
「お待ち下されっ!」
それまで黙っていた老婆が声を張り上げた。
俺をめがけて突進しようとした偉丈夫が、そのままの勢いでぶん殴られて床の上に跳ね転がっていた。
いつそこへ移動したのか、ヨミが冷え切った双眸を向けて立ち塞がっている。素手で平手打ちを放ったのだが、残念な龍族にそうと判っただろうか?すらりと美しい立ち姿から青白い霊気が立ちのぼっていた。
うん、今、ヨミさんに喧嘩を売ったら即死なんだぜ?
「陛下っ!」
龍族の青年が慌てた声をあげた。
陛下とか言っちゃってますよ?なんなの?使節団に陛下が居るの?
ただの使者じゃないなら、もののついでだ。このまま煽って、うっかり灰にしちゃった方が良いかも?ついでに、その国も貰っちゃう?
お茶をし損なって、ウルさんも機嫌悪いからね。
「よく考えろよ?お前等のような弱者の助けがどうして必要だと思ったんだ?身体は脆く、魔力は低く、知恵も無く、ただ吠えるだけの口先ばかりを幾らで売りつけるつもりだ?クロニクスに必要な何かを提供できるつもりなのか?」
俺様、舌先が絶好調です。どんどん煽りますよぉ~。
「我ら龍族を弱者と申すか!」
吠えるように叫んだのは、一番小柄な少年だった。声が甲高くて耳に障る。
生っ白い顔を真っ赤にして健気な事だ。
「事実、弱いじゃないか?」
やれやれと首を振って嘆息して見せる。あちらの陛下とやらば、顎を砕かれて白目を剥いている。巨漢は半死半生で白煙を上げて倒れたまま・・。
「やめなされっ!」
老婆が少年を叱りつけるように声を荒げた。青年と少年が揃ってぎょっと眼を剥いて老婆を見る。
「クロニクス皇帝陛下・・」
老婆が一歩前に進み出て両膝を床に着いた。
「恥を忍んでご温情に縋りたく・・伏してお願い申し上げます!」
「・・む?」
「なにとぞ、ご寛恕を・・お怒りをお鎮めくださいませ」
文字通りに床に額を擦りつける老婆と、後ろでポカンと見ている龍族の青年と少年・・。駄目だなコイツら。
今この時が、生死の瀬戸際だったのだと気付いていないらしい。
「・・・貴女の名は?」
俺は嘆息しながら、平伏し続けている老婆の近くへと歩いて行った。
どうやら、まともなのは、この老婆だけらしい。
王族を叱りつける気迫が堂に入っていた。昨日今日の事じゃ無いのだろう。
このお婆さん、間違い無く有能です。
「シーゼル・モアと申します。皇帝陛下」
床を見つめたまま老婆が名乗った。
「うん、貴女の勇気と・・龍族を想う気持ちに免じて、そいつらの罪を減じ・・ついでに治療を引き受けようか」
俺は老婆の傍らに片膝をついて静かに告げると、炭化した巨漢と、白目を剥いて転がった偉丈夫へと治癒光に輝く手を振った。
龍族との会見は残念の極みだったが、思わぬ拾いものが出来たかも知れない。
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