第48話 魔界の皇帝

「ああ、良い天気だねぇ」


 あれから食事を済ませ、お茶をしたから、なんだか眠くなってきた。4匹の訪問者はそのまま地面に転がしてある。ヤクトが見張りに立っていた。

 追加で来客があったりして、壊されたら困るので樹の家は収納して、草の上に敷物をみんなで敷いて寛いでいる。

 このまま、お嫁さんの魅惑のお膝などを拝借してお昼寝など・・。


「ユート様・・」


 ウルが刺繍の手を休めて声を掛けてきた。


「ん?」


「先ほどから、術による思念が飛んで来ています。それと幻術も・・いかがしますか?」


「思念?」


「どこか、別の場所に居るものが対話を試みているのでしょう」


「幻術というのは?」


「さあ・・姿でも映すつもりでしょうか?」


「害は無い?」


「大丈夫です」


「じゃあ、その思念というのと話をしてみよう。こいつらじゃ、どうしようもない」


「・・繋ぎました」


 事も無げに言って、ウルが再び手元の刺繍へ意識を戻す。


 ややあって、



"・・・なかなかの術者が居るようだな"


 不意の声と共に、上空に真っ青な肌をした彫りの深い男の顔が浮かび上がった。銀というより白に近い長い髪を首の後ろで束ねているらしい。それが人間ならば、まだ30歳には届いていないだろう。眉間に白い角、我が強そうな締まった口元に、牙が覗いて見える。


(ちっ・・なかなかの美男子じゃんか)


 俺は胸内で舌打ちしつつ、青い男の顔を眺めていた。


"聞こえるか、人間よ"


「誰だよ、おまえ?」


 俺は調薬用に毒茸と魔虫の胆嚢を選り分けながら声を掛けた。


"我は、魔界の王が一人なり"


「へぇ、そう」


 まかいのおう?美味しいのソレ?とかいうボケをやると冷たい視線が飛んで来そうなので自重する。


「何か用?」


"なに・・そちらの世界が混乱しておるようだからな。挨拶をしておこうと考えたまでだ"


「あっそう。どうも、こんにちは」


 俺は混ぜ合わせてドロドロになった臭う液体に指をつけて、ぺろりと舌先で味見をした。


 駄目だ、これは・・。

 悪夢のような味わいです。効果としては悪くない、かなり高威力の回復促進剤だが、不味さも高威力だった。


(あ・・拷問とかに使えるじゃん、これ!)


 最高の用途を思い付いて、俺は嬉々として小瓶にドロドロした何かを詰めていった。

 

"ああ・・お主は何者だ?人間の王か?我が配下の者を退けたようだが・・"


「俺?・・俺は大将だ」


"大将・・将軍か?よき配下を従えているようだが・・国王の名を訊いておこうか?"


「国王の名?」


 何言ってんの、こいつ・・。

 どこの王様の名前を知りたいんだ?というか、俺も王様の名前とか知らんよ?


"ふむ・・ならば、先に名乗っておこうか。我は、ゼイラン・ゴウル。クロニクスの第八代皇帝だ"


「俺は、ユート・リュートだ。魔界というのが何処か知らんけど、こっちは色々と大変でね。お前の相手をしている暇は無いんだ」


"貴様の王の名は言わぬ気か?"


「下郎・・我が君に不敬あらば貴様を狩るぞ」


 レナンが低い声音で告げる。


"ふん、獣の混ざり者か、我を前に大きな口を・・"


 嘲るように言いかけて、魔界の王だという男が口を噤んだ。訝しげに眉をひそめ、周囲を見回すような仕草をしている。周囲に他の者も居たらしい。何やら慌てた声が飛び交っていた。


「なんだ?」


 不意に、男の顔が消えた。


 やや離れた場所に魔法陣が浮かび上がり、見覚えのある顔をした甲冑姿の巨人がそこに現れていた。


『ゼイラン ゴウル レベル ゴセンニヒャクヨンジュウロク』


「ふうん?」


 俺は、立派そうな黄金造りの鎧をながめ、ちらとウルやジスティリアの顔を見た。この手の技は、二人の内のどちらかなのだが・・。


「まさかっ・・我を・・このクロニクス皇帝を召喚しただとっ!?」


「狩ると言った」


 レナンが楯と剣を手にゆっくりと近づいて行く。


(・・え?まさか、レナンがやったの?)


 俺はぎょっと眼を見開いたまま、ヨミを振り返った。視線に気付いたヨミが小さく頷いて見せる。

 どうやら、本当にレナンがやらかしたらしい。


(召喚?・・そんな事言ったよね?なに?レナンって、腕力系じゃないの?)


「おのれっ!」


 吠えるような怒声をあげて、身の丈が5メートル近い巨人がレナンめがけて大剣を振り下ろした。

 問答無用で戦闘開始である。


 レナンが無言で剣を振って、巨人の大剣を打ち払って見せた。

 たった一合で、打ち合わさった金属が空気を灼いた臭いがする。

 続けて打ち込まれた大剣を同じく剣を叩きつけて払いのけ、一歩、一歩とレナンが前進して行く。まだ一度も楯を使っていない。すべて片手の剣1本で応じていた。


「獣風情が・・」


 苛立つ声と共に、巨人がレナンめがけて手の平を突き出した。直後、紅蓮の炎が吹き荒れてレナンを襲った。ここで初めて、レナンが左手の方形楯を構えた。足元など楯で防げないように見えたが・・。


(ウルかな・・?)


 レナンに掛かっている付与魔法が炎を防いでいた。炎流はミスリルの甲冑までも届いていない。

 もちろん、レナンの左右を通り過ぎて吹き寄せた炎の奔流は、ウルの不可視の壁によって防ぎ止められて消えて行った。


 ここで、レナンが攻勢に出た。

 それまでのじっくりとした動きから、消えたかと思うほどに素早い踏み込みで、真っ向から剣を叩き込む。身長差で、レナンの剣は巨人の膝を斬り払う形になったが、今度は巨人が大剣を使って防ぎ止めていた。

 斬り払いから刺突へ、レナンが縦横に剣を繰り出して攻撃する。

 負けじと巨人も大剣を打ち振るい、隙あらばレナンめがけて剣を届かせようとする。

 炎だけでなく、雷撃やら毒の息吹やら色々やっていたが、レナンにはまったく効かなかった。おまけに、レナンの方は無尽蔵ともいえる底なしの体力でしなやかに体を使って攻める。しだいに甲冑を削られ、掠り傷ながら手傷を負っていったのは巨人の方だった。


(ん?・・なんだ?)


 どこかで何かが割れたような音がした。


「陛下っ!」


 案ずる声と共に、何も無かったはずの空中に黒々とした裂け目が生じて、鎧姿の騎士っぽい男が飛び出して来た。こちらは小柄・・といっても、レナンより頭一つ高く、腕が4本あった。さらに、巨大な真っ黒い蛇が裂け目を突き破るようにして飛び出して来た。他にも見たことも無い魔物っぽい連中が続々と溢れ出てくる。


 直後に、


 ・・バシンッ!


 鋭く炸裂音が鳴って、辺りを雷光が瞬いた。

 生きてはいるようだから死屍累々とは言わないのだろうが、裂け目から出てきた全員が一撃で気絶して転がっていた。唯一人、一人?と数えるべきかどうか、龍種らしい頭部をしたガタイの良い大きい奴が、全身から白煙をあげながらも倒れずに立っていた。

 デカイのが、ヨミに向かって口腔を開くなり、炎の息吹を噴射しようとする。しかし、再度の雷鳴が轟いて、巨体を撃たれると、ゆっくりと地面に倒れ伏していった。


「一騎討ちの最中です。控えなさい」


 ヨミが冷ややかに告げる。

 ・・うん。逆らっちゃ駄目だぞ?


 残るは、蹲るようにして地面に膝を着きながら何とか顔をあげている黒い導師服の少女一人だ。魔法への耐性が高いのだろうか。ヨミの雷撃を浴びて良く気絶せずに居られるものだ。まあ、そのまま動けそうも無いようだが・・。


 激しい金属音が鳴って、導師服の少女がハッ・・と我に返った顔で皇帝だという巨人の方へ顔を向けた。


 レナンが圧されていた。

 楯を使い、剣を振って攻撃を凌いでいるが、もう足を止めての打ち合いでは無く、レナンは細やかに足場を移しながら、巨人の大剣をいなすように受け流している。合間合間に放たれる魔法の類いを楯で防ぎ、大剣に剣をぶつけるようにして向きを逸らす。

 明らかに神経を使っているのはレナンの方だ。


 よく見ると、魔界の王だとか言う巨人の様相が一変して、体中を鱗っぽいのが覆い、いつの間にか腕が増えて四本腕になっている。いつ変身したのだろう?


 激しい衝突音と共に、方形楯を弾き上げられ、レナンが姿勢を乱して後退った。

 そこへ、巨人の大剣が真っ向から振り下ろされる。

 だが、大剣は空を切り、レナンの剣が巨人の胸甲を激しく突いて火花を散らしていた。大きくよろめいたのは巨人の方だった。俺の目には、よく見えなかった何かがあって、レナンが一気に逆転したっぽい。

 肉迫したレナンが方形楯で巨人の膝を横合いから殴りつけ、尻餅を着くように地面へ倒すと、横一文字に剣で巨人の首を薙いだ。


 しかし、


 ・・ガンッ!という鈍い金属音と共に、レナンの剣は巨人の大剣によって受け止められてしまった。


「レナン、そこまでだ」


 俺はレナンの背へ声を掛けた。

 文句を言って逆らうかな?とも思ったが、意外なくらいに素直に距離を取って俺の側まで退いてくれた。


「さて、魔界の皇帝さん。要件を聴こうか?喧嘩を売りに来たと言うなら、この場でおまえら全員を死滅させる。何の用も無いのなら、さっさと帰れ」


「・・まずは獣人の戦士よ、先ほどは獣と侮る発言をしたことを謝罪しよう。見事な武であった。しかし、我ら魔族はこちらの界へ渡ると大きく力を損なう・・この程度が、我の力だと勘違いをせぬことだ」


 俺を無視して何を偉そうに言ってんの?嫁さんにお願いしてトドメ刺しちゃうよ?


「めっちゃ悔しそうですよ、この大きな人」


 俺はヨミに向かって苦笑して見せた。あぁ・・すでにヨミの眼が凍えています。危険な領域に入ってますよ。


「そして、その方・・ユート・リュートと申したか?これほどの強者達を従えておる者が王では無いとは信じられぬ」


「へぇ、そう?俺はこの美人さん達の旦那だったり、兄だったり、大将だったり・・まあ、色々なんだよねぇ。あっ、本業は治癒師だから、そこを間違えないように」


「今・・治癒師と申したか?貴様ほどの者で・・しかも、治癒に長けた者だと?」


 巨人がわずかに眼を眇めた。何かを見定めるようにして俺の方を凝視してくる。


「うむ、この世で一番の治癒師なのだ!」


 俺は胸を張った。嘘じゃ無いぞ?

 俺様、世界最高だからな?

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