第19話 新しい仲間と新しくなった仲間
色々あったが、俺達は無事に元いた古都に戻って来た。
北軍の帝国兵も余裕が無かったらしく、天幕や軍備品などほぼ無傷で残されていた。
「・・どうしましょう?」
全員を代表して、ウルが俺に訊いてきた。
「いや、どうしようか?」
俺は傍らのヨミを見た。
「どうします?」
ヨミが逆に訊き返してくる。
もう、この場に居る全員が色々と混乱していた。
ウルは30歳くらいの姿に若返ってしまった自分に戸惑っている。当然だろう。死んだと思ったら生きていて、おまけに女の盛りを誇るかのように魅力的な姿になっていたのだから。実は、呪いが解けて本来の姿に戻ったどころか、若い頃の姿になってしまったそうだ。
ヨミなど霊鎧の戦鎚で殴られて圧壊した感触まで覚えているらしいのに、首から下は真っ新な身体になったのだ。
「死んだものと思っていた命です・・喜びたいところなのですが、なんと申しましょうか、こう・・居心地の悪いような」
ウルが自分の身体を確かめるように胸元に触りながら苦笑する。色気の無い軍服姿だったが、その豊かな隆起は圧倒的だ。上着を滑らせる指先が描いた柔らかな曲線美に俺の瞳は釘付けさ・・。
(いや、お婆ちゃん、今は・・そういう仕草一つで男がコロッと逝っちゃうから。もう本当に危ないから。劣情待った無しだから!)
視線を強奪されるのだ。すでに全裸をガン見して耐性がついている俺のような紳士ですら、理性の崩落を覚悟しかけたくらいに色っぽいんです。もうね。実年齢とかどうでも良いんです。素晴らしいんです。
ちなみに、二人には生命樹とその泉については喋る球体の依頼で黙っていた。俺が見付けた時、そこまで酷い状態じゃ無かったと言ってある。ヨミもウルも信じていないようだったが、あえて問い質そうとはしてこなかった。
(でも、この近くに、生命樹があるってことだよな?簡単には辿り着けない場所だと思うけど・・帝都の阿呆共に明け渡してしまうのは気に入らないね)
俺は、寒々しい廃墟を見回した。
「レナンやカーリー達が遅すぎます」
ヨミがぽつりと呟いた。
「カーリー達はそう遠くない場所に居るはずです」
ウルが言うには、ここからさらに北にある獣人の里に会談を申し込みに行っているらしい。その獣人達は、平人との接触を嫌って極北に移って暮らしているそうだ。
「レナン達はまだでしょうか?」
「あの子の隊は南東域へ向かいました。一緒に蜂起してくれる獣人を1人でも多く集めるのだと申しておりましたから、時間はかかるでしょう」
「・・そうですか」
ヨミが俯いた。置いて行かれた形である。
「ウルさんは・・」
「ウル・・と呼び捨てになさって下さい。リュート様」
満面の笑顔で遮られた。
「・・え、ええと?」
俺は助けを求めてヨミを見た。
「リュート様がこの場の長です。当然かと?」
「は?・・俺が長?」
「命の恩は命で返すのです」
ウルとヨミの声が唱和でもするように重なった。
すぐに2人が顔を見合わせて、クスクスと笑い合う。
「なら・・俺の事はユートと呼んでよ」
「なぜでしょう?」
ヨミが小首を傾げる。
「いや、2人だから白状するけど・・」
リュートというのは俺が育った場末の色街を流れていたドブ川の名前である。言い換えれば、ドブ川のユートって感じになってしまうのだ。気に入ってるから良いのだが・・。親しくする人間には名で呼んで欲しい。
「分かりました」
ウルが笑顔で頷いた。その視線が、ちらと俺の影へと向けられる。
地面に伸びた俺の影。その中を、小さな黒い玉が浮かんだり沈んだりを繰り返していたが、視線が向けられたと気付いて、すっと影の中に沈んで見えなくなった。ちょうど、手の平に載るくらいの大きさをしている。
「そちらは、リュ・・ユート様が召喚されたものですか?」
ウルの色の薄い碧眼がじっ・・と俺を見つめる。
「召喚?・・おれは、こいつの所有者だ」
嘘は言っていない。所有者は俺なのだ。
まあ、この玉が生き物なのかどうか、そもそも何なのかなど知らない事だらけだが・・。小さい事は気にしないのが俺の偉大さだからな。
「・・もう、一々驚いていたらキリがありませんから・・そういう物だと思うことにしますが、ユート様にとって危険なものでは無いのですね?」
「うん、それは大丈夫」
俺は自信満々に請け負った。
「分かりました」
「名称があるのですか?」
ヨミが影の方へ目を向けながら言った。
「アンコ」
「・・はい?」
ウルがきょとんと目を見開いた。
「あんこ?」
訊き返したのはヨミだ。
「帝都饅頭の中に詰まってる黒くて甘いやつ」
「はあ・・」
ウルがそっとヨミを見た。
「食べ物の名前ですか?」
「黒くて丸いからね」
俺の自信は揺るぎない。素晴らしい名前をつけたという自負がある。
「・・分かりました。では、アンコさん」
ウルが影を見た。黒い玉がその半球状の上部をそろりと覗かせている。
「アンコちゃんかなぁ、まだ生まれたてだから」
俺は笑った。
「それなら、アンコちゃん・・ですね」
ヨミがつられたように微笑する。影から黒い玉が飛び出して、ヨミの前に浮かび上がった。
『ワタシハ アンコ』
「えっ!・・あ、はい、私はヨミです」
いきなりの声にヨミが驚き顔のまま名乗りを返す。
『アナタハ ヨミ デス』
今度は、ウルの方へ飛んで行った。
『ワタシハ アンコ デス』
「私は、ウルよ。よろしく、アンコちゃん」
ウルが微笑を返した。
『オヤブン アイサツ シタ』
「うむ、偉いぞ、アンコ」
俺は偉そうにふんぞり返って、ぺちぺちと黒い玉を叩いた。ちなみに、親分と呼ぶように躾けたのは俺だ。少し人見知りだが、とても素直な子なのだ。
『エライ アンコ エライ』
空中でクルクルと回転してから、黒い玉が俺の影へと飛び込んで消えた。
「・・そういう訳で、あいつは俺の子分だ。心配いらない」
「よく分かりました。無粋を申しました、ユート様」
ウルが笑みを口元に、深々とお辞儀をして見せた。
「さて、俺が長という事なら、遠慮無く命令させて貰おう」
特に何も考えてなかったが、長という響きは俺の中の男の子を刺激した。
何しろ、とびっきりの美人2人がちやほやしてくれるのだ。ここで調子に乗らずして、どこで調子に乗れと言うのか!
現に、ヨミとウルが両膝を着いてこちらを見上げている。
(・・なんというご褒美!)
こんな美人さんに、好意たっぷりの眼差しで見つめられる日が来ようとは・・。
「まずは、居場所が掴みやすいカーリー達を捜しに行こう。ここは、北軍に知られてしまったからね」
俺の言葉に、ヨミとウルが頷いた。
「行き違いを考慮して、ここを訪れる獣人宛の置き手紙のような物を・・何か無い?」
「術陣で、カーリーにだけ見せるようにしておきましょう」
ウルが提案してくれた。
「ここを攻めてきた北軍についても書いておいてね」
「承知しました」
「人数分の食料や装備品の確認はヨミにお願いする。俺はそういうの知らんから」
「はい」
「凍傷だの何だの、怪我だの病気だのは俺が治すので、心配ご無用」
俺は胸を張った。
「頼りにしております」
ウルが穏やかに微笑んで首肯した。
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