第33話 修羅場

「な、何を言ってるの? ほら、僕、超淫魔族じゃん」


「たしかにそう見える。ひとつ聞くが、レズビアと会ったのは最近か?」


「そりゃもちろん。僕は超ど田舎からでてきて、それでつい昨日、レズビアのメイドとして雇われたんだから」


「そうか。お前は『リリア』ではないんだな?」


「え? 誰?」


「やっぱりそうか。リリアというのは、お前と顔がそっくりな女だ。俺も子供のときだけしか知らねーけどな」


「えっと、どういうこと?」


「俺はレズビアとは小さいとき魔王城で一緒に暮らしていた。ある日、レズビアが夜中にこっそり抜け出しているのに、俺は気づいたんだ。それで、俺はあとをつけた」


「ストーカーじゃん」


「ばっか、ストーカーじゃねーよ。それで、俺は、レズビアが魔王城の裏手で、淫魔族の女の子に会っているのを見た。それが、リリアという子だった。スラムの出身で、しかも淫魔族ってことで、レズビアは親兄弟に会っているなんてことは知られたくなかったんだろうな」


 それは、僕が昨晩見た夢と一緒だ。リリィちゃんとレズビアが呼んでいた子がたぶんリリアって子なんだろう。


「それから俺は毎晩レズビアのあとをつけた」


「やっぱストーカーじゃん」


「だからストーカーじゃねーって!」

 アルビンは口を尖らせて言う。そして、続けて、

「それで、ある日リリアは突然消えた。引っ越してしまったのか、事件や事故で死んでしまったのかはわからない。はじめお前を見たとき、リリアかと思った。けど、顔こそ瓜二つだが、性格は似てもにつかねーし、お前が本当のリリアなら、レズビアはあんなにぞんざいな扱いをするはずがない」


「だから僕はリリアじゃなくて、リリスだから。別人だから」


「それにしては顔が似すぎている。俺の考えはこうだ。レズビアは変身魔術が得意だ。だからそのへんのゴキブリなんかをつかまえて、それをリリアが成長したような姿に変えて、メイドにした。どうだ?」


「僕、ゴキブリじゃないし」


「じゃあ、ハエとかカとかナンキンムシか?」


「何その害虫シリーズ。僕は虫なんかじゃないから」

 僕をこの姿、淫魔族の女の子にした理由が、ずっと腑に落ちなかった。でも、僕はアルビンの話を聞いて理解した。

「レズビアがリリアの面影が欲しくて、もし何かをリリアの成長した姿に変身させたとして、それがアルビンに何の関係があるんだよ」

 

「別に関係ねーけどさ。気持ちわりーだろ、得体の知れないものがレズビアのところにいて、俺のクラスにいるんだからな」


「別にいいじゃん。僕とレズビアの勝手だし」


「お前はいったい何なんだ? やっぱりゴキブリなのか?」


「だからゴキブリじゃないって」

 僕がそう言ったとき、アルビンの兎の耳がぴーんと立って、ぴくぴくっと動く。


「誰かが来る」

 と、アルビンが言った。


 けど、僕は何の物音も気配も感じなかった。さすが兎の耳、遠くの物音もよく聞こえるんだろう。


「おい、隠れるぞ」

 アルビンは僕の手を引っ張って、茂みの中に連れてゆく。


「ちょ、な、何で」


 僕はアルビンによって、完全に茂みの中に引き込まれた。


 現れたのはレズビアだった。心配そうな顔をしている。

「おい、リリス、どこに行った?」

 

「ん……んん……ふが……ふんが……」

 僕はアルビンに口を押さえられ、うまく声を出すことができない。

 僕の身体もがっちりとアルビンに押さえつけれらている。しかも、彼の腕が僕の乳に当たっている。

 

 アルビンはどうして僕を茂みの中に引きずりこんだわけ?

 まさか……。


 僕は必死で抵抗する。

 手足も翼も尻尾も、ばたばたと動かす。


「おい、抵抗すんなよ」


 僕はアルビンの金玉を蹴り上げた。


「うおっ、痛てぇ!」


 アルビンが悶絶している隙に、僕は草むらから飛び出した。

 そして、レズビアの前にくずおれる。


「り、リリス……?」

 レズビアが僕を見る。


「おい、逃げんな!」

 慌てた様子で、アルビンも草むらから出てくる。


「レズビア、アルビンが……。アルビンが……! ううっ……」

 僕は必死でレズビアに訴えかける。


「お前ら、いったいここで何をやっているんだ?」


「レズビア、アルビンが僕のことを犯そうとしてきて……ううっ……」


「ちがーーーーーう!」


「おい、ゲス兎。昔から、相当なやつだと思っていたがな。まさか私のメイドに手を掛けようとするとは」


「だからちげーって言ってんじゃねーか! なんてこと言うんだ、このクソ女!」


 僕はアルビンを指差し、

「ぶっ殺して!!!」


「この報いは受けてもらおう」

 と、レズビアは言って、ポケットからでっかいフォークみたいなものを取り出す。それはすぐに巨大化してレズビアの手に収まる。


「おい、だから誤解だって」


「アルビン、陵遅処死というものを知っているか?」


「な、何だよそれ……。くそぅ!」

 アルビンは虚空から剣のようなものを取り出し、レズビアに向かって構える。

「俺は武器での戦いは苦手なんだが」


「知っている。覚悟するがいい」


 そこで僕は思い出した。

 昔コンビニから出たとき、道の両脇にネコがいた。どうやら発情期らしく、道を挟んでお互いににらみあっている。でも、僕はそこを通らないと帰れない。だから僕はそのネコとネコの間を通ったわけだ。そしたら、両方の猫が同時に「にぎゃー!」っつって叫びながら僕のほうに向かってきた。つまり僕はネコの喧嘩に巻き込まれそうになったわけ。


 何が言いたいかっていうと、僕の今の位置取りを考えるに、レズビアとアルビンの戦闘に巻き込まれるんじゃないかって。

 

 それにさっきとっさに「ぶっ殺して」なんて言ったけど、アルビンをぶっ殺されるとまずいんだった。


「ちょっとストーーーーーーーーップ!!!」

 僕は立ち上がり、ふたりの間に入る。


「うおっ、リリス、いきなり立ち上がるな。危うくお前の乳をわらびもちみたいにぶすりとやるところだったぞ」


「ひえっ……。ええとですね。やっぱなしで」


「リリス、どうしたんだ? このゲスの極みはリリスのことをレイプしようとして……」


「だからちげーって!!! ふたりで大事な話をしてたから、誰かが来たと思って、とっさに隠れようとしたんだ」


「無理やり草むらに連れ込まれたし」


「だからそれはとっさのことで」


「口押さえつけれたし」


「それはお前が声を上げようとするから」


「乳触ってきたし」


「ちげーって! お前の乳がでかすぎて腕が当たっただけだ」


「黒だな」

 レズビアが軽蔑したような視線をアルビンに向ける。


「おい、レズビア、この女はいったい何者なんだ? リリアじゃねーだろ」


 レズビアは驚いたような顔をして、

「アルビン、どうしてお前がリリアのことを知ってるのだ?」


「子供の頃、毎晩レズビアのあとをつけて、物陰から見てたんだって」

 と、僕は説明する。


「うわっ、ストーカー……」


「だからストーカーじゃねーよ!!!」


「ストーカーだろ」


「うん、ストーカーだよね」


「しかしお前のような汚物が見ていたなんて、私とリリアの大切な思い出が汚された気分だ」


「誰が汚物だ」

 と、アルビンが言ったあと、彼は少し考え込むようなそぶりをして、

「こないだレズビアが読んでた雑誌……伝説の勇者の噂……召喚術……変身術……。まさか!」


「お前のような勘のいいガキは嫌いだよ。リリス、やっぱり殺ってしまおう。どうやらバレてしまったみたいだ」


「ううん、刃傷沙汰はやめよう? そうだね、監禁とかしたらどうかな?」


「監禁か。それで拷問にもかけよう」


「そうだね」


「何そんな軽い感じで言ってんだ、クソ女! って、本当はお前は女じゃないのか……? お前は男で、伝説の勇者で……。でも、あれはただの噂話じゃ……」


「アルビン、覚悟するがいい」


「ちょっと待てって! 俺は誰にも言わねーから!」


「信用できんな」


 そのとき、アルビンの耳が再びぴーんと立った。

「おい、誰か来るぞ」


 やってきたのは、カーミラとスウィングだった。


「あれ、みんなで何やってんの?」


「リリス、レズビア、アルビン……まさか、修羅場!? やっぱり三角関係だったのね……」


「「「ちがーう!!!」」」


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