5 夏帆と演舞

 頬張っていた偽悪は次第に私を蝕っただろう。だがそれを吐き出せば、私も夏帆も精悍せいかんなまま舞台上で、乾性かんせいを無視しながら舞踏することができるはずだ。たった今、私たちは吐き出したばかり。それは夏帆だって分かっているはずだ。


「こんな派手じゃなくていいのに」

「ダメよ夏帆、この公演は大切なものだから。あなたにとっても沙合にとっても、さいなまれてはいけない事」


 義永先生の瞳は娘を見るそれのままで、晴れ舞台を見つめていた。私たちは偶然にも女帝と入れ替わりのラストで、そこに忘れられない絶望と奇跡を望んでいた。


 アナウンスが入る。それは私たちを最期の舞台へ導く灯となり、そして今後聞くことは無い汽笛なのだ。


「行くか」

「うん」


「沙合」



「私に、夢を思い出させてくれてありがとうな」



「……ほら、待ってるよ」

「うん」




――ピアノの連弾が走る!走る!

 それに伴って、いやダンスに伴って私が弾いているのだ。この素晴らしい光の溜り場で、私たちが舞踏しているのだ!感動、と一言で言い表せることのない感情を押し殺して、純情な青春を音と踊りに込めて発信する。


 夏帆。私はあなたと踊れて幸せだよ。あなただけなの。私の心はどんなパートナーとだって開かなかった。たとえそれが師匠だとしても、やっぱりそこには光の壁があった。その壁を、ようやく昨日お互いに破壊できたのだ。それが忌むべき行動かも知れないけれど、私は夏帆と踊りたいの!


 あなたは、私と踊れて幸せなの?感情を分け合う事なんてできないけれど、空気の振動と共に伝わってくるよ。

 ああ、聞こえるよ夏帆。最後の一音までこの眼界を狭めることなくあなたのことを見続けるよ。視覚と聴覚をフル稼働で二人のセッションをやり遂げよう。これがただの迷妄だとしても私は、あなたと過ごした日々を忘れないよ――




 歓声が聞こえる。やり遂げたという達成感が体を支配していた。私を操れるほどに。

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