5 夏帆と自信
「あ、これうまい」
私と夏帆は、新作フレーバーのモモスイカ風味というなんとも言い難い味の炭酸飲料を片手に、屋根付きベンチでただ茫然と体育会系の部活動風景を眺めていた。スマホに出る外気温タブには30度と思い切り明記されていて、砂の匂いに囲まれてダッシュする彼らを多少心配していた。
夏帆が残りを一気飲みする。飲み口のふちと口のわずかな隙間から聞こえる炭酸音が、妙に心地よかった。野球部の声がする。イッチニーと掛け声に合わせてランニングするその姿は
「あー、何しよ。暇だなー」
「勉強は?」
「やる気ない」
「スポーツ」
「疲れる」
夏帆は相変わらず贅沢を言う。若干呆れながらも、私たちは下校することにした。夏帆は終始無言だった。
彼女の背中から感じ取れる、何か……何だろう。私に何かを言って欲しいような、それとも、別の事を触れてほしいのか。男は背中で語るとか言うけど、女子にはさっぱりわからない。
「……またダンス、始めたら?」
どうやら、これは禁句、つまりデスワードだったようだ。
夏帆は足を止めた。わざわざ炎天下の路上に体を投じるのだから、それ相応の意味がある。それもそうだ。夏帆に、もう一度ダンスを始めようなんて希望が残っているわけがないから。
「……ごめん」
「大丈夫」
私は、夏帆の事をよく知っているつもりだ。だからこそ出た一言だったはずなのに、自分から否定を始めてしまう。
意志の弱さ。きっと、他人に干渉するための意志は、自分に課せるものよりも遙かに大きい。夏帆に、ダンスを再開させることを案ずるように。
「……ダンスは、もういいや」
「あんなに好きだったのに?」
「好きじゃない。もう、何も、捨ててしまいたいくらい」
歩みが早まる。ついて行くだけで必死だ。
「沙合のピアノを聞いて分かったよ。やっぱり、ああいうのはちゃんと自信のある人がやるもんだって」
「そんな……私、自信なんて」
「沙合はそう思ってるかもしれないけど、私から見たら、自信に満ち溢れた最高の演奏だった」
街路樹の下を歩く。夏帆が日陰に入る。その度、私は何度も感傷風を浴びた。私に自信なんてない。それはピアノとか、夏帆で言えばダンスとかじゃなくて、今夏帆に、ちゃんと話したいことを話せていないことなんだ。私は、伝えたいことが未だに伝えられていないんだ。
「沙合はさ、私の事、別に気にしないでいいよ」
「そんな……友達じゃない」
「友達……ねえ」
刹那的に笑みを浮かべた夏帆。私は、私には何ができるのだろう。そう考えながら住宅街を歩いて行くと、見覚えのある人影が目に入った。
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